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不安

 私は暗闇の中、一人で立っていた。

「ここは?」

 辺りを見渡すとそこにはアレンが立っていた。


 そうよね、〈捕縛〉(アレスト)で繋がっているもの。


「アレン様、ここがどこだかわかる?真っ暗だわ」

 私が駆け寄ると、アレンは冷たい目で私を見下ろした。


「チェルシー、裏切ったな」

「えっ?何のことだか」

「魔王と通じていた、お前は聖女なんかじゃなかった」


 私の鼓動が速くなる。

「通じていたわけではっ!」

「もういい。僕はそもそも、何故あんなにチェルシーを好ましく思っていたのか思い出せない。なんとなく好きでいなくてはいけない様な気がしただけだ」


 それは……私がゲームで進めた好感度の所為?

「チェルシーが操っていたわけじゃないよね?」

 私はギクリと肩を震わした。

 なんて言ったらいいのだろうか。


 アレンは私の回答も待たずに、ため息を吐くと背を向けた。

「私はスキルを与える相手を見誤った様だ、もうお前に用はない」


「待って、待って!違うの。話を聞いてアレン様!」

 涙がポロポロ溢れ落ちる。いかないでと全力で叫んでも遠ざかる彼が振り返ることはない。


「待って!!!」

 そこで私は自分が寝台で横になっていることに気がついた。


「夢……?」

 なんて嫌な夢だろう。まだ心臓がドクドクと激しく音を立てている。

 私は頬に流れる涙を拭くが、拭いても拭いても次々に落ちてくる。あれは私が抱えていた不安だ。


 今私はアレンのテントで眠っていた。大きな布でパーテーションを作っており彼はその向こうで眠っている。

 しばらく私とアレンは鎖で繋がったままだと聞いたオリビアは真っ赤な顔をしうるさかったので、今夜は彼女と寝台を並べて寝ていた。

 オリビアは可愛い寝息を立てよく眠っている。


 昨晩は、隣にアレンがいるという緊張からか、なかなか寝付くことができなかった。しかも眠りも浅かったのか嫌な夢を見てしまった。


 アレンの顔が無性に見たくなって、寝台を抜け出しこっそりパーテーションの向こう側を除いた。

 まだ夜も深い。アレンも寝入っているようだ。


 私はアレンの寝台に腰を下ろし、彼の顔をじっと見つめた。

「可愛い」

 寝顔は子供みたいで可愛い。

 こんな美しい人に可愛いというのも変な気がするが。


 衝動的に髪をなで顔の輪郭を指先でなぞった。そうして再び涙が流れる。


 さっきの夢が本当になったらどうしよう。漠然とした不安が胸に広がる。

「……っ!」

 ポロポロ流れる涙がとまらない。このままでは起こしてしまう。

 自分の寝台に戻ろうと、立ち上がろうとした時、手を握られた。


「どうしたの?」

 アレンの優しい声がする。

 その声はとても私を安心させてくれる。


「何しに来たかと様子を伺ってたら泣きだすんだもん。びっくりだよ」

 アレンは上半身を起こし、私を隣に座らせた。

「アレン様、起こしてしまいすみません」

「かまわないよ。チェルシーが一人で泣いている方が僕には問題だ」


 アレンはいつも優しい。その優しさに少し甘えてしまってもいいだろうか。


私は小さく腕を広げ、彼を見つめた。

「……抱きしめてくださいませんか」


 アレンはしばらく固まった後、私を膝の間に入れ、ギュッと抱きしめてくれた。

 私はこの腕が好きだ。胸板も、髪も温かい体温も。


 私はこの人が好きだ。


「本当にどうしたの?」

「夢を見ました」


 アレンの肩の力が少し抜けたのがわかった。

「それで?」

「アレン様がどこかへ行ってしまいました」

「うん」

 私たちはオリビアが起きない様に極力小さな声で話す。


「私はそれがとても悲しかったのです」

「いつも何処かに行くのはチェルシーの方じゃないか、僕はずっと側にいるよ」


 アレンは私の涙を手で拭い瞼にキスを落とした。

 私がもっと彼に触れていたくて彼の首元で頭をぐりぐりしたらアレンはくすぐったそうに笑った。


「チェルシー」

「はい」


 アレンは自分の頬を私の目元にペタっとくっつけた。

「2人きりのときはアレンって呼んでほしい」

「それは恥ずかしすぎるので無理です」

「こんなことで恥ずかしがってたら大変だよ?」

「なっ、なんの話をしているのですか」


「ほら、呼んで」

 暫しの静寂が続き私は蚊の鳴くような声で呼んだ。

「アレン」

アレンが、幸せそうに笑ったので、恥ずかしいがまた呼んであげたいと思った。そして私は彼にもたれかかる。心臓の音が聞こえ、その音は酷く心地がよかった。





 朝、目を覚ました時には自分の寝台にいた。

 昨日のは全部夢だったのだろうか。ボーとして寝間着のままパーテーションから出ようとした所、先に起きていたオリビアに止められてしまった。

「聖女様は、女性としての慎みが足りません!」

「ごめんなさい、寝ぼけていましたわ」


 オリビアはぶつぶつ言いながら私の髪を梳き、整えてくれた。

 身支度をしパーテーションを出るとアレンがいた。

「おはようございます」

「おはよう、チェルシー」


「私は先に行って食事の用意をしてきますね」

 オリビアが居なくなるとテントの中は2人きりになった。

「アレン様は昨日よく眠れましたか?」


 私は確認するように尋ねる。

「2人きりのときはアレンって呼ぶって約束でしょう?言い直し」


 言い直しがあるのか。


 夢でないことを確認し、私は脳内でのたうちまわった。



 なんて大胆なことをしてしまったのだろう。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


「そうだ、わたくし昨日どうやって自分の寝台まで戻ったのでしょう。覚えがなくて」

 起きたのがアレンの寝台ならオリビアが大騒ぎして大変な事態になっただろう。


 アレンは寝起きのコーヒーを優雅に飲みながら答える。

「チェルシーは僕の腕の中で寝ちゃったんだよ。だから明け方こっそりオリビアの横に戻しておいた」


 あぁ、もう自分の失態には目も当てられない。


「お手数をおかけしました。しかし何故明け方に?」

「あんな可愛いチェルシーはなかなか貴重だからね。離れがたくなってしまった」


 やめて。鎖であんまり離れられないんだから!アレンの甘々攻撃に耐えるインターバルを設けてほしい。


 これから、朝食をテントで摂って出発だ。出発する前には昨日私を探してくれた騎士や兵にお礼を述べ、体調に問題ない事を説明した。


「わたくし、今日は護衛のダニエルかウィリアムに同乗をお願いしですわ」

 昨日はアレンの馬に乗ったが最後尾のここまで魔物が来ることはなかった。誰の馬でも問題あるまい。


「何があるかわからないのに、許可するわけないでしょ?」

「もう!わたくし達は〈捕縛〉(アレスト)で繋がっているのですよ。少しくらいわたくしにも好きにさせて下さいませ」

 私は繋がっているはずの左を顔の前まで持ってくる。音も重さもないので本当にまだ魔法が継続されているのか疑ってしまうほどだ。

 それと〈捕縛〉の鎖は魔法の使用者の意思で好きな長さに調節する事ができる。

 多少離れるくらいは平気なのだ。


「わかった。じゃあ、ダニエルに乗せて貰って」

「わかりましたわ」

 渋々許可を出したアレンとは逆に、私は嬉々としてアレンの後ろにいるダニエルに声をかける。


「ダニエル、今日は貴方に乗せてもらうわ。お願いね」

「かしこまりました」


 そう言ってダニエルは先に馬に乗り、私の手をとり、引き上げてくれた。彼はとても紳士な人なのである。



 前にキール兵団長後ろにアレンと並び、ゆっくり列は進む。


「チェルシー様、慣れない長旅ですがお体は大丈夫ですか?」

「はい。馬に乗ってお尻が痛いくらいです」

「はっはっ。それはようございました。もう少しで魔王城です。無事、事が成れば少しはお休み頂けるでしょう」


「そうですわね。あの、ダニエル?」

「はい」

「魔王と和平を結びたいというのは甘い考えなのかしら?」

 私が躊躇いがちに訊ねるとダニーは困った笑顔を作った。

「そうですね、教会が魔の物を許容することはないでしょう。魔王を自由にするような対応は教会の威信にもかかわります」


「でも、魔王が悪い人なんてわたしには思えないのです」

 これがゲームならどこかに解決の糸口があるはずだ。彼は完全な悪人では無いはずだし、事実昨日私は殺されなかった。


「過去、実際に村を焼かれたり、先祖を家族を殺された物達にもそのお話はわかってもらえそうでしょうか?過去の討伐では教会の者にも沢山犠牲が出たと聞きます」


 私は口を噤んでしまった。


「あの、前に魔王がいたのは何年位前なのでしょうか?わたくし、恥ずかしながら、実はあまり詳しくなくって」

 自分の国の史実を知らないなんて無知にも程があるだろう。しかも私は伯爵令嬢だ。教養がないと思われても仕方ないが、恥をしのんでも聞かなければ前には進めない。


「500年程前です。当時は10年程戦いが続き、当時の聖下が命と引き換えに封印しました」


「そうなのですか、それではわたくしも気合いを入れねばなりませんね」


「聖女様なら成し遂げられると信じておりますよ。ですから猊下にあまり心配かけないようにお願いしますね」


「善処いたしますわ」

 私のやりたいことをすればこれからも気苦労を沢山かけるだろう。

 私が明後日の方向を見ているのに気がついたのだろう、ダニエルは苦笑する。


「昨晩の猊下はとても見ていられませんでした。自らを省みずひたすら回復魔法をかける猊下をチェルシー様に見せられず残念です」

 それはちょっと胸が痛い。

「うぅ、善処します」


 そんな話をしながら森を進み、昼食のために少し休む。


 民間兵が食事を用意し、私はのんびりアレンとお茶を飲む。罪悪感があるが仕方ない。


「昼食はなんでしょうね?」

 私とアレンに出てくるのは軍事食ではなく普段出てくる食事に近いものが用意される。ただ馬に乗っているだけの私の唯一の楽しみの時間である。


「さっきオリビアがトマトを運んでいたよ。僕はスープで飲みたいかな」


「あぁ、トマトスープでもよいですわね。早く遠征を終えて美味しいものが食べたいです。」

流石に大きなお肉やお魚がは出ない。

「お刺身を食べたいんだもんね」

「ええ、そうです!これでも結構楽しみにしてるんですよ?」

「前にいっただろう、何も問題ない」

「そうですか」

 アレンのその口ぶりに、笑みがこぼれる。



 いつもの様に会話をしていると、突然の違和感が私を襲った。なんの前触れもなく体の中心から熱く燃え広がるような熱を感じ私は思わず自分を抱きしめた。


「なに!?」

 アレンは私の異変を見逃さず真剣な顔つきに変わった。

「どうかした?」

「それが、私の体の中で火が燃え広がったような、そんな違和感を感じたのです。あ、でもわたくしの気にしすぎかも知れません、もう治りましたもの」


 アレンは不可解な顔をしながら私のステータスを開き異常が無いかを確かめている。


「そんな心配して下さらなくても大丈夫ですよ、紛らわしいことをしてしまい申し訳ありません」


「ステータス上はなにも問題なさそうだが……」

 アレンは私の手首をとり脈を測る。


 静かな空間が作られたと思いきや、なんだあれは?と遠くからざわめきが聞こえる。

「なにか……」あったのでしょうか。そう言おうとした私の言葉は突然頭上から耳を(つんざ)く大きな音に遮られた。

 その音に思わず私達は耳を押さえ耐える。


「何!?」

 まだ耳鳴りがするが、急いでレイピアを出し頭上を見上げた。そして、目を見開く。


そこには私も見たことがない黒いドラゴンの姿があった。

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