魔王
緊張でドクンっと心臓が跳ねる。
やっぱり復活していたんだ。いきなり攻撃されたりはしないわよね。
「貴方が魔王ですか?」
わかりきった答えを尋ね、緊張でごくりと喉がならした。心の準備が出来ていない。まさか魔王城に行く前に会うなんて。
魔王は答えない。
「騒がしいと思い寄ってみれば。何のようだ」
「わたくしはチェルシー・シュガーレットと申します。貴方と交渉しに参りました」
「それであの人数で私の森に?」
うーん、どう見ても話に来たようにはみえないよね。
「森には魔物がいます。魔王城にたどり着く為でした」
「目的はなんだ」
「そうですね……」
貴方が討伐されるは嫌だからと言っても分かっては貰えまい。
「最終的な目標は和平ですが、まずは貴方と友達になりたいと思っています」
「友に?」
魔王はジロリと私を見た。
「ええ、そうです。友達ならば約束を違えたりしないでしょう?和平を結ぶ上で、わたくしも貴方のことを知りたいのです」
「蘇る前も人間が私と友になりたいと言ったのは初めてだ」
挑戦的な目を向ける彼からは、私に対する侮りが見える。
どうせ無理だと思っているに違いない。
ムッとして私は自分を売り込んだ。
「わたくしは、貴方と友人になると決めたのです!絶対になります」
魔王は私の話をちゃんと聞いてくれている。攻略キャラクターに悪い奴はいない!
「私に人間の友など必要ない」
「人間は貴方に怯え討伐する気でいます。平和に解決するに越したことはないでしょう?」
「人間などを信用に値しない」
魔王は鼻を鳴らして笑った。
「ですから、まず私と友達になるのです」
「私にお前を信用しろと?」
「そうです。貴方と友達になりたいわたくしが、最初に貴方のことを信じます。決して裏切りはしません」
私は魔王の目をじっと見つめた。
そして、先に視線を逸らしたのは魔王の方だった。
「そうか、お前が本気かどうか直ぐに確かめられる方法があるぞ〈転送〉」
魔王は赤い液体が入ったカクテルグラスにを私に差し出した。
「お前に飲めるか?」
私を試そうとしている。
これには毒が入っている可能性がある。
「ええ、勿論」
それでも私は受ける。そして躊躇することなく一気にそれを飲み干した。絶対大丈夫。
ところが、私に異変は訪れる。
「ゔっ!」
カクテルグラスは指をすり抜け地面に落ちパリンと割れた。私は呼吸が苦しくなり口元を押さえて膝を折った。
これ……ちょっとやばいかも。
目が霞む。ステータスを見るとどんどんHPが減っていた。それに比例するように私は苦しさが増し、HPが半分を切ると立つことも難しくなり地面に倒れこんだ。
「今すぐ友などという寝言を撤回するのならこれをやろう」
魔王は黒い液体の入った瓶を持っている。私は首を横に振った。
「いいえ、わたくしの存在を貴方に認めて貰うまでは帰れませんわ」
歪む顔で精一杯笑顔をつくった。
すると、何故か急にHPが少し回復した。
なんで……?
答えはすぐにわかった。アレンのMPが減少しているのだ。多分私の異変に気がついたアレンが野営地から回復魔法を使っているのだろう。
あぁ、バレてしまったか。
しかし私のHPはどんどん減っていく。回復するよりも減っていく方が早いからだ。
この減り方はおかしい。状態異常の表示には毒のマークが出ている。いくら毒でも私のHPがこんなに減るなんて。
私は霞む目で魔王の顔を見上げた。
「ほしいか?」
目の前に差し出された瓶を震える手で受け取ると魔王は冷たい笑みで私を見下ろした。
しかし次の瞬間、私は瓶を地面に叩きつけた。魔王は驚き私を見ている。
大きな音を立て瓶は割れ、中の液体が地面に広がった。
この人は魔王だ。それなら強く設定されているはず。殺すつもりならもっと手っ取り早い方法をとる。
「こんなもので、わたくしの心が折れるとお思いですか?」
私は出来るだけ気丈に答えた。そして考える。赤い液体……あれは何だっただろう。食べ物か、薬か。
私のHPは回復魔法も虚しくレッドラインに入った。かなり危ない。私の額に脂汗がにじむ。
アレンのMPも8割を切っていた。回復薬を一度飲む?
そういえば……前にもこんな事が。
あれは確かまだこのゲームをプレイしている時だ。赤い実をつけた植物属の魔物が出る森があった。遭遇率はひどく低かったが、その実をぶつけられるとHPを強制的に1まで下げられるという理不尽な魔物だ。コンボでツルを使って攻撃してくるので、何回かゲームオーバーになったものだ。
そうか、あれはアデルの実のジュース……。回復しても一度HPは1まで落ちる。
でも、もし違ったら?
私は目を瞑り、その思考をかき消した。
信じるって決めたでしょ。もし違っても魔王は私を殺すような真似はしない。
HPは徐々に0に近づき、私はその時を待つ。HPのバーは赤い色もほぼ見えなくなり、一瞬見ただけでは0にしか見えない。私の心臓が早鐘をうつ。
大丈夫、絶対大丈夫!
そして、HPの減少は1を残して止まった。
私はホッと息を吐き、魔王を見上げる。
「ほら、わたくしは信用に値するでしょう?」
私が地面に転がったまま勝ち誇った顔をしていると、魔王はため息をつき私を抱き起こした。
「お前はそんな簡単に他の者を信用して大丈夫なのか」
「あら、わたしくは誰でも信用するわけではありませんわよ。貴方だから信用したのです」
魔王は眉を顰め不可解そうな顔をしている。
「何故初対面の私をそこまで」
「それは内緒ですわ」
にっこり笑ったつもりだが、きっと私は今酷い顔をしているはずだ。
ジュースの効果なのか、体に上手く力は入らないし、目眩もひどい。
頭がぼぉっとし上手く働かない。起き上がれず体を預けていると魔王はピクリと反応し、彼の体から魔力が滲み出る。一瞬で辺りが重苦しい魔力で包まれた。
「散れ」
魔王の圧力かかる。一瞬私に言ったのかとビクッとしたが、ガサガサと音がし複数の生き物が遠ざかっていくのがわかった。
私は今一撃でも食らえば、どうなるかわからない上に判断力もない。魔物に囲まれてたなんて気付かなかった。今殺されていたかも知れないと思うと心臓がばくばくと音を立てる。
魔王は守ってくれた?
「ありがとうございます」
私が戸惑いながらお礼を言うと魔王はふふんとご機嫌な顔をした。
「お前など下僕で十分だ」
「わかりました、友達ですね!そんな軽口を叩いて頂けるまで心を開いて下さるなんて」
魔王は、違うと言って私の口に瓶をあて無理矢理何かの液体を飲ませた。
ゴホゴホと咽せた私は魔王を恨みがましい目で見る。
「苦しいです」
「お前が減らず口を叩くからだ」
それでも体がかなり楽になった。ステータスを見るとHPもかなり回復している。
ふふっと笑うと魔王は不機嫌そうに私を見た。
「何が可笑しい?」
「ほら、魔王様は優しい方でした」
魔王は難しい顔をした後、私の耳にギリギリ届く程の声で呟いた。
「ノエル」
「それが魔王様の名前ですか?」
魔王はこくりと頷く。
「わかりました、ノエル」
私はもう大丈夫というように、身を起こし彼の側を離れた。
「ノエル、仲間がわたくしの異変に気づいています。心配していると思うのでそろそろ帰らなければ」
「下僕の癖に、私の側を離れるのか」
「貴方と和平を結ぶには根回しも必要です。一度仲間の元に戻り、貴方の城を目指しますのでお待ちください」
「人間とは面倒な生き物だ、早く来い」
「早くても明後日になりますわ」
「面倒な上にのろまだ」
「はいはい」
そう言って私はノエルに一礼する。
「魔王様、わたくしの話を聞いて下さりありがとうございます。貴方とここでで会えたのはこの上ない幸運でした。それでは今日はこれで失礼いたしますわ」
「お前の全てを信じたわけではない。また来る」
えっ、来る?待っててって言ったよね!?
「ちょっ、待って」
私の言葉が届く前に、ノエルは来た時と同じように突風を巻き起こし消えてしまった。
どうして私の周りの人達はこんなに常識知らずなのかしら。
来た道を一人で帰っていくと少し向こうから人の声が聞こえた。あれはアレンの声だ。
小走りでアレンの元へ向かうと、私に気づいたアレンは私に駆け寄り抱きついた。
アレンは少し震えている。かなり心配をかけたのだろう。
「なんで急にいなくなったの」
「色々、不可抗力だったのです。心配させてしまいすみません。でもアレン様がが魔法をかけて下さったので色々助かったのですよ」
もし、時間を稼いでくれなければ動揺して魔王が差し出した瓶を取ってしまったり、あれがアデルの実だと気付かず魔王を信じきることができなかったかもしれない。
お礼を述べるが、アレンの表情は暗い。
「何があったか報告しますから、テントに戻りませんか」
アレンはこっくり頷いた。
なのに一向として私を離そうとしない。
「アレン様、これでは歩けませんわ」
。
護衛のダニエルが見兼ねてアレンに声をかける。
「猊下、他のものにもチェルシー様が見つかったことを伝えなければ。ここに居ては魔物が出てくるやもしれません。安全な所に行きましょう」
アレンは私を抱きしめていた手をぶらんと落とした。その手を私がひいて歩く。
「いつもと逆ですわね」
アレンの表情は暗い。
テントに着くとウィリアムとオリビアは入り口に立ち、ダニエルは他の者に報告にいった。
寝台に腰を下ろした私はアレンに再び抱きしめられた。
「チェルシーを失うかと思った」
アレンには私のステータスが見えていた。回復するのも大変だったのだろう。
「大丈夫です。わたくしは生きております」
アレンの腕を優しく振りほどき、私は彼の頭を自分の胸にあてる。
「ほら、心臓の音が聞こえるでしょう?」
ドクンドクンと脈打つ音が聞こえるだろう。私はアレンの心臓の音をよく聞いている。
「アレン様が落ち着くまで、ずっと、こうしています」
アレンの頭を優しく抱きしめた。
頬に当たる彼の髪は柔らかくて、気持ちがいい。
私は今まであった話をした。
妖精の結界に入ったこと、そこで魔王と会ったこと。
ノエルの話が出るとアレンは顔をあげ私を真剣な眼差しで見る。
「何故魔王が……。奴が君に毒を?」
「いいえ!私が、えっとーお腹が空いて食べた実に毒が入っていたのです。毒に苦しんでいるとノエルは私を回復させてくれました」
私は出来るだけノエルの印象を悪くしない様にぼかして説明する。何故ならアレンにも、ノエルと和平が結べるよう動いて欲しいからだ。
「ノエル?」
「あっ、魔王の名です。わたくしはノエルと友人になろうと思いましてって、どうしてそんな怖い顔をなさるのですか?」
「魔王は邪悪な存在だ。かならず滅しなければならない。毒に犯されたのだって、君を絆す為の罠だったかもしれない」
「いいえ、わたくしは自分が聖女とは告げませんでした。それにノエルがその様なことをするとは思えません」
「チェルシーは僕の言うことより、魔王を信じるというのか?」
「違います、そういう話ではありません!わたくしは皆が幸せな未来にしたいのです」
どうして伝わらないのだろう。魔王というだけで、殺していいはずがない。
「魔王が存在しているだけで人々は心の底から安心して暮らすことはできない。僕は教会の枢機卿だ。魔王を見逃すことはありえない」
「魔王さえ救ってこその聖女です!」
「チェルシー、君は魔王が過去にどれだけ残虐非道だったか知らないわけはないだろう?」
うっ、その辺の細かい設定は知らない
アレンは幼い子供に言い聞かす様に私を語りかけた。
「とにかく魔王は滅する。出来ないなら僕がやる。いいね?」
なんとなく、アレンなら和平の道を賛成してくれると思っていた。私の意見など全く汲んでくれないアレンに苛立ちを覚え、立ち上がった
「アレン様の分からず屋!」
そう言い残して、出口へ走る。
「チェルシー待つんだ。〈捕縛〉」
急に左手が後ろに引っ張られた。
「きゃっ……!」
まるで何かに手首が捕まれている様な感覚だ。私は引っ張られた反動で体勢を崩し慌てたが、アレンが後ろから支えてくれた。
「何が?起こって?」
私の頭の中は疑問符でいっぱいである。
「チェルシーが話を終える前に出て行こうとするから」
「どういうことですか?」
「貴女が遠征中魔王に攫われないように魔法で鎖を繋いだ。本当は高貴な身分の者を捕まえておくために使う魔法なんだけど」
鎖といっても目には何も見えない。どうやら私の左手とアレンの右手が鎖で繋がっているらしい。
「そんなことされては困ります。外してください!わたくしがアレン様の顔を見て見たくない時はどうすればいいのです」
「そんな時はこないだろう?」
まさに!今!そうなのですけど!
「ひとまずこの遠征中だけだ。貴女を魔王に奪われる訳にはいかない」
私はさぁーと青ざめる。
また魔王が私の元へくるかもしれない。今のまま2人を合わせるのは非常にまずい。それに明後日には魔王城に着くだろう。
それまでにはこの状況をなんとかしなければ。