ベルコロネの森
お昼休憩を挟み、私達はやっとベルコロネの森へ到着した。森の入り口にはベルコロネと書いた木製のアーチがあった。人が踏み入っていないにも関わらず2〜3人が並んで歩けるだけのむき出しの道が続いている。
この道魔王城まで続いているのかしら。ちゃんと道がある所はゲームっぽいわね。
上空に真っ黒な雲が渦巻いており、まだ昼間だというのに辺りは真っ暗だ。
「少なくとも半月前調査隊が来た際にはこの様な雲は出ていなかったとの事です」
キール兵団長は兵から話を聞き取り、報告してくれた。魔王が復活している可能性が高いようだ。
これから、いよいよ森に入る。私は一番後方に配置され、アレンと一緒に馬に乗った。馬車で移動していた時と同じく、私の前には兵団長、周りにはアレンの護衛と騎士達が取り囲んだ。
その中にオリビアの姿も見えた。アレンは馬車で待っている様に言ったが、シスターのオリビアは多少回復魔法が使えるので役に立てると言い張りついてきてしまった。
兵と民間民達は歩き、私達は馬に乗りゆっくり進む。
偶に列は止まりしばらくしては進む。おそらく前方に魔物が現れたのだろう。怪我をしたら私の元に来るようにと指示は出しているが、誰も来ることはなく今日の野営地に到着した。
兵はテントや食事の準備をし始めた。私も手伝おうとしたのだが、周りに止められてしまった。なんだか手持ち無沙汰である。
アレンは兵団長と話し込んでいたので、私は護衛騎士とブラブラ歩いていると何人か怪我をしている人がいるのがわかった。
包帯を巻いて結構深そうな傷を負っている者もいた。魔王の森なので入り口でも結構強い魔物がでるのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
私が怪我を負った人に話しかけると、その人は直ぐに頭を下げ、何ともありません。と言う。
確かに命に別状は無さそうだが、包帯からは血が滲みかなり痛そうだ。
「どうして怪我をなさったのに直ぐに私の所にきてくれなかったのですか?」
「これしきの傷で聖女様の魔力を使って頂く訳には参りません」
彼は民間兵だ。そもそも貴族の私に、直して欲しいなど言えなかったのだろう。
これでは、私が担ぎ上げられた意味がない。私は聖女として彼らの上に立っているのだ。守って貰っているなら、それに見合う分だけのものを返さなければいけない。
私は声を張り上げて、叫んだ。
「擦りギズ1つでも出来たものは一度作業を止めこちらに集まりなさい」
騎士達はギョッとして、私を見た。
「聖女様?何をするのですか?」
「治療に決まっているでしょう」
傷を負ったものがそろそろっと集まる。50人位いるのではないだろうか。叱責でも食らうのではないかと怯えている者もいた。
私は魔力を込め歌を歌った。いつもと同じ青い光が集まり魚の形を作ると、怪我人たちに飛びかかった。
数人から驚いたような声が飛び出たが直ぐに歓声にかわった。
「すげぇ。傷が一瞬で塞がった!」
「前に引っ掻いて出来たかさぶたも綺麗になってる」
「聖女様ありがとうございます」
傷が癒せたようで良かった。
「気づくのが遅れて申し訳ありません。中には言い出しにくい身分の者や、我慢してしまう者もいることでしょう。森にいる間は毎晩こうして回復魔法をかけますので少しでも怪我をした者は集まりなさい。怪我を負って直ちに私の元に来て下さるのが一番ですけれども」
彼らは一層大きな歓声で応えてくれた。
万全の状態で戦ってくれないと。死んだら私でも生き返らせられないもの!
皆が包帯を取っているのを目で追っていると視界の端に淡い光が見えた。
あれ?私魔力つかってないわよね?
念のためステータスを確認したが、減っているのは先程使った分だけだ。
その光は青い光だけではなく色とりどりの色彩を放ち、漂ったり飛び回ったりしている。まるで生き物のようだ。
「何か動く光が見えませんか?」
私が騎士たちに尋ねると彼らは辺りを見回し、首を横に振った。
「いいえ。野営のロウソクの火が見えるくらいです」
「そうですか」
彼らにこの光が見えていないということは、ゲームシステムやイベントの可能性もある。
私は光が多く集まる、森の方に足を踏み入れていく。進むたびに、どんどん光の正体が見えるようになっていき、小さい人の形をしている事がわかった。
耳には、子供の声に似た高い笑い声も届くようになった。これって……
「妖精?」
ゲームでは妖精のキャラはいなかった。
「きゃー、すごいすごい!皆さん、どうでしょう、見えますか?」
先程よりずっと姿がハッキリ見える。しかし後ろを振り返ると、誰の姿もなかった。
ありゃ……?どうしよう。
「きゃははは。不思議な魔力を感じて近づいてみれば、変な人間がいるよ」
「ほんとほんと。ねぇねぇ、もう一回見せてよ」
妖精たちは楽しそうに私の周りをぐるぐるしている。
「あなた達は喋れるのね」
「あははは、僕達の声が聞こえるなんて、人間のくせにやるじゃん」
「結界の中でも動いてるー」
ここは結界の中なのね。だから誰もいないんだわ。
「私はチェルシーよ。あなた達に名前はあるの?」
「ないよー」
「チェルシー!名前おぼえたー」
「あら、光栄だわ」
「チェルシー、歌ってー」
「あなた達は魔物ではない?魔物だと浄化されてしまうわよ」
「僕達は魔物だけど、妖精族だから浄化は効かないよ」
「さっきも大丈夫だったー」
「わかったわ、危なそうだったらすぐやめるからね」
「チェルシー、やさしいー」
「歌スキー」
私は歌った。先程と同じ現象が起こり、妖精達はきゃっきゃ喜んでいる。
小魚達と一緒に空中を泳ぎ、私が小魚を右へ左へと動かすと楽しそうに追いかけていた。
歌い終わると妖精達は、楽しそうに笑いながらチェルシーに寄ってきた。
「あー楽しかった。見たことない生き物がゆらゆらしてたー」
「チェルシー、もう一回やってー」
「いいわよ」
治癒する人間もいないので、そんな魔力を使わない。
数回歌うと妖精達は満足したようで、チェルシーの元に集まってきた。
「チェルシーありがとー」
「じゃあ、僕達も良いもの見せてあげる」
「さっき拾ったのー」
妖精達が見せてくれたのは20センチ程の水晶の様な玉だった。
「これは何?」
私が尋ねると妖精達はきゃらきゃら笑う。
「わかんないー」
「きらきら綺麗でしょ?」
「ほんと、綺麗」
玉は黒く染まっており、中にはゆらりと光る炎が見えた。その炎に魅入っていると、突然スッと私の掌の中に入っていった。後に残るのは透明の水晶だけである。
「へっ?え!?」
「チェルシーの中入ったー」
チェルシーはサァっと顔色が変わる。
「どうしよう、どうやって取り出せばいいのかしら。貴方達の物なのにごめんなさい」
「いいよー。そのかわりチェルシーのいれて」
「いれてー!」
「どういうこと?」
直せるのだろうか。
「チェルシーの魔力そこに入れればいいんだよ」
「うーん。初めてだけど、できるかしら。やっててみるわね」
妖精が優しくてよかった。とりあえずやれるだけやってみよう。それにしても、体の中に溶けていったようだけど、大丈夫かしら。
私は言われたまま魔力を込めていく。中がキラキラと輝き始めた時、横から強い突風が吹いた。
「きゃっ」
私は両手で顔を庇い風圧に耐える。
妖精達は1匹残らず飛んでいき上空に舞い上がっていた。
「まおーきたー」
「こわーい」「にげろにげろー」
妖精達は無事なようだ。陽気な口調が聞こえ、ここから離れていく。
「貴方達これは?」
水晶をどうするのか尋ねるが私の手の上にはもう乗ってなかった。
「持って行けたのかしら」
そんな心配をしているとさっき妖精達が言っていた言葉が頭の中を反芻しハッとした。
って、え?まおーって魔王?
突風が来た方向に目をやると、そこには流れる黒髪、つり気味の黒目を持った精悍な顔つきをした青年が立っていた。
本日も夕方に更新が出来きならいいなと思っています。
お付き合い頂ければ幸いです