遠征
朝の冷たい空気の中、沢山の兵士の顔が並ぶ。その顔はどれも凛々しく、士気が高い。
私は、今日のために整えられた舞台に立たなければいけない。次々と要人の挨拶が続き、次は私の出番である。アレンの手をとり舞台の中央にまでいき挨拶をする。
「皆様、はじめまして。わたくしはチェルシー・シュガーレットと申します。道中は皆様に守って頂く事になるでしょう。しかし、安心してくださいませ、どんな怪我をなさろうともわたくしが癒します。王都を大規模浄化した際、皆様はわたくしの力をご覧になったはずです。このチェルシー・シュガーレットが誰も死なせは致しません。どうか、皆様の力でわたくしを魔王の元まで送り届けてくださいませ」
うおおおお、と兵士達が叫び、私は舞台奥の椅子に着席する。挨拶が終わった要人はここに皆んな座ることになっている。
横に座るアレンに、よくできましたと小声で言ってもらえホッと一安心である。あんな人前に出ることなどないので昨日から緊張に震えていたのだ。
出立式を終え兵は整列しながら城の門をくぐる。門の外は暫く街が続き、私たちを激励するように人々が沿道にそって並び旗を振っている。私とアレンは馬車に乗り周りを馬に乗った騎士が囲んだ。
「いよいよですわね」
私は、やっと魔王に会えると少しワクワクしていた。
新キャラをお預けされてはや2週間、長かったわ。
にこにこしてしているとアレンに訝しげにされた。
「何やらとっても上機嫌だね」
「そうなのです。何しろこの日を待ちに待っていたのですから」
「チェルシーが笑顔だと僕は緊張してしまうな」
「大丈夫です。何も企んでなんかいませんわよ」
精々、魔王の討伐はする気でないだけである。和平で解決したい私が、暴れてやろうなどと思うはずがない。
「それにしても近すぎませんか?わたくしは捕虜ではありませんのよ」
「またどこか行かれたら困るじゃないか」
「馬車に乗っているというのに何処に飛び出すというのですか」
ベルコロネの森までの2日は馬車で、それからは馬で森の古城まで行く予定となっている。従者は、別の馬車にまとめて乗っているので、馬車の道中は2人きりとなる。
私にとってはここが一番の難所かもしれない。
「手を繋いでも?」
そう言ってアレンは手のひらを差し出す。私はその手をじっと見つめ、アレンを見上げる。私はアレンに触れるのが嫌なわけではない。遠慮がちに手を差し出すとキュッと握られた。
「何処にも行かないと言うのに」
私は緩みそうになる口元を引き締めて、表情を隠した。
静かな時間が流れ馬車の揺れる音がよく響く。以前、レイの城から帰った時の様な重苦しい空気はなく、むしろ安心できる空間だと感じる。
最初にこの世界で会ったのが彼でよかった。優しく流れるこの時間がずっと続けばいい。
「ずっと、このままならいいのに」
繋いだ手に力を少し入れながら呟くと私はハッとした。
今、口に出してしまった様な。
「へぇ?」
アレンは興味を持った様に繋いだ手を自分の方に引き寄せた。
「きゃっ」
引っ張られた私はアレンによりかかる。
「僕はこのままでは、満足できないな」
私は慌てて体を起こし離れる。
「違います、違います!誤解です。馬車は楽なのでこのまま乗って魔王城までいけたら良いのに、という意味です」
「そう?それは残念」
彼は笑ってくれるが、傷つけてしまってはいないだろうか。じっーと、彼の表情を観察していると、アレンは苦笑してなに?と聞いてきた。
アレンは感情を隠すのが上手い。私には彼の気持ちは読めない。
「手を…….」
「?」
「手を貸して下さい」
「どうしたの?」
アレンは不思議そうに見ているが、私はもう、それだけでいっぱいいっぱいだ。それを感じ取ってか彼は何も言わず手を差し出してくれた。
「はい、どうぞ」
私はその手を握る。初めて私から握った。
「これで、満足いたしましたでしょうか」
声が震える。もうこれが私の限界だ。アレンは目を瞬いた後、笑いをこらえてか下を見て震えはじめた。
「なっ……!笑うなんてひどいです!」
抗議するとアレンは私の肩を抱き寄せた。頭上から良い声が降ってくる。
「ごめんね、あんまりにもチェルシーが可愛かったから」
私は顔が真っ赤になるのをついに隠しきれなくなった。口をパクパクさせていると馬車がゆっくり止まり、ノックとともにオリビアの声が聞こえる。
「猊下、お昼休憩です」
アレンは私から離れ、行こうかと手をひいた。
私にはもうこの空間は耐えきれない!
無理を言って午後からはオリビアとダニエルにも馬車に乗ってもらうことにした。
予定通り旅路は進み、今日の午後にはベルコロネの森に到着する予定となっている。揺れる馬車の中でアレンは「そろそろしようかな」と私に声をかけた。
何のことかわからず、私はきょとんとしてまう。アレン続きの言葉を待つと「忘れたの?」と呆れられてしまった。
本気で思い出せずにいると、アレンは私の両手を握り胸元に持ってくる。二人で向かい合うように座ると、側近に聞かれないように耳元で囁いた。
「これから少し僕達の魔力が混じり合う。違和感があると思けど、絶対僕の手を離してはいけないよ」
「わかりました」
私がうなづくとアレンは魔法を使う。
「〈情報共有〉(インフォメーション シェアリング )」
「なっ……!」
「猊下!?」
2人の従者の驚く声が聞こえた。
だがそれに構わず、私は目の前に起きた現象を見守る。
優しい黄色の光が私を包み、逆に吸い出された私の魔力が青い光になりアレンを包んだ。黄色の光が体にじんわり収まりその後、私の中をぐるぐる駆け回る感覚に襲われる。
わっ、何これ。なんかぞわぞわして変な感覚!
次第に収まり私とアレンの間には2人分のステータスが浮かび上がった。見えているのは名前、HP、MPである。
「これ……!」
私は驚いて目を見張る。
「約束しただろう?思い出した?」
魔王と戦う時に離れてても私のステータスが見えるように、と言っていたっけ。
こんな感覚なんだ、と未知の体験に興奮してしまう。情報を詳しく覗こうとアレンのステータスをタップしたら、画面が切り替わりレベル、各ステータス、スキルなど詳しい表示が映し出された。アレンがギョッとした目で手のひらでステータスを払うと少し横に流れて消えたためよく見えなかったが。
「チェルシーは何をするんだ」
「あっ、ごめんなさい。気になったものだからつい。駄目でした?」
「勝手に人の情報を除いたらだめだ。そもそもさっきの僕の情報は簡単に覗けないように、ロックがかかっているはずなんだけど……」
そうか、ゲームではいつもステータスを覗いていたが、ここでの彼らはキャラであってキャラではない。勝手に覗くのはマナー違反なんだな。
「猊下!なぜ〈情報共有〉魔法をお使いに?信じられませんわ!」
オリビアは肩を震わせ顔を真っ赤にしている。
「そのような事をする際は一度、私共に相談して頂きたいものです」
ダニエルもため息をついている。
「話したら反対されるだろう?」
「当たり前です!猊下はもうちょっと枢機卿というお立場を考えてくださいませ!」
オリビアは約束が違うと、目で私を非難した。
アレンはこれからの戦いに必要だと説明したがオリビアは納得出来ないようでずっと「でも!でも!」と言っている。
「〈情報共有〉の魔法は使ったらだめなんですか?」
3人がする話の流れに違和感を感じ私が割り込むと、オリビアは大きなため息をついた。
「なんで知らないんですか?自分のステータスを誰かに開示するなんて大変な事です。どんな弱みを相手に握られるかわからないのですよ?普通は夫婦でもなかなかいたしたりしません」
へぇ、そうなんだ。やっぱり実際過ごしてしてみると色々常識がちがうんだなぁ。ゲームでは攻略キャラのステータスは見れて当たり前だった。それで無ければ戦えないし、レベル上げができない。
私の鈍い反応にオリビアは、困ったように叫ぶ。
「あのですね、わかります?とってもとっても大変な行為なのですよ!相手を心の底から信頼してい無ければ出来るこたではないのです」
私はそれを聞いて、頷いた。
「でしたら大丈夫でしょう。わたくしはアレン様を心の底から信頼していますもの」
そう言うと馬車の中は水を打ったように静かになった。
「破廉恥です!!!」
ごめん、その感覚私にはわからないかも。