閑話 アレンとチェルシーの遠征前夜
ただじゃれ合っているだけの短いお話です。
「アレン様、それはいつ食べるのですか?」
魔王討伐の遠征前夜、私はアレンの部屋にいた。貴族からきた私宛の手紙をアレンが処理してくれていると聞き、私は少しでも彼の負担を減らそうとせっせと返事を書いている。
その返事もアレンが選別した貴族の分だけなのでかなり少ない。
手紙を書いている机の一番いい位置に作ったクッキーが飾られている。私がお詫びに作ったクッキーだ。紙袋に入りリボンで縛ってある。賞味期限的に、はやく食べて欲しい。
「だってチェルシーが作ったものだよ?勿体無くて食べられないよ」
「もしかして、毒でも入っていると思っていませんか?味見しましたけれど、ちゃんと普通の味でしたわよ、毒味でもしましょうか?」
私がリボンの端を掴みしゅるしゅる解くとアレンが悲しそうな声を上げて慌てて取り返そうとする。
「チェルシー、かえして。ぎりぎりまで堪能するから」
「こんなものでよろしければ私がいつでも作って差し上げます」
アレンの制止など無視して一枚ぱくっと口に入れる。
「ほら、大丈夫です」
私が自信を持って言うと、側近達が動き始めた。
オリビアはため息をつきながら、お茶を入れて参りますと退室し、ウィリアムもそそくさと部屋を出て扉の護衛にいった。
ここの側近は読まなくていい空気まで読む。ダニエルは休憩中なので、私の味方がいないではないか。
「チェルシー、今食べたものを返しなさい」
「わたくしは魔法使いではありません。さっさと食べてしまわない方が悪いのです」
「そうか、クッキーがチェルシーのお腹に入ったと言うことは、クッキーがチェルシーになってしまったんだね。じゃあ僕はチェルシーを食べるしかないのかなぁ?」
「なんなのですか!その超理論は!それに、まだクッキーはチェルシーになってはおりません!」
ひどい暴論である。食べ物はそんなすぐに体に吸収されない。わたしはじわじわとアレンに追い詰められて遂には、背中が壁に当たった。
アレンの両腕に閉じ込められ私はもう何処にも逃げ場がない。人生初めての壁ドンだがときめきより恐怖の方が大きい。完全に肉食動物とその獲物の図ある。
た……たべられる!!
「さぁ、何処から食べようかな。チェルシーが好きな所を選んでもいいよ」
死ぬ、このままでは声だけで死ぬ。
「良いことを思いつきました!ほら、どうぞ」
私はアレンの口にクッキーを1枚入れる。
「ほら、これでクッキーチェルシーとクッキーアレンですわ。クッキー同士では食べれませんわよね。もうこの遊びは終わりに致しましょう 」
アレンはいまいち納得できないという顔をしながら私を捕らえていた牢を開けた。
私達はソファに座りお茶を待った。今日もアレンは私の横に座るが狭くなるので正面に座ればいいのにとぼんやり考えていると、アレンがこちらを見ているのに気がついた。
「なんですの?」
「いや、人に食べさせてもらうのも良いものだなと思って」
以前にオリビアからサンドイッチを差し出されていた光景が頭をよぎった。
「オリビアにさせてはダメですよ」
オリビアがアレンの色気に当たったら倒れてしまうではないか。それにそれに……
私はモヤッとする気持ちに理由を探す。
アレンは嬉しそうにはにかみ、約束しよう。と言った。私はその顔に胸が高鳴るのを必死で抑える。美しい顔の人はとことんずるいと思う。
ようやくオリビアが部屋に戻りお茶を入れてくれた。
このお茶を飲んで心を落ち着かせたら、あと少し残った手紙の返事を書いて寝よう。明日からはきっと大変なのだから。
時間があれば夜また投稿いたします。