転移
文はまだまだ未熟ですがお付き合い頂ければ幸いです。
今週1週間は毎日掲載予定です。
金曜の夜、私は仕事を定時で終え急いで会社を出る。自宅に帰るとスーツを脱ぎ捨て化粧を落とし髪をひっつめてくくった。ゲームをするにはこのだらりとした格好が最高だ。
私はうきうきとパソコンを立ち上げアップデートをしゲーム《フィンティア》を始める。
このゲームは女の子がターゲット層のオープンワールドゲームだ。洋風の世界観でキャラクターとの恋愛がメインである。
他にモンスターとの戦闘を楽しんだり、一つのことを極めて職人になったり、のんびり開拓などすることができる。なんでもありの今巷で流行りのゲームである。因みにオンラインで遊べる場所では他プレイヤーとの交流も出来る。
「先ずは、デイリークエストの回収っと」
私は一生懸命キャラメイクした銀髪のロングヘアのアバターを動かす。重課金兵よろしくとても豪華な青いドレスを着ている。名前は『チェルシー』。
私は彼女を操作する。そして、明日朝から新しい攻略キャクター『魔王』が追加される為クリアするまでPCを離れるつもりはない。
「キャラクターデザインも好みだったし楽しみだなぁ〜」
最推しは王子のキャラクターであるが他のキャラクターのシナリオも全部やりこみたい。
デイリークエストである薬草を採集している最中に画面の下がピカピカ光っているのに気がついた。それはお知らせのアイコンで更新があった事を示している。開いて文字を目で追うと心臓がどくんと跳ねた。
「ええ〜!!!超限定レアスキル〈聖女〉当選!??信じられないっっ」
それは《フィンティア》5周年記念フェアで抽選で1人にしか当たらないレアスキルである。課金する際に応募券がついてきたので、私は沢山応募しているはずだ。
しかしながら、そのレアさから発表時公式板が荒れたものである。今ではどの様な能力があるのか熱い論議が交わされている。
まさか自分が当たるなんて…
「沢山課金してて良かった……!!」
自分自身もこのスキルはどうなんだろうと思ったものの自分が当たればこんな嬉しい事はない。あんなに騒いだのに実に現金なものである。採集を切り上げスキルを貰いに行く為教会へ急いだ。
教会に入るといつもいる神父ではなく何故か攻略キャラの1人である枢機卿の『アレン』がいる。もしかして、特殊スキルなので演出も特別なのだろうか。
期待を胸にアレンに話しかけるといつもの穏やかな顔をしたアレン立ち絵に変わり見たことのないテキストが表示された。
ーーー貴女はこのスキルでこの世界、《フィンティア》を救ってくれますか?
勿論、選択肢は『はい』だ。
「救うよ〜、いくらでも救っちゃうっ!スキル下さい!」
ーーーでは、このスキル〈聖女〉をお渡しします。さぁ、こちらの世界においで。
「ふぉぉぉぉ〜!!ありがとう、アレン君!すごく嬉しいよ〜」
あまりの嬉しさに足をバタバタさせてしまう。うん、もう一生このゲーム推そう……。
しかし最後の、こちらの世界という一文がよくわからない。どう意味だろうか。
そう思っていると視界がぐらりと揺れた。頭が横に落ちていき柔らかいものの上に乗った。多分ベッドの上だと思う。痛い思いをしなくてよかった。
私はぐらぐら回る頭を抑え目を開くと鼻先に美しい顔が見えた。
「大丈夫?僕が分かる?」
心配そうにこちらを見つめる青い瞳にどきりとする。
「へ?ア……アレン君っっ!?どうして……」目の前に…….
混乱する頭で色々考えるが全くわからない。とにかくアレン君が美人さんなのは分かる。その顔が自分のすぐ側にあると言うだけでパニックになってしまう。
「よかった、無事みたいだね。チェルシーに会えて嬉しいよ」
微笑んだ顔が天使のように美しく尊い。
「あの……私、なにが何だか」
「あっ、ごめんね。じゃあ少し話をしたいからこっちの部屋に来てくれる?」
アレンはそういって祭壇の横に進み奥の小部屋に入り椅子に腰を下ろした。
「どうぞ、かけて」
そう声をかけられアレンの正面の椅子に座る。
「まずは、チェルシー自身の事どこまでわかる?」
チェルシーの事……今自分が着ている青いドレスはアバター《チェルシー》の服でありゆらゆら揺れるふわふわの銀の髪もチェルシーのものだ。私は今完全にチェルシーになっていた。
主人公の外見はある程度プレイヤーの好きにできるものの基礎設定がある。
「私は辺境の伯爵の娘。チェルシー・シュガーレット、16歳。沢山いる兄弟に家を任せ、傾いた家を立て直すため、1人こっそり家を出た」
アレンは目を瞑り、うんうんと頷く。
「うん、報告通りだね。記憶も正しい様だ。ただ、チェルシー、貴女は自分が伯爵令嬢という事は忘れてはいけないよ。侮られてはいけない」
伯爵令嬢としての振る舞いの事を窘められている。確かにゲームのチェルシーはお嬢様言葉で話していた。
「わかりましたわ、教えて頂きありがとうございます。それでわたくしは一体……」
アレンはチェルシーの言葉遣いに満足そうに笑みを浮かべる。
「貴女の魂はこちらの世界と別の世界の2つの世界を行き来していたと聞いている。貴女の魂をこちらに固定させてもらった」
「何故わたくしを?」
「〈聖女〉の適性があったからだよ。貴女には魔王の復活の阻止若しくは魔王の討伐をして欲しいんだ」
「魔王というと、あの黒髪黒瞳でベルコロネの森の古城に住んでいるという?」
明日から追加キャラとして、登場するはずの人物の特徴をあげる。キャラクターデザインは先日発表があったばかりだが、他のキャラクターのシナリオに名前だけは登場している。因みに魔物と教会は対極の存在であり、魔族の頂点である魔王も然るべきなのだろう。
「そうだ。先日、教皇様が神から予言を賜り、近々魔王が復活する事がわかった。魔王が力を振るえばこの国が危ない。どうか、貴女にこの国を救って欲しい」
これは魔王ルートとしての、ゲームのシナリオなのだろうか。今自分の身に起きている事を考えると一概に、そうだとは言えないだろう。そもそも魔物と戦って死んだり、バッドエンドになってしまった場合私はどうなるのだろう。
「えっと……。」
どうしたものかと、考えあぐねていると、それを察したアレンが机の上に両肘をつき腕を組んで囁やく。
「スキル〈聖女〉」
私はギクリと肩を震わす。そう言えば、スキルを受け取る時にそんなテキストが流れた。世界を救ってくれるか、と。
アレンは立ち上がり私の横に来ると、顎に手を触れ自身の方を向かせる。
「貴女の魂を固定したのは、教会だ。枢機卿の僕が責任をもって貴女をサポートしよう。やってくれるよね?」
「善処いたします。」
絞り出すように声を出す。とにかく、アレン君には無駄な色気を出すのをやめて欲しい。今の私には、この答えを出すのが精一杯である。
「うん、よろしくね。討伐までは僕も貴女と一緒に行動するとしよう」
アレンはそう言って、ようやく顎から手を放してくれた。
そのつもりがなかったとは言え、約束してしまったものはしょうがない。出来る範囲で頑張ろう。
私は自分の服を見つめる。
防具もゲームのまま使えるみたいだ
し。そう言えば他の武器やアイテムはどうなったんだろう。
「《メニュー》はどうやって開くのかしら。」
そう呟くと目の前に、白い窓が光りゲーム上の《メニュー》が現れる。
「あぁ、そういう。」
現れたメニューをタップしアイテムなどを確認していく。
ちらっとアレンを見ると目があったアレンはにっこり、微笑む。
《メニュー》、アレン君も見えるのかな?
アレンの表情からは伺い知ることは出来ない。
マップは辺境伯である実家の屋敷からこの王都までしか表示がない。最初期のマップである。
気になる各キャラクターとの親愛度を見てみるとアレン君だけMAXなのに他のキャラクターは親愛度どころか各キャラクター名が「???」に戻っており、まさに初期の状態になっている。
「なっ……!?」
あんなに頑張って集めたデータやスチルを思うと虚無感を禁じ得ない。へなへなと、しゃがみ込んで頭を抱えると、アレン君が手を差し伸べてくれる。
「どうしたの?」
「いいえ、わたくしがこちらで築いた人間関係が、どうにも芳しくないようなのです。」
「うーん。こちらの世界に魂を固定した際の弊害かもされないね。」
私は差し出された手を取り、アレンを見上げその笑みをみて、ゾクりと身体に伝うものを感じる。
「僕さえいれば、他の者の事など些細な事だろう?」
あれ?アレン君ってこんなキャラだっけ!?
その妖しい笑みは姿を見ただけの魔王よりもよっぽど魔王らしいと思った。
この作品はフィクションです。実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。