第7話:現状は、甘くない。
勘弁してほしいよなあ。
本当に、勘弁してほしいよ。
ただでさえ神様に取り憑かれてるっていうのにさ、次は幽霊だって?
それも未来からやってきた幽霊?
名作と言われているすっげえ昔に出た某映画のようなデデンデンデデンのパロディじゃないっつうの。
その話が本当なら俺は幽霊をダウンロードして、斜森重工のアンドロイドにインストールしちゃったわけ?
となれば叔母さんには当然売れないよね……。
ゲームやパソコン、食べ物に金を注いでがっつり遊ぼう計画もとんだ足踏みだよ。
しかもこっちは次の日には普通に学校があるってのに二人してずうっと話をしてるもんだから中々眠れなかったね。
早く寝たら? と聞こうとしたがそもそも神様と幽霊って睡眠が必要かって話よな。
否、必要ないから夜通し話をして俺の睡眠を妨害していたってわけだ。
まあしかし。
眠気を引きずる朝ではあったがアンドロイド――いや、幽霊――いや、斜森未由はつくもと納得するまで話をして、自身の置かれた状況を理解し、非科学的な存在を理解してくれたおかげで俺が説明する手間が省けたのは良い事だ。
一つ、面倒事が減った。
だからといって直面している面倒事は無くなったわけではないのだが。
――斜森重工代表取締役社長・斜森国彦。
誰もが一度は見た事があるであろう人物、ネットで調べればすぐに顔写真も出てくる。顎鬚を生やしていて強面だ。
この人に娘がいたのはどこかで聞いた記憶がある、ネットニュースだったかな。
その記憶を辿って調べてみたが写真は遠目から映っているものばかり、どれも車から降りる姿が多い。
表舞台には然程出てはいないが彼女……調べれば調べるほど驚かされる。
斜森重工の技術開発で既に父から受け継いだ才能を遺憾なく発揮しているようで、ここ数年のAIに義手・義足、パワードスーツ、ARにVRと幅広く彼女が開発に携わり、大きく発展を遂げているとかなんとか。
歳は俺と同じで、六月六日には彼女のほうが先に十六歳になる。
ちなみに俺は七月七日、誕生日プレゼントは現金かネットマネーをお願いします。
しかしそんなハイスペックな彼女だが、今やアンドロイドの頭部。
このアンドロイドのスペックを問われたら兎に角ハイスペックと答えるしかあるまいし、ある意味では正しい。
そんな彼女だが、体はまだ用意していないのでつくもに暫く抱えてもらうとした。
というのも、つくもが触れていれば他人からは見えないようにできるらしい。便利だね、そういう事ができるならもっと早く説明してくれよな。
流石に首だけのアンドロイドを持ち歩くというのは人としてやばいし、誰かに見られでもしたら最悪通報もされかねない。
「昔は時間を捻じ曲げたり、人を未来や過去へと送る怪異はよくおってのう。神隠しなどと人間は言っておったが、お主から感じる時間の歪んだ感覚はそれとよく似ている」
「そう……では、科学的なデータを提示してくださらない?」
「悪いが科学じゃあ私達の存在は手に余るのでなあ」
「時間の歪みをもしデータ化する事が出来れば機械技術で時間に干渉する事も可能かもしれないのに……」
「タイムマシーンというやつか! おおう、お主は頭が良いらしいな、もし作れるのならば協力したいのう!」
「今私に起きているこの現状を分析し、私に関するあらゆるデータを収集、そして貴方のような神のデータも必要ですわね。機械的に現象を置き換える事が出来れば、可能かもしれないですわ。そのためには様々な装置が必要になりますけれど」
「よし郁生、準備せい!」
「無理だよ! てかうるさいよ君達!」
授業中も休み時間もずっとずっとずっと、後ろでわいわい話しやがるおかげで今日は何も授業にならず、しかももう一人被害者がいる。
「まったくよ! どうして喧しいのが増えてるの!」
「いたた……。はあ、頭痛までしてきた」
最初の休み時間の段階で一度円にはキレられ、昼休みに再びキレられ、放課後……早速キレられている。
もう繰り返し同じ状況が訪れているおかげでデジャブまで感じる。
「首だけのアンドロイドを持ってきてる時点で嫌な予感しかしなかったけど、あえて言わせてもらうわ……なんなのよ!」
今は叔母さんのところへ二人で向かっている最中だ。
到着する頃には円の機嫌が直ってくれればいいが。
「しかしこやつを置いていくのは酷であろう?」
「よろしければお手をお貸しくださいまし」
「今のこやつは手も足も無いからのう、貸せるものは貸すべきじゃないか?」
「カスが!」
「酷い言い草じゃ」
首だけの状態ながら、朝一番に彼女にあれこれ命令されてバッテリーを内臓させられた。
組み立てるのは得意だが作り変えるのは初めてだったけれど、的確な指示のおかげでなんとかうまくできた。
電源ケーブルを繋がなくても数日は持つようになったらしい。
流石は斜森未由、これくらいの改造などお手の物ってか。
「こっちだって暇じゃないの。ったく、あんた達のおかげで今日一日勉強にならなかったじゃない!」
「おうおう人間よ、何も学ぶだけが人生ではないぞ」
「一日勉強に身が入らなかったくらい、何も問題はないですわ。所詮生徒数だけが誇りのごく普通の、高くもなく低くもないごく普通の偏差値で、ごく普通に入校できるごく普通の高校なのですから。進学校ならまだしも」
「その首、便所に突っ込むわよ」
「ま、まあなんて野蛮な考えを持つ方なのでしょう! 凡人高校の生徒は恐ろしいですわ!」
「「幸仁高校だよ!」」
円と声が揃ってしまった。
周りには帰路に着いている生徒達も多くいる、あまり声を荒げると変に見られてしまう。
ここは抑えなければ。
……抑えられればいいが。
「郁生、あんた私を巻き込むだけじゃ飽き足らず、今度はえっと……未来の、幽霊? ですって?」
「そうそう。いやぁびっくりだよね」
「びっくりだよねじゃないわよ! 厄介事を持ち込んで一体何が目的なの? 私への嫌がらせ?」
「断じてそんな事は!」
円の機嫌は相当悪い。
少し刺激を与えるだけで爆発しそうな火薬庫と化している。
「そんなカリカリすんなよ」
「そうですわ」
そんな俺の心配など気にも留めず、二人は俺達の周りを呑気に漂っている。
茶化しているんじゃないかというくらいに、ぐるぐると回って。
円の米神には青筋が浮かんでおり、そろそろ導火線に火がついて着々と爆薬へ火花が近づいているのかもしれない。
爆発の瞬間は出来れば見たくはない、何なら今すぐにでも離れていたい。
こんな街中で、折角学校の束縛から解放されて皆の足取りが軽い和やかな雰囲気の中で、怒声が放たれたらたまったもんじゃない。
「円、昨日奢るって言ったよね! ほら、どうだい、丁度パンケーキ屋があるよ! 行く?」
「……行くわ」
ふぅ……これで少しは導火線の火は落ち着かせられたかな?
狙っていたわけではないが、偶然通りかかったのは外観からしてお洒落なパンケーキ屋。
室内を見た限りでは女子ばかり、俺一人じゃあ絶対に入れない場所だ。
賑わいからして味は保障されたも同然であろう。
何より円は快活な足取りへ店内へと入っていく。
俺も共に続くのだが、つくもと斜森を見て、しーっと指で静かにしてとのご注文。
パンケーキの前にこの注文は受け付けてもらいたいものだが、二人とも、渋々ながら首をこくりとさせた。
首だけのやつはつくもにただそういう動作をされただけではあるが。
二階の一番奥の席しか空いておらず、そこに座ってメニューを開く。
このような店には疎い、どんなものを注文すればいいのかまったく分からない。円に倣おう。
「種類、結構あるんだな」
メニューをタッチしてみるとホログラムで料理が表示される。
360度、ゆっくり回転していくパンケーキ。
少々厚めで、見た目から分かるふわふわの作り、蜂蜜がかかっているのもあればイチゴや生クリームが乗っているのもある。
他にはキャラメルクリームってのもあるのか。どれも美味しそうだ。
女子が食べるようなデザートは久しく口にしていない、見ただけでも心の中でひっそりと飢えていた甘いものへの渇望が息を吹き返す。
「人間の作るものは機械以外でも凄まじいものであるな」
「美味しそうですわね。私が普段食べるパンケーキのほうが見た目はゴージャスですけれど」
「……一々、勘に触るわねこいつ」
「まあまあ……」
「今では口にしても味は分からないですわね、アンドロイドには味覚機能など備える必要はないですから」
「搭載する事はできるの?」
「味覚障害に陥った患者や舌を事故で一部の味覚が感じなくなった方々用に義舌の開発に携わりましたから、試験段階ではあるのですが一応、接続は可能ですわ」
「現物があれば是非つけさせてみたいな」
注文は無難に店長お勧めのパンケーキにして暫し待つとする。
「叔母さんは夕方過ぎにはいるって言ってたから、まだ時間はあるわね」
「じゃあここで少しゆっくりする?」
「果たしてゆっくりできるのかしら」
俺達の隣には、つくもがいる。
斜森の首を持って、店内をぐるりと見渡し始めていた。
見えないからって好き勝手に動きやがる。
何か仕出かさないか、見ていてひやひやするからじっとしていてもらいたいが、言っても聞いちゃあくれないだろう。
自由奔放、それがつくもだ。
「神に幽霊と……頭がおかしくなりそう」
「同感だ」
「次は何がくるのかしら? 妖怪?」
「それは分からんな、もし絡まれたらまた君に知らせるよ」
「結構よ」
甘い香りと共にパンケーキがきた。
ここ最近は脳みそをよく使った、糖分を摂取するだけ摂取してやりたい気分だ。
食べる頃になるとつくもが戻ってきた。
狙いは……パンケーキか?
少しくらいならわけてやるよ。
「この子はどうしようかのう」
「どうしましょう」
「俺に聞かれてもな」
これからの話をするにしても。
本当に、どうすればいいのやら。
成仏やら何やらつくもは説明していた気がする、相手は幽霊……なんか、こう……両手を合わせて線香をやればいいのかな?
「つくも、お前は神なんだからなんとかできないのか?」
「んー……なんとかできん事もないが、怪異が絡んでおるとそいつを先に解消せねばな。目的があるのかどうかも分からん上に姿も現さん」
「あの、よろしいです?」
「顔が近いっ」
つくも、この子が話したいのを察するその気遣いはいいけど、一々顔を近づけさせるな。
周りからは俺達のやり取りが見えていない分、挙動不審な奴として見られちゃうだろ。
「時間が戻っているのでしたら、この時間軸の私はまだ生きているのですよね」
「そうなるな」
「であれば、誕生日に私が殺されるのが分かっているので私を救えば、過去が書き換わり、私も生きている状態の私へと変わる――と、推測してみたのですが」
「もしその怪異もお前さんを救うのが目的でこの現象を発生させたのだとすれば、現段階で生きているお前さんを救う事での改変を望んでおるのかもしれん。怪異に何か恩でも売って、そのお返しがこの現象かのう。何か心当たりは?」
「特には……」
未来だとか過去だとか、そういうのをテーマに扱っている映画じみてきた。
円に関しては手首の端末でニュースなどを見ていて我関せずだ。
あのですね、一緒に問題解決をすべく協力し合いませんか?
俺だけじゃ頭がパンクしそうだし神と幽霊で手一杯なんだよ。
「早速行動しましょう、この後の予定は?」
「叔母さんに会いに行って話をする、大事な話をな。長くなるか短くなるかは分からないから、今日は余計な予定は入れない」
「余計ではないですわ!」
「分かった分かった……こっちも立て込んでるんだよ、後で付き合ってやるから……」
こんな調子じゃあゆったりパンケーキも食えやしない。
今後の予定として、今は生きている斜森未由を救うために動く……?
彼女が殺されると分かって何も動かないわけにもいかないけれど、具体的にはどうするべきなのだろうな。
……うん、やっぱり後回し、後々余裕ができしだい考えよう。
少なくとも今は、この甘さを十分に堪能したい。





