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第6話:未来の幽霊

 帰りはモノレールを利用するとした。

 つくもは懸垂式モノレールを見るや、落ちやしないかと何度も聞いてきて喧しかったが走り出したら窓の外の風景に意識を持っていかれて大人しくなった。

 工場とビルばかりの、見慣れた風景だ。

 その奥も、またビルばかり。

 中心部となるとビルやマンションが立ち並び、その高さも段違いで、モノレールやフリーウェイがビルとビルの間を縫うようにいくつも建てられている。

 光の棟の間を、車両の光が星のように輝いて通っていく。

 それらを避けるように別の光も列を成している。

 ドローンの光だ、落下によって事故誘発を招かないために決められたルートの飛行が義務付けられてる――んだったかな?

 すっかり空から橙色が薄れたこの時間は、大体配達ラッシュだ。

 それ以外では、若い人達が屋上で何やらはしゃいでいるのが見えるな。

 ドローンで競争している人や、ホログラムで的を作って銃で撃つゲームをしている人なんかも見える。

 この時間は色んなものが見えて退屈しない。

 つくももきっと、同じ気持ちだろう。

 さっきから何を見るにも一々声を上げてしまっているしね。

 途中途中、目を凝らしているのはおそらく……神社を探しているのかな。

 似たような形はあるが、ただのオブジェだったり店の電飾だったりと、確認しては小さな溜息をついていた。

 神社、寺、教会……そういったものは数十年で激減した。

 今や墓ですら昔と違って地下施設で骨を収める場があるくらいで地上じゃあ中々お目にかかれない。

 長く世界中で技術競争が続いている。

 後れを取るわけにはいかない、常に発展を目指し止まる事は、今の日本じゃあ許されない。

 つくもはようやく視線を戻した。

 腕を組んではやや不満そうだ。


「どうした?」

「夜になるにつれて明るくなるというのも、妙な社会であるな。しかも街のあの光景はなんだ? ごちゃごちゃしていてわけが分からん。人間達は道路であやとりでもしようとしているのか?」

「あやとり? 何それ」

「かー! あやとりも知らんのかお主! これだから最近の若いもんは!」

「はい、中年が昔からよく言う台詞出ましたー」

「おー? この台詞は今も昔も変わらんのか?」

「うん、変わらんね。俺が直接言われたのは初めてだけど。ドラマじゃあちょいちょい出てくるよ。言う奴は大体嫌な奴」

「私は良い奴だぞう!」

「ソウデスネ」

「片言やめろ!」


 ふと車内の客がつくものほうをちらりと見た。

 あれ、そういえばこいつ……よく見ると今は半透明じゃない。


「お前、実体化してるの?」

「してるが何か問題があるか? 他はどうせ一見の者しかおらん、私の見た目は少し目立つかもしれんが、意外と人間は気に留めんものよ」

「そんなものかなあ……」

「そんなものだ、人間だもの」

「……まあ、いいか」


 クラスメイトと鉢合わせしたらどう説明しようかと思ったが、いやしかしだ。

 街のほうへと向かっているモノレールにうちの学校の生徒が乗り込むのは先ずありえないか。

 逆方向であればいるかもしれないが。

 俺も電話しているフリをしなくていいし、好きにさせてやろう。

 あれ? モノレールの利用料金はどうしよう。その時だけ姿を消してもらおうか。


「しかし仲間を探してみたのだが、いないものだのう」

「山奥にでも引っ越したんじゃない?」

「どうだろうか、幽霊や妖怪はちらほらおったんだがな」

「えっ、いたの?」

「意外といたぞい。貴様には見えんだけで、ほうら左側に……」

「うわわっ!?」


 思わず左側の空席を見る。

 そこに……座っているのだろうか。


「嘘だけど」

「……せいっ!」

「おごぉっ!?」


 喉チョップをお見舞いしてやった。


「何をしよるか!」

「なんだかムカついたから」

「むぅ……だが我らは引き寄せあうものなのだ。気付かぬうちに近くにおる可能性は無きにしもあらず。その辺肝に銘じておけ、私のように良い奴ばかりではない」

「お前……良い奴だったのか!?」

「何も害をもたらしておらんし奪ってもおらんだろう!」

「タダ飯食ってるし俺のプライベートを奪ってる!」

「ぐぅぅ……そんなもの害には入らん!」

「え~……」


 でも損失は確かに生じているのだが。

 この前なんか、冷蔵庫のプリン、勝手に食ったのお前だよな。

 知らん知らんと言ってたけど他に同居人はいないしよ。


「女々しい事を言うでない!」

「じゃあもう少し神々しい事を言って俺を納得させてもらいたいもんだね」

「減らず口を叩きおって……」

「増えない胸をしおって」

「よ~し喧嘩だぁ」

「痛い痛いっ! ごめんて!」


 そんな肩を重点的にパンチするなよ。

 分かった、謝るから……。

 あんまり胸の事は、ネタにしないであげよう。

 それから数分後、ようやく街中へと到着して駅から降りた。

 つくもには再び姿は消してもらっている。

 三階はモノレール駅、二階はフリーウェイと繋がる道路へ行くバスやタクシーの停留所などが多くあり、一階は一般道路への道と地下鉄、地下道路とあって初見ではちょっと道を間違えると思いもよらぬ場所に出てしまう。

 人ごみもただでさえ多い、迷いでもしたら大変だ。

 駅を出て次はバスに乗り換えて少し揺られ、街の喧騒が薄れていくほどの場所で降りる。


「遅くなっちゃったな」

「色々なものを見れて満足だ。時代が変わると街も人も建物も大きく変わるのう~、前にも申したが私はお前の傍からはあまり離れられん。また遠くへ足を運んでおくれ」

「ああ、そのうちな」


 端末で夕食を注文するとしよう。

 自宅への到着予定時間に合わせてピザが届けられるようにして、と。


「よし、予約完了――」


 と、同時に。

 端末に叔母さんから連絡が入った。


『寄れる時に寄りなさい~』


 簡単なメッセージであったが、きっとつくもに関する事で話を聞きたいのだろう。

 今日は……AIデータの確認を優先したいからやめとこう。

 自宅に到着し、一先ずは食卓でつくもとピザを食べるとする。


「よかったのう」

「何が?」

「私がいなければ一人で寂しい食事をするとこであったぞ、感謝するがよい。感謝といえば食前と食後に感謝の祈りを捧げる宗教がおったな。今もまだ残っておるのだろうかのう」

「分からないな、興味が無いもんで」

「少しは興味を抱かんかい! 神を前にしてよくそんな事が言えるのう!」

「あー神様、もしいるのならこの神様をどこかにおいやってください。あと俺のピザを食べないようにしてください。んーっと、なんだっけ、アーメン?」

「そんな祈りをするでない! そもそも宗教自体違うであろう!」

「ごーめん」

「アーメンみたく言うな!」


 いやしかし。

 お前がいてくれているおかげで、確かに一人で寂しい食事を迎える事もなくこうして話し相手になってもらえていて助かるよ。

 けれどあんまり俺の飯を食べないでもらいたいな。

 食事を終えて、自室にて。

 さあて、と指の骨を鳴らして今日の戦利品をテーブルに置いた。

 元から作っていたアンドロイドの頭部と並べてみる。


「見て見て~。打ち首」

 その隣につくもも並んだ。


「くだらない事するな! ほら、邪魔だからどいたどいた」

「く~、こやつこんな頭部に首ったけかっ」


 つくもは置いといて、作業に入ろう。

 うん、骨格といいパーツといい、斜森重工のもののほうがいいな。

 破損している部分を移し替え、漏電しないよう配線を工夫して、電源を通してやればすぐにでも動くだろう。

 そこにAIデータを入れれば基本的な会話はできるはず。

 気がかりなのはこの膨大なデータ量。


「これは、何をしてるのだ?」

「ウイルスチェックをしてるんだよ」


 パソコンの画面をじいっと見つめるつくも。

 画面を突いていも無駄だぞ、それは残念ながらタッチパネルではないんでね。

 パソコンからアンドロイドへとケーブルを繋ぎ、いつでもAIデータの転送は出来る。


「問題は、見当たらないか……。となればこのデータ量は細工されたわけじゃないのか、もしかして最新か?」

「ならば大収穫であるな!」

「そうだね、パーツよりもデータのほうが貴重だから本当に大収穫だ」


 後はこの頭部に転送して起動させてみなければ分からない。

 部品の交換も終えて、とりあえず起動とAIの確認は出来る……はず。

 これでショートしてボンッ――のオチはやめてくれよな。

 最終チェックを済ませ、残るデータ転送に一時間ほど時間が掛かる。

 その間にお風呂や明日の準備などを済ませ、円からは何度か異変はないかとメッセージがきていたので問題なしとの返信をして、ごろごろしていたり。

 長く感じた二時間がようやく終わり、俺はアンドロイドを起動してみるとした。


「起動は問題ないな」

「おぉー、ようやるのう」

「ふふんっ、まあね」


 閉じている瞼がゆっくりと開かれる。

 視覚センサーはどうだ? 壊れていたからちゃんと取り替えたが。


「まばたきしたぞ、人間らしい動きをするものだのー」

「やっぱり最新のAIデータだったんだな、すげー……」

「周りを見とるのー。おーいお主、聞こえるか? ここは郁生の部屋じゃ、狭くて汚いところだろう? 私もそう思う」

「おいこら」


 顔のパーツは実に細かだとは思ったが、表情を作る上で必要な部品数だったのだな。

 カチカチと様々なパーツが動き、連動し、カクつきの無い人間のようななめらかな動きを再現できている。

 俺が以前まで作っていたアンドロイドにこのAIデータを入れてもこれほどの動きはできないだろう。


「むむ……? 私を目で追っとらんか?」

「んなまさか、ただ部屋を見てるだけだろ? さあて、と。聞こえるかな? 音声認識も問題ない? 自分の型番は言える?」

「……型番?」


 おっ、聞こえてるようだな。


「何を言ってますの貴方達。ここはどこです? 一体、私に何をしましたの? んんっ、声もなんだか変ですの……」

「むー? 人間っぽく普通に喋るのう、人間の作るものはいつも驚かされるわい」

「でもバグってるのかな、正常に作動してるなら質問に対してちゃんと答えてくれるはずなんだけど……ん? 今、貴方達って言った?」

「体が、動かない……いえ、感覚がないですわ。なんなのですかこれは!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてっ! 一回シャットダウンしたほうがいいかな!?」


 首だけではあるものの、ガタガタと振動されると物が散らかってかなわない。


「これが落ち着いていられますか! 何者ですか! 私を斜森未由ななもりみゆと知っての狼藉ですか!?」

「えっ、今なんて……?」

「ええ、きっとそうに違いないですわ……。整理、整理するのですわ未由。状況整理は大事ですの……」

「なんかブツブツと呟き始めたが大丈夫かのう、壊れとるんじゃないか?」

「いや……」


 パソコンのモニタを見る。

 異常は検知されていない。

 どの波形も安定して一定に刻んでいる、バグっているわけでもないようだ。

 ……彼女の言葉が気になるな。


「視点が低いですわね、どういう状況なのですか……。それにそこの人、どうやって浮いてるのですか? まさか……反重力装置は既に開発されていた!?」

「おいおい……お前の事が見えてるぞ、どうなってるんだ? 最新のAIの新しい機能か?」

「人類ぱねぇ」

「AI? 何を言っているのよ、私は人間よ。知っているでしょう? 斜森重工社長、斜森国彦の一人娘よ! 無礼を働いたら承知しないですわよ!」

「バグってるな」

「バグってないですわ! それより鏡、鏡はどこですの!?」

「持ってきてやろうぞ~」


 つくもはアンドロイドの反応に面白みを抱いたのか、にこやかに従い手鏡を運んでくる。

 アンドロイドの前へと置き、鏡の自分と視線を交差させると――アンドロイドの表情は、分かりやすく……青ざめるってやつ。


「な、なんなのですかこれは……」

「あー、鏡に映ってるのは、まあ君だな。それはゴミ収集場から回収した斜森重工のアンドロイド。そんで同じ場所でデータ抽出をやって手に入れたAIデータが君、オーケイ?」

「オーケイじゃないですわ!」


 つくもはアンドロイドの頭部を持ってふよふよと浮き、アンドロイドと俺との目線の高さを合わせてくる。


「こ、この子は……何ですの!?」

「私か? 私は付喪神! 神様だー!」

「は?」

「お主から妙な気配を感じるのう、同種とは少し違うが、似たようなものだな。霊魂の類か、だから私が見えるのだな?」

「言葉の意味が、よく分からないですわね。もう少し私の理解できるように説明して頂戴」


 つくもはアンドロイドと向き合って話を始めた。

 蔑ろにされているようで寂しいぞ、俺も混ぜろよ。


「名を名乗っていたな、なんと言っていたかの」

「だから……私は斜森未由だって言っていますでしょうに!」

「ふむ、未由よ、こうなる前の記憶はあるか? 最後の記憶は?」

「最後……私の記憶は……誕生日、そう、誕生日の夜に、後ろから撃たれて……」

「撃たれた? ほう? それで意識が途絶えて、気がついたらこのような生首状態、と。面白い」

「面白くないですわ!」

「よし、俺はちょっと、ネットサーフィンでも……」


 これはあれだな。

 面倒事というものだな。

 聞いていて大体は、なんとなく理解したけれど首を突っ込んだら絶対に面倒な目に遭うやつだ。


「そこの貴方! この状況でよくそんな事が言えますわね!」

「誕生日と言っておったな、お主の誕生日はいつだ?」

「六月六日ですわ」

「六月? おいおい、今日は五月二十七日だぜ、まだ先の話じゃないか。やっぱりこいつ、AIがバグっただけだ」

「五月、ですって? そんなはずは……!」


 つくも、悪いんだけどそいつの喋り方に合わせて顔を動かさないでくれるか?

 躍動感は確かにあるけど……気が散る。


「はは~ん、憑かれたなお主」

「疲れた? 疲れてなんか無いですわ!」

「いや違うくて」

「俺は憑かれたし疲れたなぁ~。そろそろ寝ていい?」

「寝るでない!」


 冗談だよ。

 威圧の武器としてアンドロイドを近づけないでくれるかな。


「郁生。こやつ、幽霊だ」

「いやいや、こいつはただのデータ」

「誰が幽霊ですか! 誰がデータですか! 幽霊ってあれでしょう! 死者の魂とかいう非科学的な存在! はっ、笑えますわ! ……笑え、ますわ」


 つくもはアンドロイドの額に指を当てて何かを読み取るように目を閉じた。


「……何かの拍子に憑かれたのだろうのう、時間を捻じ曲げるとなれば相当な力を持つ怪異であろう。お主を助けたいがためか、それともお主を利用しようとしての事か。ふうむ、妙な事になったのう」

「妙な事どころの話ではないですのよ……」

「未来から幽霊がやってくるとは、世の中何が起こるか分からんものだな郁生よ」

「……そうだね」


 未来から、それも幽霊の来訪ときましたか。

 いやあ未来とも繋がれるなんて……実に、便利な世の中になったものだ。

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