第4話:余計なオプション
経緯の説明を終えると円はどこぞの胡散臭い勧誘を聞いているかのような、苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、いやあどうしたものかねえ。
こちらとしては真実を話したまでであり、先ほどから俺の後ろで偉そうに腕を組んでる奴からも何か言って欲しいもんだね。
まったく何様だよ、ああ、神様か。
「ドッキリ?」
「違う違う。じゃあ手っ取り早く証明するとして、そうだな……つくも、一旦姿を消してくれ」
「いいぞうー、ほれ」
「あ、消えた」
リアクション薄いなー。
もう少し驚いてくれてもいいんじゃないか?
つくもは花壇から一輪の花を取り、円に手渡した。
彼女の視点からでは、花がひとりでに浮いて手元まで漂ってきたように見えるわけだ。
「……ステルス機能?」
「こんな完璧なステルス機能は、まだないんじゃないかな?」
「そ、そうよね……ええ、ちょっと……整理、させて頂戴」
そう言って円は校舎に凭れて額に手を当てていた。
そんな円の近くへとつくもは姿を見せるように切り替えてふよふよと漂うように浮いて様子を窺う。
「姿を見せる事も可能じゃぞ~」
「そ、そのようね……」
もはやステルス機能云々の話ではない。
姿を見せ、重力にも縛られず自由に浮いている彼女を前にして、円は苦笑いを浮かべるのみだった。
「神……と言ったわね」
「そう、神は神でも付喪神である!」
「付喪神……」
円はすぐに端末とパッドを取り出した。
付喪神について調べているのだろう。
「長い間使われたもの、長い年月を経た道具などに神や霊魂が宿ったもの……?」
「まあ、そういうものだ! 最近じゃあ宿れるものであればなんでもいいがな。道具であり、誰かの手により作られたものであり、心が込めてあればなおよしである!」
依り代として特に考えもせずって言ってたけどつくもの言う条件は一応達していたのだろう。
「人をたぶらかす……ですって?」
「それは昔の話だのー。昔はからかい甲斐のある者達ばかりであったからついつい悪戯をしてもうたわ。ぬははっ」
ぬははじゃないよ。
彼女は今、君が信用できるかどうかの査定をしてるんだぜ。
あんまり自分の評価が下がるような事は言わないほうがいいと思うがな。
「えと、付喪神、祓い方」
「ちょいちょーい! 何を調べてるのかーい!」
「ちっ……関係ないものばかり出てくるわね。調べるには少し時間が掛かるわ」
「そもそもそんな物騒な検索やめてくれんかね?」
「貴方がどういったものかも理解した、彼がどういう状況かも理解した。でも貴方が彼に危害を加える可能性や不幸になる可能性も否定できないわ。なんていったって、非現実的・非科学的存在なのだから」
「頭が固いのう、もう少し柔らかく対応すべきだと思うぞい。女は特に、柔らかさは大事であろうに」
「そういう貴方は、柔らかい部分はあまりなさそうね。胸のあたりは特に」
「よし喧嘩だ」
「やめいやめい!」
神様のくせに貧乳だなあなんて最初の頃に思っていたけどそれはまあ心にしまっておくとして、これ以上二人だけで会話させているとよろしい事は何一つない。
若干……険悪なムードになってしまったがどう回復させようか。
それ以前にこの状況となってしまったのは円が不機嫌になってしまったからだ、彼女の機嫌を建て直しにかかったほうが今は得策か?
「郁生、ちょっと」
「あ、うん」
「私は?」
「その辺漂ってて」
「むむぅー……」
彼女に手招きされて少しつくもと距離を取る。
聞こえない位置まで来て、円は耳元で囁いた。
「あんたの中にあるナノマシンを病院で除去してもらえばあいつともおさらばなんじゃ?」
「それがね、検査の段階でナノマシン自体の姿を消す事ができるらしくて、残留検査に引っかからなかったんだ……」
「そういう事もできるの……厄介ね。体調のほうに変化は?」
「今のところは何も。食欲が少し増したくらい、これってあいつのせいかな?」
「違うと思うわ」
そこはすぱっと判断するのね。
「これといった被害は受けてないのね?」
「ああ、俺の近くをただ漂ってるだけで、無害も無害。だからどう対応すりゃあいいのかなって思ってとりあえずお前に相談してみたんだが」
「私を巻き込んだというわけね、やってくれたわね」
「ま、巻き込んだのは……否定しないけど、よかったら協力して欲しいな~って」
頼むよ円、こういうものの相談はお前以外にできないんだ。
俺はすがるような目で彼女へ熱い視線を送る。
円は腕を組んでやや不機嫌そうにはしていたものの、溜息の後に分かったと、一言呟いた。
「ナノマシンの不具合によって幻覚作用が引き起こされた可能性は、私が見えている時点で無しね。姿の消失は理屈では説明できないしARなら物体は持てないからその線も無し……本当に、神様……というもの、なのかしらね」
「うん、神様……なんだと思う」
「少し調べてみるけど、あんまり期待しないで。異変があったら連絡して」
「ああ、異変といっても何も起こりそうな気配は無いけどね」
「油断は禁物よ」
二人での話を終えて、付喪神を交えるとする。
「……でもどうしろっていう話よね」
「私がどういったものかは理解したであろう。その上で、だ。きちんと認識し、出来れば祈ってほしい、信仰してほしい」
両手を合わせて会釈。
拝むという動作自体、やるのはいつ以来だろうか。
彼女の真似をして俺達も拝むと、つくもは嬉しそうに笑みを見せた。
……満足らしい。
「後はいつか、神社を作ってほしいかのう」
「最後にすごい注文してきたわね」
「簡単なものでいいのだー、一軒家ほどの大きさがあれば」
「郁生、これはきっと悪霊ってやつじゃないかしら。頼ってばかりで周りを苦しめるような」
「否定しない」
「ほわっ!? そこは否定してくれないかい!?」
基本的に他力本願、何かを与えてくれるわけでもなく俺からただただ飯をもらって過ごしているだけだ。
これといって害はなくとも、別に利益も生んでいない。
よくよく考えたら飯が減っていっている分、これは一応被害を受けていると考えていいのかもしれない。
「今朝からずっと近くにいたの?」
「うん、近くを漂ってた」
「どれ。手を出せい」
「えっ、何をするつもり?」
つくもは円の手を掴み、何やら念じ始めた。
「むむむ~。よしっ! お主は霊的な力はないようだが、私が力を分けておいた。これで私が不可視状態になっておっても今後はお主にも私が見えるはずじゃ」
あー、そういう感じの事が出来るのね?
よかったな円、お前も俺と同じ状態になれたようぞ。
付喪神を実際に見たあの看護師が、その後姿を消してる付喪神に気付けなかったのは理解と認識が足りないのと霊的な力? が無かったからか。
どれかの条件を達成していれば見えるのだとしたら、元々霊的な力を持ってる人にはこいつの姿が見えるのかな。
「うぇっ」
「うぇってなんじゃい」
今、露骨に嫌な顔をしたな。
「頼んでもいないのに余計なオプションを付けられたらどう思う?」
「余計なオプション!? それって私の事か!?」
俺もね、治療用ナノマシンで治療してもらったら余計なオプションついてきちゃったの。
困るよね、余計なオプションは。
しかも解約できないんだぜ。
「郁生、こいつ気に食わん!」
「あら、ごめんなさい。何か気に障ったようで」
「仲良くしてよ……」
これから長い付き合いになるんだし。
――と、付け足そうとしたが蛇足かと思い喉元で留めておいた。
「害がなければいいけど」
「害などあるかっ」
「私は見張っているからね、変な事をしたら承知しないから」
「ほーう? 変な事ねえ? 例えば、こういう事かの?」
するとつくもは俺の後ろへと回り込んでは抱きついてきた。
実体化しているために、人間らしい感触とぬくもりが背中から伝わってくる。
「ちょ、お、お前……何してるんだよ」
「変な事~」
「せいっ」
「おごぉっ!」
すかさず円は引き剥がして、更に喉輪を仕掛けた。
円、君ってば意外とやるもんだね。
「たかが神の分際で調子に乗るな」
「そういう偉そうな台詞は私が言う側であろうが! 何様かお前は!」
「人間様よ」
「こっちは神様ぞ!」
「ふーん」
「反応が、薄い!」
円は淡々と対応し、もはやつくもに一瞥もくれずパッドに指を走らせていた。
「郁生、ゴミ収集場行かなくていいの?」
「あ、そうだった」
「私は亮子さんのとこに寄ろっと」
「さっそく私を蔑ろにしやがってぇ……!」
亮子さん――は、叔母さんの名前だ。
昔から俺を通して円と叔母さんは交流する機会があったのだが、いつの間にか俺よりも仲良くなっているものだから不思議なものだ。
「叔母さんにも、こいつの事……言う?」
「説明したほうがいいのかしら……判断に迷うわね」
話したとして、変に騒がれて大事になったりしないだろうか。
いやしかしそもそも、人よりも機械と接しているような人が果たして神様なんてもんを信じてくれるかどうか。
「私の存在はどんどん知らしめよ」
「布教するつもりはないわ、とりあえず……大人の意見を聞きたいから、話してみるわ」
「う、うん……頼んだ」





