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第3話:校舎裏といえば。

 さてさて。

 それからは久しぶりの授業。

 遅れを取り戻すべく授業中は円から借りたノートの書き写しと、現在受けている授業もきちんと聞いて別のノートに取らなければならない。

 暫くはこんな態勢での授業であるが泣き言など漏らさずしっかり受けよう、俺って意外と真面目なんだぜ。

 授業中のつくもの様子はというと、教室内をふよふよと漂っては退屈そうに電子板を眺めていた。


「昔は黒板だったのにのー」


 黒板とやらは、今はごく一部の学校でしか使用されていない。

 ネットやドラマなどで見た記憶があるが、チョークで文字を刻み黒板を埋め尽くしていくその労力たるや、昔の教師は大変だったろうな。

 今では手元のリモコンで図や文字がぱっと映し出されたり、何か文字を新たに追加するとしても手元の小型キーボードに手早く打ち込んで表示される。

 他には学校側が用意したAR対応眼鏡を使って立体的に図や資料、歴史的な建物などを見たりと、その辺はきっとここ数十年で大きく変化しているのではないだろうか。

 手をチョーク塗れにする必要は、もうない。

 俺達にとっては特に変わった様子もない授業も、つくもにとっては驚きの連続でその反応は見ていて退屈しない。

 原始人が現代に現れた時ってこんな反応をするのかな。

 なんか昔のアニメなんかで見たけど、薄型モニターの後ろは流石に確認とまではいかなかったが、その薄さには驚いていたね。

 こいつが活動していた時代のモニターは一体どれほど分厚かったのだろう。

 スマートフォンも何かのケースかと思っていたらしいが、携帯電話だと説明するとそれにも再び驚愕を見せていて面白かった。嘘の一つでも織り交ぜたら何の疑問も抱かずに信じそうだ。

 その他では生徒の中に手首や耳などにウエアラブル端末という、小型で時間や通話、メールに音楽・動画視聴など様々な機能を利用できる機械をつけており、俺も手首にも装着しているのだが、これ自体もマジマジと見ていたっけな。

 世間での手持ちで手軽に得られる通信・連絡手段はスマートフォン派とウエアラブル派、連携設定させた両立派の三つになっている。昔はどうだったのかは知らんけど、その顔を見ると、ああ、大体分かるよ。


 昼休みになり、大食堂で昼食を摂るとした。

 久しぶりに利用するが、人型アンドロイドが誘導をしてくれるから安心だ。

 人型アンドロイドは古い型のアンドロイドで、人間らしい外見ではなくマネキン人形の延長線って感じ。

 うちの学校、もう少しアンドロイド面にお金を注いでもいいんじゃないか?

 近づくと感知して片言でコウニュウハコチラデスと繰り返し、俺の誘導を終えると後から来る人の列を軽く整理していた。

 俺が今作っている人型アンドロイドはこいつよりも型は古くない。それなりに人間の顔に近づいているし言葉も搭載するAIデータ次第で流暢に話してくれるだろう。

 購入前に端末を確認する。


「おおっ……」


 思わず声を漏らした。

 電子マネーが多めに振り込まれているじゃないか、俺がどれだけ食うのかちゃんと分かってくれている証拠だ。

 ありがとう母さん、カレーとカツ丼の大盛りを注文するよ。

 けれど思ったより多いな。どれだけ家を空けるのだろう、三日・四日ならいいけど、たまに二週間とか空ける日もあるんだよな。

 別に俺は一人で伸び伸びと過ごせるから構わないけれどさ。

 券売機に端末を読み込ませて、ピピッといった効果音と共に券が二枚出てくる。

 後は受付のアンドロイドに渡して、と。


「よく太らんのー」

「昔から太らない体質でね」

「ほう? 大体そう申す人間は歳を重ねるとそんな台詞を吐かなくなるぞ。あれだ、老化による新陳代謝の低下によるものだな」

「儚くなるね。今のうちに食えるだけ食っておいたほうが良さそうだ」


 列に並び待つ事数秒、注文した料理がくるまで実に早い。

 さて、食べる場所は……と。

 大食堂の端のほうにしよう、イヤホンをつけての食事は別につくもを配慮しての事ではない。

 体育館ほどの広さはあるだろうか、いいや、それ以上かもしれない、この埋めるほどの人の数を見て分かるとおり、うちの学校は所謂マンモス校だ。

 実は人が多い場所はあまり好きではない。

 ただでさえ俺が食べている時は視線を集めてしまうのもあってね。

 量はちょっと多いのが原因なのだろうが、この光景はそんなに珍しいかい君達。

 これくらい普通の量であって君達が食べなさすぎると思うんだが。


「もし太ったらその時は頼むよ」

「残念ながら肥満はナノマシンでは治せんぞ」

「そうかい、なら太らないように気をつけよう」

「説得力が無いのー」


 そうかな?


「むぅ? 今飛んでいったのはなんだ?」


 ふとつくもが窓の外を見やり何かを見つけた。

 彼女の視線を追うと何かが中庭のほうへと飛んでいっている。

 ああ、あれは……。


「ドローンだね、ネット購買で注文すればドローン配達してくれるって説明があったな」

「ほう、便利であるな。しかしお前が注文したらドローンは墜落するかもしれんな」

「墜落するほどいっぱい頼まないよ」


 ドローンの中心部にはパンやサンドイッチ、おにぎりなど入った籠が装着されており、注文したであろう生徒の傍へと飛行するとアームが伸びて手渡ししていた。

 端末で注文者確認も済ませており、大食堂で列に並ぶより手早く昼食を済ませられる。

 注文の量と配達の順番次第で到着にそれぞれ時間差があるようだけど。


「見よ。外で人間達が陽光を浴びながら昼食をとっておるぞ。友がおると飯もうまかろうのー」

「そうだね」

「お前も誰かと一緒に食べたらどうだ?」

「お前と一緒だけど」

「そうではあるがな……」


 何だよその悲しそうな目は。

 別に友達がいないってんじゃあないんだからな!

 ……うん、嘘。いないけど何か?

 くそっ、つくもといるとはいえ客観的に見ればこいつは見えないのだから俺は一人で食べている事になる。

 意識すると……居心地が悪くなってくるな。


「私は……お前の友だ」

「この話はやめよう、飯が不味くなる」

「一緒に食べれば美味しいぞー」

「お前がただ食べたいだけだろ」


 食うのは構わないけれど、他の生徒にバレずにやれよ。

 姿は消せても普通に箸で飯を食べている光景は、それらが宙に浮き、飯が口の高さまでに到達したら消失するという怪奇現象を作り出してしまうのだからな。

 それから暫しの時間が過ぎて。

 ようやくの、放課後。

 久しぶりの学校はどうだったかと聞かれれば、ぱっと思い浮かぶ感想は……少し息苦しかったってくらい。

 友達がいっぱいできれば楽しく過ごしていられたのかもしれないけれど。

 つくもが呑気に俺の近くを漂っている中で、友達作りに励んでごく普通に学校生活を送ろうとするのは俺には難しい。

 別に原因はつくもだけじゃないのだけれどね、それは分かってる。人見知りは直さなければ。

 長い間幼馴染に依存した結果が、自ら率先して歩み寄るという技術の低下、大人数より少人数が落ち着いてしまう体質になってしまったりと、自分の社交性は下へ下へと常に向かってしまっている。


「は~……意気地が無いのー」


 そういう人間なのだと、つくももよーく理解したようで……今日は何度こいつの溜息を聞いた事か。


「学校というのは何も勉強だけではない。人間同士の付き合いも大事なのだぞ」

「へいへい」


 円につくもの事を話すとして、生徒達が帰っている最中に紹介するのは流石に駄目だ。

 人目のつかない場所がいい――校舎裏に屋上、体育館の裏とそういう場所は探せばいくらでもある。

 俺が選択したのは校舎裏。

 円にその事を告げるとどうしてかあいつは少し心の準備が欲しいだとか言い始めて一度トイレに行ってしまった。

 女子トイレの前で待っているのもなんだし、端末で『先に行ってる』とメッセージを送っておいた。


「うむむー、待ち遠しいのう~」


 校舎裏は塀の前に花壇が一定位置に設置されており、ドローンがその上を飛行して水やりをしていた。

 つくもは瑞々しい花々を突いては上機嫌に鼻歌を口ずさんでいた。

 何の歌かは知らんが、どこか古臭い。


「お前の事を教えるのがそんなに嬉しいのか」

「え? いやっ、校舎裏となれば、あれだろう?」

「あれって?」

「……貴様、まさか私をあやつに教えるためだけにここを選んだのか?」

「そりゃそうだよ、だってお前も誰かに理解し認識してもらうと力を得られるんだろう? ここを選んだのはひと気が少ないからだよ」

「お前マジか」

「何が?」

「……色恋とは無縁故に招いた悲劇よのう、機械ばかりとお付き合いしていた結果が青春という光彩を失った……か」


 一体何を言っているんだこいつは。


「私は知らんぞ」

「知ってもらうんだよ今から」

「そうでなくて」

「――お、おまたせ」


 っと。

 いつもよりも少々か細い声で円が言う。

 校舎の影から、そっとこちらを覗いているがその余所余所しさはどうしたのだろうか。


「今、誰と話してたの?」

「ん? ああ、その、ちょっとね。ちょっとっていっても、まあ、お前に紹介したい人だったりするんだけど」

「……紹介したい、人?」

「なんて説明すればいいかな……いやあ、相談する相手もいなくてさ、でもお前になら言ってもいいかなって思って」


 どうしたんだろう。

 先ほどまで明るい表情をしていた円の表情は、つまみを軽く捻るように最小値まで回したくらいに暗くなっていった。

 眉間にもしわが寄っている、何か困惑するような事が今のやり取りであっただろうか。


「ちょっと、ちょっと待って。紹介したい人って、言った?」

「うん、言ったけど?」

「男? 女?」

「んー……女、だな」


 神様だ、と言っておきたいがそれはまだ早いか。

 ちらりとつくものほうを見ると、つくもはつくもで深い溜息をついて首を横に振っていやがる。

 どうしたんだおい、これからお前の事をこいつに紹介するんだ、嬉しくないのか?


「……」

「ん? 円、どうした? そんな勢いよく近づい――おぼふっ!?」


 腹部に、これは見事な正拳突きが打ち込まれた。

 どぼぅっと。

 いい音がした、腰に力の入った一撃だ。

 君ってば打撃の才能があるんじゃないだろうか。

 膝から崩れ落ちちゃったよ、冗談抜きで痛い……というか何故俺は殴られたのだろう。


「是非とも紹介してもらおうじゃないの」

「ど、どうしてそんなに怒ってるの?」

「別に? 怒ってないけど?」

「じ、じゃあどうして俺を殴ったのさ……」

「貴方のお腹に蚊が止まってて、つい。他にも悪い虫がいるかもしれないわね」

「ま、円……待て、兎に角、ああ、兎に角……謝るよ、悪かった。だから少し落ち着いて、ね? お願いだ……」


 ほれ見た事か――つくもはそう言う。

 俺には不測の事態であったのだが、どうやらこいつにはこの状況は予想できていたらしい。

 わけが分からん。


「早く、紹介しなさいよ。ほら、どこに隠れてるのそいつは」

「か、隠れてるというか……姿を消してるというか」

「同じ事でしょ」


 ちょいと違うんだなこれが。

 もう一度つくもを見やる。

 つくもは俺を見ては、改めて深い溜息をついていた。

 あんまり溜息つくなよ、なんか傷つくぞ。

 もう既に傷ついてるけれど。


「お、驚くなよ?」

「もう色々と驚かされたから、これ以上は驚かない自信があるわ」

「そうか、じゃあ……」


 つくも、姿を見せるようにしていいぞ。

 彼女は小さく頷いて俺の後ろへと一旦移動した。


「ど、どうも~……」


 ひょいっと顔を出す。


「えっ、今どこから……」

「円よ、この男は思ったよりも鈍感のようでな。元を辿れば原因は私だ、誤解を招き、気分を害してしまい申し訳ない。てなわけで、よろしく! 付喪神の、つくもだ!」

「つくも……がみ?」

「そう、神であーる!」

「……二人して、からかってるの?」

「いいや、大真面目だ」


 こいつはどうだかは知らんけれど。

 さて、説明から始めようか。

 少しだけ長い、これまでの経緯を。

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