第2話:学校にて。
学校に到着し、俺はイヤホンを外した。
「静かにしてろよ」
「ふぉー、学校も木造だった頃とは全然違うのー。四角い石が乱雑に積み重なってちょっとしたアート!」
「話を聞け」
くそっ、周りに人がいると注意もしづらい。
「生徒の数もすごいのー! 一体何人いるのだ! おお、校庭も綺麗だのー! 石も転がっとらん、見事に整備されているな!」
「うん、そうだね……」
「幽霊や神様はいないのかのー」
「そんなもんいないって」
自分で言っておいてなんだが、しかしお隣には確かにそんなもんがいるのだから説得力に欠ける。
「学校といえば幽霊だったのだがなあ。学校の怪談とか知らぬか?」
「階段ならどこにでもあるけど」
「いやいや怪談だよ怪談。上り下りするんじゃなくて怖い話で心を上り下りさせてくる感じのほうの」
「あんまり聞かないなあその手の話は」
でもたまーに、耳に入る程度。
怪談話というより、冗談話として。
「おわー……学校の怪談というのはもはや伝承のようなものなのに……」
「非現実・非科学的な話は時代遅れなんだよ」
「なんちゅー言い草じゃ。それらがあったからこそ社会や伝統、文化や知識を築いてきたのだというのに」
「残念ながら今は機械技術が全てなんでね」
「嘆かわしい……む、待て。もしや都市伝説も聞かん?」
「何それ」
「マジか貴様」
「マジだけど」
そのようなものに無関心なのは俺もそうだし、世の中もそう。
学校の怪談も、都市伝説も、怖い話やら日本神話に信仰と、その手の話はどこかで聞いた事がある程度――でしかない。
でも少しは、興味は湧いてきているよ。
実際、神様とこうして触れ合ってしまっているのだ……湧かないわけがないけれど、まあそれはおいおいで今は学校のほうに重点を置こう。
先週の金曜日には、退院後では初となる登校はした。
午後にちょっと寄って先生と話をする程度でクラスメイトと顔を合わせる事もあまりなかったが。
なので今日がクラスメイト全員と久しぶりに顔を合わせる。
教室へと近づくにつれて心臓の鼓動が高鳴っていく、少し……緊張するな。
数歩先にはクラスメイトが歩いているが、これといってまともに話をした事はなく、親しいとは呼べない仲――話しかける勇気が、出てこない。
これを機に思い切って話しかけて親睦を深めるのがいいのだろうが、おそらくは。
つくもは「話しかければいいのにのー」とか「ほら、チャンスだぞチャンス」などと囁いてくるが、視線を下に落として只管に歩く。
仲の良い奴は、まあ……一人はいるけど、助け舟を求めるならばそいつに限るな。
クラスメイトが教室へ先に入り、どさくさに紛れるように俺も続いた。
「おはよう」
「ほわっ」
後ろから、つくもとは違う女性の声。
振り返るとそこには、おお……助け舟こと阿左見円あさみまどかがいた。
「お勤めご苦労様」
「……刑務所にいたんじゃないんだけど」
「そうだっけ」
「そうだよ!」
「あれ? 最上下君だ、おはよー」
「退院したんだ~」
「あっ……や、やあ、どうも……」
そんなやり取りをしていると、クラスメイトは俺の存在に気付いて挨拶をしてきた。
挨拶を返してちょいと照れつつ、そそくさと自分の席へ。
クラスの雰囲気は全体的に見ても悪くはない、皆広く交友を深めているようで笑顔が多い。
本を読んで自ら一人を望む生徒はいるけれど、孤立している生徒はいないな。孤立しそうなのは俺くらいかな、ははっ――くぅーん……。
「別に悪い事してるわけじゃないんだから、堂々としなさいよ」
「そうなんだけどね……」
円は所謂幼馴染、小中高と一緒の学校でなんという偶然か、全て一緒のクラスで過ごしている。
髪型もずっとポニーテールで身長もずっと低いまま、こいつだけ時間が止まってるんじゃないかと思うくらいに、あんまり変わらん奴。
この前、俺がまだ入院中にクラスでは席替えが行われたらしく金曜に席は確認したが、いやー驚いたね。円は俺の隣の席なのだ、これは心強いよ。
しかも俺の席は窓側一番後ろ、特等席というものですな。
「もう体調は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、元気元気」
「ご飯もちゃんと食べてる?」
「うん、まあそれなりに」
「おにぎりあるけど食べる?」
「食べる」
朝食はあれだけじゃあ物足りなかったりする、インスタント系はどれも俺にとってはほんの少し物足りない量だ。
まだ食うんかい――と、つくもの声が聞こえてきた気がするが、気のせいだろう。
「はい、ノート。授業の遅れを早く取り戻しなさい」
「おー、ありがとう! 助かるよ」
「何から何まで私に頼りきりよねあんた」
「今度奢るよ」
「パンケーキが食べたいわ」
「了解した」
おにぎりをもしゃりと口の中へ。
円の作るおにぎりは、美味いんだよな。
おにぎりに限らず弁当も自分で作っているというのだから将来いいお嫁さんになるぞこいつは。
「美味い」
「力を込めた甲斐があったわ」
「心は込めてないの?」
「微塵も」
「なんてこったい」
少しは込めてもらいたいものだけれど、作ってもらっている身としては文句など言えない。
言えるのは感謝のみだ。
「そういえば、あんたがいつも行ってるゴミ収集場に今日は斜森重工の廃品がくるらしいわよ」
「え、マジ?」
斜森重工――といえば、機械技術で最先端を行く企業だ。
AR、VR技術やロボット技術、ナノマシンに加えて近年では自動車企業とも共同開発をしており教室内を軽く見回すだけでも斜森重工のロゴの入った何かしらの機械が目に入ってくる。
国内どころか海外でも斜森重工を知らない人はほとんどいないだろう。
……ちなみに俺が注入されたナノマシンも、世界の斜森重工。
そんな斜森重工のナノマシンに付喪神が取り憑いているとは、世の中何が起きるか分からないものだね。
「ええ、情報が正しければの話だけど」
「君の情報はいつだって正しいじゃんか」
「たまには間違えるわよ、たまには」
そのたまにはが未だに無いのだから彼女の情報網と正確さには驚かされる。
一体どこでその情報を得ているのやら。
「なら放課後寄ってみようかな」
「あんた、何か作ってたわよね。今回は何?」
「今回は人型アンドロイドに挑戦中」
昔からよく壊れた機械を弄ってみたり、組み立ててみたりと暇を潰していた。
人より機械とのほうが付き合いは長いかもね、いやあ笑えない。
それはまあいいとして。
この機械弄りも今では立派な趣味となり、機械廃品場やゴミ収集場を巡ってパーツを集めてちょっとしたロボット製作が出来るようになったのだ。
とはいえ立派なものではないがね、簡単な動作をする程度だ。
いいパーツさえあればもっと複雑な動作や機能の追加も出来るだろう。
「人型アンドロイドねえ? ……作れるの?」
「作るといっても大体は中古や寄せ集めを組み合わせるだけでプラモデルの延長線みたいなもの、かな。壊れている部分は作るけどね」
「男子ってそういうの好きよね。どれくらい進んだの?」
「まだ頭部が完成したくらいさ、AIデータが拾えれば会話できるようになるんだけどなあ」
AI――人工知能が入っていなければ、アンドロイドが完成したとしても電気だけを食う動かない人形でしかない。
「データ抽出やってみれば? ゴミの中に斜森重工のテストAIデータが眠ってるかもしれないわよ」
「そうだな、やってみるか」
AIデータは普通に買おうとすると中々の値段がするんだよね。
ネットで安く買うというのも手だが、ゴミ収集場でデータ抽出機なるものを使えばたまに機械内に残っているデータが拾えたりする。
よくあるのがパソコンの中身のデータを消さないで廃棄する連中のものや、たとえ消去されていても、ちょいといじれば復元できたりする。
データ抽出機は復元作業も自動でやってくれるから、うまくいけばタダで様々なソフトやデータを使い放題ってわけ。
そして……俺には叔母さんがいるのだが、人型アンドロイドを作るついでに、掃除ロボットや家電製品なんかも拾って修理し、叔母さんに見せにいけば……お小遣いが手に入るのだ!
俺ってば商売上手だねえ。
大人の方々にバレると怒られるじゃ済まないけれどちょっとくらい、いいよね。
「そういえば入院中、どうだった?」
「う、うーん……暇、だった」
「やる事ないものね、体は鈍ってる? あ、ナノマシン入れての治療ならあまり筋肉落ちないんだっけ?」
「そうだね、あんまり体は鈍ってない」
それどころか、体力はむしろ有り余ってるくらい。
これがつくもの言う、パワーってやつなのか。
窓辺に座るつくもはふふんと満足げに笑みを浮かべていた。
にしても円は物知りだな、機械関係の話をして疑問が浮かんでもこうして自己解決してしまっている。
……機械に取り憑く神様、とか。
そういう話も、知っているだろうか。
ふと、そんな事を思いついた。
そんでもって、こいつになら話してもいいのではないか――とも。
紹介する相手兼相談する相手として思い浮かんだのは、実のところ彼女である。
「なあ円、昼休みか放課後……ちょっといい?」
「昼は少し用事があるわ、放課後なら別に構わないけど、何?」
「ここではちょっと……」
「ふ、ふーん……?」
俺はつくもを一瞥した。
彼女は俺と視線を交差させると、円と俺を交互に見て、なるほど! と手を打っていた。
そうだよ、お前の事を話そうと思ってるんだよ。





