第22話:終結
従業員用出入り口付近まで少し移動するとした、多少人の視線と流れからは逃れられる。
「奴が生身の体を手に入れて我々の対策をされれば、もう手出しは出来ん。亮子のように強硬手段を取ると、また時間を戻されるだろう」
「あいつを阻止したとして、時間を戻さないようにするにはどうしたらいいんだ?」
「記憶映像から察するに、死がトリガーとなっておる可能性がある。殺さずに封印するか、取り込んでしまえばよい」
「つくも、やれるか?」
「私をみくびるなよ、出来るに決まっておる」
「頼りにしてるぜ」
この手の界隈はまだ知識もなく疎い。
つくもだけが頼りだ。
「しかし、してやられたものだ。個人の記憶と知識さえあれば、それらを元に演じる事でまさに本人にもなりえる。人格とは、記憶の集合体とも言えるのだからな」
無用心だった。
けれど警戒心はあったはずだ。
話を聞いているうちに、やはり記憶と知識が信用するに値する要素となり、受け入れてしまった。
しかも相手は実際に繰り返し同じ期間を巡っていたために、ある意味では未来からやってきたのと同意でもある。
「機怪異が活発化していたのも、あやつが原因であろうな。円を襲った機怪異、憶えておるか?」
「ああ、当然。何か言ってたような」
「クリカエシ、と言っておったのだよ。クリカエシ、繰り返しと」
「繰り返し……」
「繰り返している事に気付いた機怪異達の動きが活発になり誰の仕業かと、混乱が生じておったのだろう。円が襲われたのは、亮子の気配を辿られたからではない、あやつの――機怪異の気配を辿られたのだ」
「そういう事か……」
「さて、立ち話もなんだ。入るぞ」
「入るって言っても、どうやって……」
つくもが後方を見やる。
従業員用出入り口の看板、だが当然コードもIDも持っていないが……。
「待っておれ」
するとつくもは透過し、建物内へと入っていった。
そういえばお前、そういう事が出来たんだったな。
暫くすると、ピピッと音がなり扉が開いた。
「解除できたぞ、あと社員IDも手に入れた。機怪異の持つマスターコードとは違うがある程度の場所は行けるはずじゃ」
「頼もしいな」
「もっと頼ってもよいぞ~、その代わりきちんと信仰せよ」
「おう、気が済むまで信仰してやる」
「では出発進行!」
しんこうなだけに?
って、言おうかと思ったがやめておいた。
「機怪異が次に出る行動は、本人を連れていって装置に繋ぐ事か?」
「であろうな。装置自体はおそらく研究所にあるはず、強引な手を使って拉致するかもしれん」
従業員が廊下の奥からこちらへと向かってきていた。
さっと近くの部屋へと入ってやりすごす、俺も制服を手に入れて変装すべきかな……。
「奴の気配を感じる、上のほうだな」
「斜森の部屋に向かってるのか……?」
「だろうな、急ぐぞ郁生!」
エレベーターは従業員が多く利用している、階段を使うとしよう。
「斜森はどの階にいるか――いや、聞いていたな? 確か、ああ、そうだ。最上階を買ってもらった……んだったよな」
「最上階となれば、五十階じゃのう」
「長い道のりだ……」
「だが、お主の足ならすぐよ」
「いや……そんなに体力にも脚力にも自信はないぜ?」
「機械の足でもか?」
「えっ? あ……なるほど」
つくもの力を借りればいいのか。
つくもは俺の体へと入り込み――円を助けたあの日と同じ感覚を再び得た。
両足は特に熱を感じる。
階段を駆ける一歩、数段ほど飛ばしてたった数歩あれば一階分は余裕で上がれた。
「これなら、すぐだな!」
「うむ!」
「人馬一体!」
「うぉい! 私は馬ではないわい!」
何度か従業員とすれ違ったが、流石の速さに彼らも口をぽかぁんと開けて見送るしかなく。
なんだか、面白いな。
まあ、楽しんでいる余裕なんかないのだが。
最上階までは五分と掛からなかった。
斜森は今自室にいるだろうか。
この時点で、繰り返しの中でも始めての展開だとすれば、機怪異は俺達の行動は予測できていないのかな?
とりあえず従業員用出入り口から、最上階の廊下へ。
廊下はそこらで見るような普通の廊下とは違い、模様の描かれたロングカーペットが廊下に伸び、薄暗く照明は一定間隔で設置されている光で照らされていた。
丁度良い薄暗さというのであろうか、バーの雰囲気のような。
空調も心地が良い、適温を維持していてとても過ごしやすい。
足の感覚もとても柔らかなもので歩きやすく、なんだったら走りたくなる衝動にさえ駆られる。
やけに静かだが、高級マンションとなれば廊下もわいわい賑やかに歩いたり人通りが激しいわけでもないだろうからこれが普通か。
「怪しいのは一番奥かのう」
「窓の外を見ていた方向からして……」
斜森が見ていた窓の外の風景を思い出す。
近くにあった覚えている建物、その位置から斜森の部屋を考える。
「……そうだな。奥の部屋で間違いなさそうだ」
「待て――」
俺の体から出てきたつくもが何かを察知した。
「んっ?」
「風が、流れておる」
言われてみて、一度立ち止まり肌で風を感じてみる。
確かに、流れているな。
エアコンではない。室内温度も徹底管理されているであろうこのマンションの廊下で少しひんやりとした風が流れるのは奇妙だ。
その風の流れる場所へと向かってみると、半開きになった扉があった。
何かが引っかかっている、靴……か?
「この部屋のようだな」
「ああ……」
中に入ると風が一気に流れてきた。
顔を少し手で覆いながら、奥へと進む。
「い、郁生さん!」
「無事か!」
奥から声がする、斜森の声だ。
どちらかは、定かではない――今のところは。
執事が入り口付近で倒れているところを見ると、機怪異の顔に騙されて扉を開けて、顎に一発ってとこか。
アンドロイドの一発はさぞかし重かっただろうよ。
「……もう入り込んでるな」
「気をつけろよ……」
奥では棚などが倒れており、かなり争った形跡が見られる。
視界に入るはガラス張りの巨大な窓、真ん中の一枚は割れている。風はそこからやってきているようだ。
バルコニーまで足を進めると、二人の斜森を確認した。
近づこうとすると機怪異が斜森の首を掴んで後ろに回った。
人質というわけか、だがお前もお前で斜森に何かあったら困るだろう? 手荒にはできないはずだよな。
「ちっ……もう来たか、この未来は初めてね。だが、まだいけるわ……」
「さ、先ほどから何を申されてますの!? 状況が飲み込めませんわ!」
「そいつは未来のお前なんかじゃなかったんだよ! 中身は、機怪異だ!」
「これは亮子対策のものだったが、まあいい」
すると機怪異の左手から何かが飛び出した。
太いワイヤーだ、室内の柱に巻きつけられていた。
「逃げるつもりだ!」
「待て――!」
「ひっ、ひゃっ、きゃぁぁぁぁぁぁあ――!」
躊躇無くバルコニーから飛び降りやがった……。
このワイヤーで下まで一気に降りて距離を開ける気のようだが、どうするか……。
「私達も飛ぶぞ!」
「えっ、マ――マジィィィィィィイ!?」
ぐいっと引っ張られて――。
空中に投げ出された。
「マジマジ! 奴にとって予想外の行動をしてやるのが」
「どどどどどうすんだよ! 命綱ないんですけど!」
風が思い切り肌を叩く――。
まさか紐無しバンジーをやる事になるとは、俺の人生、何が起こるか分からないもんだな!
五十階クラスの風景はかなり強烈、高所恐怖症でなくてもこれは……誰でもビビるってもんだ!
「左手を機械化! あやつの垂らしたワイヤーを掴め!」
「わ、分かった!」
掴むと同時に火花が散り、手の中にはワイヤーが通り過ぎる感覚と熱が伝わってくる。
熱自体はそれほど熱くはないが、こすれていく感覚は決して良いものではない。
落下速度が少しずつ低下していき、つくもは俺の背に負ぶさる。
「次は右手を機械化し、右手でもう一方を掴め!」
「おうよ!」
「そうしたら、思い切り引き上げろ!」
「せぇぇぇぇぇのっ!」
重みはほとんど感じなかった。
遥か下のほうにいた二人の斜森との距離が、一気に縮まった。
機怪異の左手は煙を発していた、おそらく強く引き上げて内蔵させていたワイヤーが擦れたからであろう。
引き上げられて、一旦落下が止まり空中に留まるその一瞬――つくもは空気抵抗を受けないようにか、体を垂直にして急速な落下を始める。
二人へと真っ直ぐに向かい、機怪異の顔面に――蹴りをお見舞いした。
「ぐ、がっ!」
更には生身の斜森の手を掴み、機怪異の斜森の体にもう一発蹴りをお見舞いして、それが方向転換も兼ねられ、建物の窓へと飛び込んでいった。
斜森を助ける事に成功した――が、まだ安心はできない。
次は奴を止めなくては――再び繰り返しをさせないようにしなくては。
今の衝撃で大きく俺達も揺れて……そうだ、と一つ思いつき俺はもう一度ワイヤーを引き上げて腕を大きく振った。
機怪異を、建物側へと振る――そうして、窓へと飛び込ませた。
ガラスが割れ、建物内へと一度戻す。
つくも達よりも二階くらい上の階に行ったかな、ワイヤーを辿って機怪異を追う――とするのだが、下を見るのは……本当に怖い。
機械化しているおかげで壁にへばりついてこれから奴のもとへと行くにも、冷や汗と苦笑いが止まらない。
それでも猶予は無いのだ、迅速に動かなければ。
ふと、ワイヤーが強く張った。
バチンッと音がし……ワイヤーを持つ左手が大きく揺さぶられた、引っ張って、強引にワイヤーを切ったのか!
「うぉぉお……!」
咄嗟に壁を引っかき、落下を免れるが勢いは完全に殺せない。
修理代は一体いくらになるのやら、想像はできないが非常時なので勘弁してもらいたい。
ガリガリと削りながら落下し、機怪異のいる部屋へと何とか飛び込んだ。
「た、助かったぁ……」
のも、束の間。
キリキリと音がするや、後ろを振り向くと同時にワイヤーが飛んできた。
頭を下げて回避するが、前髪が何本か持っていかれた。
血の気が、引いた……。
もし遅れていたら首が飛んでいたかも。
しかし心も体も、ほんの少しでさえどうやら休ませてはくれないらしい。
悲鳴を上げて逃げるこの部屋の住人、そしてミシミシと音を立てて、部屋の照明を遮る何か。
見上げると、ソファが頭上にあった。
「うぉぉぉお!!」
辛うじて避けると、機怪異と目が合った。
斜森の顔なんだから、そんな形相を浮かべんなよ……。
「貴様らは、どんなに繰り返しても、私の思い通りに動いてくれないものだな……」
「人間って時には思いがけない行動に出るものじゃん? 俺なんかさっき五十階から飛び降りて壁を伝って降りてきたんだぜ? すごくない?」
「すごいすごい、その執念、どこから来るの……やら!」
ソファで薙ぎ、後退して避けるも周辺の物を吹っ飛ばしてそれを投擲としてきた。
機械化している右手で防ぐも、肩や足など生身の部分が容赦なく傷つけられた。
「痛っ……!」
「まだ間に合うな……くくっ、貴様とクソみたいな神、そしてあの忌々しい女も殺す!」
「誕生日パーティーに間に合えばいいね」
「ああ、今日こそが、私の本当の誕生日となる」
奴の左手の煙は先ほどよりも多く発していた。
動きも鈍い、先ほどの負荷によって限界が近いのだろう。
……でも。
戦った事がないから、どうすればいいのか分からない。
えっと、構える? 両手で? こうか?
「素人が!」
「ぐっ――!」
ボクシングをイメージして構えた瞬間、腹部に一発貰ってしまった。
見た目に騙されちゃいけないな、こいつの体はアンドロイドだ。
一発一発が重く、そして速い。
二発目、三発目と、されるがままに腹、顔、そして顔を防御しようとしたところをフェイントで腹、からの追い討ちに太ももへ強烈な蹴りが加えられた。
「どうした! 構えるだけか!」
「うぐっ……」
やられっぱなしではあるが、それなりに考えはある。
アンドロイドの構造は十分に知っている、最新型は特に、一から作るのを見せてもらった。
腕をつける時に肘の内側は、時計回りに回して装着作業を行った。
であれば、脆くなっている今なら――と、俺は、隙を見て機怪異の左手首を掴み、自身の右手を機械化する。
「なんだぁ? 力比べか?」
「ああ、そうだ!」
お互いに、力を入れる。
だが俺の場合は反時計回りに捻り、力を入れた。
関節を繋ぐ十数本のボルト、いくつものパーツが軋んでは、飛び出してきた。
「な、何を……!」
「うりゃあ!」
そのまま、更に力任せに捻る。
ガギンッといった音と同時に、左腕が外れた。これでワイヤーも使えない。
「ま、まさか……てめぇ!」
「いやあごめんよっ、中古のパーツは魅力的でさ。これ持ち帰っていいかな? いいよね」
「クソガキャァァァァア!!」
やっばい!
すっげえ怒らせちゃった!
機怪異は右手だけで攻撃してくる、両手がないだけマシであり、体重移動もやや変化が生じるために機怪異の動きは鈍くなっていた。
――けど。
「おぼふっ」
俺の顔面には的確に一撃を加えてきやがる。
更には太もも右左と、先ほどよりも威力と殺意を込めて。
最終的に、ソファを右手だけで持ち上げては薙いできて吹っ飛ばされた。
威力はそれほどではなかったが、壁に叩きつけられた時のほうが中々痛い。
しかし、痛みに負けてはいられない。
攻撃はまだ続いているのだから。
左手に仕込んでいたワイヤーも外されて床に散らばっているが、くるんと、円を描いておいてある。
まあ、単純な罠ではあるが、彼女の進行方向上に、そして三歩目ほどでおそらくその円に足を入れるだろう。
「貴様なんぞ、片手で十分よ!」
アンドロイドの歩幅も確認済みだ。
一、二、三――と同時に、ワイヤーを引く。
「ぬぉぉお!」
「かかった」
右足をとられて体勢を崩す、俺にできるのはこれくらいだ――
「加勢にきたぞーい」
「つくも!」
「いいところのようだな! そのまま殴りつけてやれ!
「そのつもりだ!」
ワイヤーを引っ張って更に態勢を崩させて、顔面に思い切り一発ぶち込んだ。
機械化した拳だぜ、よーく味わってくれ。
ようやく。
ようやくの一発だ。
機怪異は壁へと叩きつけられた、足もワイヤーが絡まったまま吹っ飛んだために変な方向に曲がっていた、損傷を与えられていたらラッキーだ。
「うひゃー、女の顔を殴るのは心が痛むのう!」
「アンドロイドの顔だからいいし! つーかお前、大丈夫かよ! 血が出てるけど!」
「大丈夫大丈夫、問題ない。それじゃあ、こいつを片付けようかのう~。ああ、斜森は安全な場所におるわ」
斜森を守るためか、頭や肩を怪我していたがつくもはこれといって痛そうな顔もせずその辺にあったタオルで雑に拭いてこちらへ向かってきた。
あまりにも、凛としたその態度。
機怪異は起き上がるも、やや後ろへと後退した。
ここからはこいつが死なないようにする事が先ず一つ。
次に、つくもに封印してもらうのがもう一つ、だ。
「さーて、二対一になったのう。しかもこやつはどうやら満身創痍。その体でどうするつもりかのう」
「……違うんです。これには、事情がございまして」
「……どんな事情か、聞かせてくれるかな?」
今更斜森らしく振舞ったってもう遅いが、とりあえず話だけは聞いてやろうじゃないか。
「これも、さ、作戦なのです、亮子さんが、私を、斜森未由を利用するだけ利用して、殺すつもりだったのです、私はそれを阻止しようと……」
「そんな話をされてもな……」
左手はもう使い物にはならない。
右足はどうだ、関節部分が破損したか、曲がってしまって歩くには難しいだろう。
一度は立ち上がるも、壁に凭れてずるずると腰を下ろしていた。
こいつが死ぬと繰り返しが起こる――飛び降りるのも、自分で自分を殺す事ももはや出来ないだろう。
「皆さんは、騙されてるんです!」
「誰が信じる、そんな話を」
「郁生さん、お願いです……」
機怪異は手を差し伸べてくる。
斜森の顔で、切なそうな表情を浮かべるなよ……。
俺はゆっくりと近づいた。
勿論、警戒心は解いてない、むしろ強めている。
「郁生!」
「大丈夫」
彼女の傍へと歩み寄る。
膝をついて目線の高さを同じにする。
「街に行った時の事憶えてる? 服を選んでくれたり、それに……君のおかげで円が助かってさ、ありがとうな。だから……終わらせよう」
「この……」
彼女は、目を見開き――
「クソ、ガキの分際でぇぇぇぇぇえ!!」
吹っ飛んだ先はキッチンだ。
腰の裏に隠していたものは包丁であろう。
俺の顔面へと包丁は向けられ、頬を掠めるも何とかかわし、俺は機怪異の右手を掴んで、床へと叩きつけた。
機械化による渾身の力だ、もう動けないだろう、流石に。
「ひひっ、終わったと、思ったかぁ?」
「むっ!? 何か隠しておるのか?」
アンドロイドの体に黒い煙が纏い始めた。
なんだ、一体何をするつもりだ……?
「――それは隠したままでいいよ」
その時、聞き覚えのある声が、俺達の耳に届いた。
同時に、機怪異へ放たれる一枚の御札。
黒い煙は再び弱々しく小さくなっていく。
「がっ……きさ、ま……」
「お、叔母さん!?」
「いやー……こんなに騒ぎになってるとはねえ。途中から怪しいとは思ってたんだがやっぱりかい。助かったよほんと、あんた達よーく頑張ったねえ」
叔母さんは更に御札を数枚取り出して機怪異を円で囲むように床に貼り付ける。
「じゃあつくもちゃん、取り込んじゃって」
「うむ、これならいただけるな。助かるぞい」
街で遭遇した機怪異のように、この機怪異もつくもは吸い込んでいった。
最期の断末魔というものか。
最初は斜森の声であったけど、途中からは音声を複数混ぜて濁らせたかのような声に変わりながら、その声は次第に聞こえなくなっていった。
「ごちそうさま!」
「お疲れ様。あんた達、いいコンビだねえ」
「いやいや、そんな事はないよ」
「そんな事あるかもだぞう~?」
どうだろうか。
……どうであれ。
ちょっと休んでもいいかな。
濃厚な数日間が、何度も繰り返したであろう数日間がようやく終わったんだ、休ませてもらっても構わないよね。
時々訪れる頭痛もすっかりなくなった。
あんな騒動があって、斜森の誕生日パーティーもやや延期となったが昨日無事に終えた。
勿論俺達も招待され、豪華な料理が食べ放題とあって堪能させてもらった。
ちなみにマンションの損傷に関してだが、そこは流石の斜森重工――修理代を全て負い、更には叔母さんが何やら斜森と話した結果、機怪異関連の依頼料として報酬を頂いていたり。
報酬に関しては斜森として化けていた機怪異が勝手に約束を取り交わしただったが、その辺しっかりしてるよな。
まぁ俺も頂きましたが。
残念なのは新型のアンドロイドは回収されてしまった事、これに関しては叔母さんが念入りに浄化だかをしてから斜森重工に返却するらしい。
アンドロイドの行動記録は豊富にある、発売日には更なる進化を遂げているかもしれない。
「酒もいいがたまには甘いものもいいのう~」
今は斜森の住んでいるマンションに入っている喫茶店に来ている。
マンション利用者に渡されるサービス券を斜森から貰ったので、つくもと円を連れてご来店というわけだ。
木の壁、木の床、洋風のランプといった、アンティークさがあり、シャンデリアなどの輝かしさによって高級感もある喫茶店は、気圧されるものがあったが勇気を振り絞って席についている。
正装しなくていいのかという不安さえあったが、俺達と同じく普段着の客も続々と来店しているのでその辺は問題ないようだ。
ここはシュークリームが絶品らしく、注文したつくもは両手に持ってぱくぱくと頬を膨らませてやがる。
俺も後で注文しよう。
「食いすぎるなよ」
「どの口が言うか」
あれからというものの、別にこれといって日常が大きく変わったりはしていない。
まぁ、あんな機怪異に遭遇しなければごく普通の高校生でいられている。
「円、ゴミ収集場の情報は何かないのか?」
「あんたも懲りないわね」
「趣味は中々懲りないもんさ」
「また変なの拾ったらどうするの?」
「そうそうないだろ」
「分からないわよ?」
「あれから機怪異の気配が増えたからのう、また遭遇するかもしれんぞ」
とは言うものの、未だに新たな機怪異との遭遇は無い。
周りでは幽霊を見ただの化け物を見ただの、口裂け女を見ただの、人面犬を見ただのと噂話はなんだか増えたがね。
「遭遇したらつくも、頼んだぞ」
「その時はお主も一緒じゃ」
「え~……」
今回みたいに報酬が出るならやらんでもないが。
けど、五十階から飛び降りたり殴られまくったりするのだけは勘弁だぜ。
「ごきげんよう」
「おおっ、どうも」
「あら、こんにちわ。サービス券ありとう」
思わぬ遭遇は、斜森だった。
住む世界が違いすぎる故に会う機会はもう無いかと思ったが、意外とすんなり会えるもんだな。
そういえば今日は土曜日、斜森がお嬢様として過ごしている日だったかな?
その黒のワンピース、よく似合うね。
「同席してもよろしいかしら」
「どうぞどうぞ」
執事は気を遣ってか、椅子を引いて斜森を座らせるとその場から離れていった。
「パーティー以来ですわね」
「そうだな、元気にしてたか?」
「ええ、おかげさまで。研究のほうも進みましたし、アンドロイドも貴重なデータを頂きましたので全てにおいて快調ですわ」
「あんまり無理しないようにな」
斜森は注文したコーヒーとケーキを注文した。
俺はシュークリームとケーキを三つほど頼むとしよう、おっと……パフェも忘れちゃいけない、こいつも三つだ。いやはや、サービス券万歳。
……なんだよ君達、その目は。
「パーティーの時も、思いましたがよく食べるのですね」
丸いテーブルに隙間なく注文の品が埋められていく中、斜森はコーヒーを軽くすすりつつ口を開いた。
「ほんの少しね」
「こいつは昔からこうなのよ、それでいて太らないから多分人間じゃないの」
「機怪異じゃ機怪異!」
「いえ……身体に何らかの異常が見られるのではないでしょうか。一度検査を受けたほうがよろしいかと」
「あれ? このやりとり……どこかであったような」
「もう繰り返しはない、気のせいではないか?」
繰り返しはなくとも、今のやり取りは確かにどこかであったような気がする。
「しかし、未だに信じられませんわ。何度も同じ期間を繰り返していただなんて」
「俺もだ、何せ実感がないからなあ」
「だが事実じゃからのう。もう解決したのだし良いではないか、私も機怪異を喰えて神力を得られて満足じゃ。今はシュークリームで大満足じゃ!」
「じゃあ俺から生命エネルギーを分けなくてももう十分だよね?」
「それとこれとは別じゃな~」
「別腹ってやつ?」
なんだよ、結局俺にまだ取り憑くつもりかよ。
……別に、いいけどさ。
「実は、新たな研究に入ろうかと思っておりまして」
「新たな研究? 何かまた機械を作るのか?」
「いいえ、次の研究は――機怪異ですの」
えっ――っと、三人して斜森を見やった。
冗談? お嬢様ジョークってやつ?
「今後とも、こういった機怪異のお話がありましたら、ご協力してくださる?」
「ええ、いいわよ。郁生はいつも暇だから協力してくれるわ」
「うむ! 郁生に任せておけい!」
「ありがとうございます。こちらは私の端末ですので、連絡先を交換いたしましょう」
「本人抜きで話進んでると俺の中で騒動に」
連絡先も交換が済んでしまった。
いや彼女が嫌いとかそういうんじゃないし、連絡先は家族と叔母さんと円くらいしかなかったからこれは嬉しい事なのだけど。
「早速なのですが、この後はお時間ございます? 機怪異が絡んでいるであろうお話がございまして」
「私はこの後叔母さんのうちに行かなきゃならないけど彼なら時間あるわ」
「機怪異なら任せておけい! 郁生よ、早く食べて話を聞くぞ!」
「ちょっと待って、俺に決定権は?」
「ない!」
いやあなんとも。
不便な世の中になったものだ。





