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第21話:繰り返し

「――お」


 誰かが呼んでいる。


「……くお」


 体が揺られていた。


「郁生!」


 その声は、つくもか?

 ああ、駄目だ、声も出ない。


「待っておれ。私の力を注ぐ。傷も治してやる」


 傷?

 どこか怪我をしたのか俺は。

 ……駄目だ、うまく思い出せない。


「っ!」

「これ、じっとしておれい」


 頭を持ち上げられて仰向けにしてもらいようやく感じた痛覚。

 後頭部に重い痛みが走っていた。


「まだナノマシンを使ってこの部分の修復を活性化と自己治癒能力を高めてやっておるところじゃ」

「あ……」


 声を出せた、かすれた声であったが痛みは本当に、引いていっている。


「心配ない、大丈夫じゃからな。失った血は飯を食って補充しろ」

「血が、出てた……?」

「うむ、トマトジュース五缶分くらいな」

「結構な量だなおい……」

「誰にやられた? まさか、斜森か?」

「あいつといたけど、その時のは見ていない。後ろからがつんっだったからさ……」

「でも斜森はここにいない、となれば……あやつがやったのだろう」

「……けれどなんで俺を襲う必要が? くそっ、端末まで壊されてるし……」

「私と円も狙われた、電磁回路を利用して火事を引き起こし、室内で焼き殺されかけたわ」


 かけた――って事は、助かったんだな。

 つくもの後ろにいるのは円か。

 若干服が煤けている。


「立てるか?」

「ああ、ありがとう……」

「傷は大体治せたぞい、失った血液は戻らんがな」

「なんだか次第に人間離れしてそうな気がする」

「どんなに人間離れしようともお主はお主だ、誇らしくあれい!」


 まだ少し頭がくらくらするが、そのうち収まるだろう。


「円、無事か?」

「ええ、でも端末がどれも駄目になっちゃったわ……これじゃあ連絡が取れないわ」

「けれど斜森も叔母さんも、向かう場所は分かってる」


 見上げれば、遠くに見える斜森のマンション。

 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 思えば空の色に橙色が染まり始めているではないか。


「今は何時だ?」

「四時くらいじゃ」


 数十分ほど気絶していたようだ。

 よく見れば道路のほうでは周りも火事によって野次馬が集まっていたり、消防車や救急車も到着しているではないか。


「もうパーティーも始まるな……」

「私はここで小火の事情を適当に説明しておくから、二人は先に会場に行って!」

「ああ、分かった!」 


 招待状もスーツも駄目になってしまったが、会場には入れるのだろうか。

 場合によっては忍び込むとしよう、事情が事情だ。


「もし端末を直せたら生身のほうの斜森に連絡を入れてみるわ」

「頼んだぜ、円……」


 俺は会場へと足を向けた。

 最初の一歩目で体がフラついたものの、なんとか踏ん張れた。


「君、大丈夫か!」

「ええ、大丈夫ですっ」


 救急隊員には笑顔で、元気だと主張してその場から離れた。

 野次馬から抜け出ると同時に、頭上で浮いていたつくもは着地して透過を解き、俺と並走した。


「この後の段取りは決めておるのか?」

「会場に行って、二人の斜森を探す! あと叔母さんも!」

「アンドロイドの斜森――いや、あやつは斜森と呼ぶべきかどうか怪しいな、機怪異としよう。奴を優先したほうが良いだろう」

「そういえばお前、何か引っかかるって言ってたよな!?」

「真相が分かったとかそういう話ではないがな、っと。ほれ上着と金。タクシーを止めるぞい」

「ああ、どうも。ってどこから?」

「野次馬の連中は無用心よのう~」


 お前……盗んだのか。

 しかし咎めている場合でもない、どなたか分からないけど心の中で謝罪しておこう。

 移動をタクシーへと切り替えて、先ほどの話の続きを聞くとした。


「斜森を救うために未来から過去へと、幽霊の状態で送り込んだのであれば、犯人が分かった時点であやつに憑いている機怪異が動いてもいいはずだ。しかしそんな素振りもない、未だに姿を現さないのが奇妙でな」

「ん、まあ……一度くらいは姿を現してもいいとは思ってたけど」

「私の思い込みだったのかもしれん、不可解な現象には機怪異がつきもの――だが、そもそもそんな機怪異はいない、いや……あやつ自身が機怪異だったのかもしれん」

「でもお前の感じた感覚じゃあ、機怪異じゃなかったんだろ?」

「うむ、そうなのじゃが……うまく化かされたのかもしれん。憶えておるか? いつだか『危険なのは物体や人間に擬態するような怪異』だと話したな。もしその擬態が、機怪異という気配を霊体そのものに擬態させておったのだとしたら……」


 それでつくもも気付けなかった……と。

 しかし、聞いていても益々妙だとしか感じないな。


「けれど気配を擬態? させるだなんてまるでお前と会うのが分かっていて悟られないようにしていたみたいじゃないか」

「うむ。それなんじゃが、おそらく分かっていたのだろう」

「なんだって……?」

「郁生よ……」


 つくもは、小さな溜息をついた。

 その置いた一呼吸、続く言葉を覚悟して待つ――


「この数日間、何度も繰り返しておらんか?」


「く、繰り返してる……だって?」

「気のせいではないと思うぞ。正確にはあやつと出会ってからの期間であろう。何度も何度も繰り返しておる」

「な、何を言ってるんだよ……」


 だが冗談を言えるような状況ではない。

 それにいつになく神妙な面持ちをしているこいつが、冗談を言うとは思えない。


「最近頭痛はあったか? 既視感に見舞われた事は? 私と力を共有しているお主なら、感じた事があるんじゃないか?」

「ある、な……。ある、けれど……」


 最近、たまに起きる頭痛。

 たまに、抱く既視感。

 ……その原因が、数日間を繰り返しているから、だって?


「で、でもあいつは斜森未由でしか知りえない事を全部知ってたんだぞ? それにあいつから記憶だってちゃんと取り出せたんだぜ……?」

「おそらくだが、奴は何度か繰り返しては失敗し、ようやく成功したのが前回であろう。斜森未由の体を手に入れた、それが私達が先ほど見た記憶に違いない」

「成功……? そもそもどうやって……。でもさっきの記憶、映像には……生身の斜森が映ってたな……」

「アンドロイドの体は便利ではあるが、やはり生身のほうがよい。生命エネルギーがあるからな」

「そんな簡単に入れ替えられるものなのか?」

「あやつの研究ではなかろうか。人間の精神をデータへと変換を試みる研究――モルモットの精神データを機械へと移すのも、機械からモルモットの体へと戻すのもうまくいったと申してただろう?」

「ああ、それが? いや、まさか……」

「そのまさかじゃ。機怪異が生身の斜森の肉体に移したのだとすればどうだ? それで成功の余韻に浸っておったんじゃないか? そしてそこで得たのが斜森未由の記憶と知識であろうな」


 なるほど……。

 生身の体を欲する理由も、どうやったのかも、記憶の映像についても、そして生身の体を手に入れて記憶と知識も得た――筋は通っている。


「だが何者かに撃たれてまた失敗に終わった。映像でも分かったが撃ったのも、そしてこれまで機怪異の邪魔をしていたであろう人物も――亮子であろう。亮子は機怪異に対してはなるべく隠密に行動をしておるに違いない。このご時勢には珍しく腕の立つ者がおるもんだのう。しかしそのおかげで機怪異は自分を撃った人物が分からず、今回はそいつを探そうと動き始めたのだろう」


 徐々に繋がってきている。

 話をまとめていけば、これから何を優先すべきかもはっきりとしてくるかもしれない。


「どう動くかはある程度予測は出来ても完璧には未来を読めず、所々荒さが生じておるのだろうな」


 荒さと聞いて、殴られた自分の後頭部を少しさすった。


「短いスパンではその繰り返しは行えないようだ。おそらくは発現の初期地点に戻されるくらいの、使い勝手の悪さがあるのだろう」

「雑な襲撃と放火をしちまって、普通なら戻してもいいはずだが、戻さないのはそういう理由からか……」

「若しくは戻す必要もないと割り切ったかもしれん。奴にとってこの展開は初めてなのだろう、きちんと追い詰めねばなるまい。斜森を守るぞ!」


 会場には到着したが服は駄目にしちゃったし、用があるのは会場内より斜森と、機怪異と叔母さんのほうだ。

 店舗が入っている四階までは一般客も入れるようだが……。


「四階以上はマンション利用者のみ――か。会場は六階、招待状がないと入れないぜ……。くそっ……どうするか……」


 一人は会場、一人は従業員用の通路。

 叔母さんは会場よりマンションの、斜森の部屋周辺ってとこか? 何かしら手を回して侵入は済ませただろう。


「ここにいても目立つだけだ、フロントから少し離れよう」

「お、おうっ」


 確かに、周りを歩く客は――高級感がある。

 俺のような有り合わせの服じゃあ目立ちすぎる。

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