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第17話:対面

「そろ~り」


 何故か先に忍び足で裏口へと向かうつくも。


「いやお前、そもそも姿が見えないだろ」

「じゃあ姿見せる!」

「やめとけよ」


 裏口には来たものの中の状況は分からない。

 無闇に入るのはやめておいたほうがいいだろう。


「私が調べますわ」

「ああ、頼んだ」


 ここはアンドロイドの力を借りるとしよう。

 彼女は扉に手を置き、室内の様子を確認する。

 これからやる事は、ここへ来る前に練習済みだ。

 ソナーを扉の先に発して、室内の様子を探る――彼女が自分自身の機能を分析して改良した。

 俺の端末には室内の状況が出てくる。


「扉を開ければすぐ目の前が受付か……誰かいるな」

「ここからは入らないほうがよろしいですわね」

「別の扉から入ろう、隅のほうは非常口かな。そこにからにしよう」


 周囲の警戒も怠らない。

 慎重に足を進め、非常口へ。

 再びソナーを行ってもらい、扉の先には誰もいないのを確認してカードキーを通した。

 ピピッと認証した効果音が鳴り、扉が開く。

 笑顔が浮かぶがこれだけで喜んでちゃあいられない。

 ゆっくりと扉を開ける、外のやや肌寒い空気と違って中は丁度いい気温設定にされており、かすかにアロマのような香りが漂ってくる。

 大企業の研究所となるともはや空気からして違いますな。

 外壁と同じく廊下も白、僅かな汚れも目立ってしまう。靴裏についた土や砂は払っておこう。


「周囲に人はおりませんわ」

「よし、とりあえず身を隠せる場所に一旦移動しよう」

「すぐそこの部屋は荷物置き場になってますわ、業者の方が来ない時間帯ですので人はこないでしょう」

「ならそこに行こうか」

「うひゃ~ドキドキわくわくするの~!」


 一人だけ俺達と抱いている気分がまったく違う。

 どうにかこの緊張感を共有してもらいたいが、他人から姿が見えないという立場上、こいつが緊張感を抱く事はないだろう。

 場所を移して荷物置き場へ。

 ダンボールがいくつも壁側に積み重なっており、棚には義手や義足、アンドロイドのパーツに見た事のない機械類が所狭しとあった。


「……おお」

「一つくらいもらってもいいかなって顔してますわよ」

「えっ、いやいやいや!」


 そんな顔してたかなあ。

 ……してたかも。


「手前のは技術改良の余地があるものですわ、ダンボールの中は大体調整用のパーツがありますの。中央の棚は絶対に触らないでください。私の研究で使用するものがございますので」

「そう言われると見たくなるなあ~」


 他のダンボールの梱包とは違いこの棚にあるものは厳重な箱によって保管されていた。

 中には認証が必要とされるものもある。


「見るだけならいいですけど、注意してくださいね。下手に触れて壊したりでもしたら大変ですわ」

「はいよ」


 あぁ、触ってみたい。

 けれど……我慢だここは。

 頑張れ郁生、欲望を押さえ込め。

 なんとか踏ん張って奥へと進み、物影に一度身を潜めた。


『部屋の見取り図よ』

「助かるぜ、流石円様!」


 端末に届いた見取り図を床に投影させてみる。


「現在地はここか」


 建物南方から侵入し、廊下のすぐ近くの荷物置き場――建物の隅のほうだ。

 他の部屋への移動をするにあたって、見つからずに移動というのは困難を極める。


「円、室内のカメラは大丈夫なのか?」

『ええ、あんた達が移動するとこはこっちで映像を切り替えておくから警備室でコーヒーをすすってる連中は今日も暇だな~なんて言ってるでしょうよ』


 そんな光景が容易に想像出来る。


『一階はいいけど二階は気をつけて。まだ残ってる研究員が廊下を行き来してるわ、中には……』

「中には?」

『斜森未由もいる』

「ええ……そう、でしょうね。この時間ならどこで何をしているのか、分かりますわ」


 ルートも一応考えておこう。

 彼女に会い、安全に脱出するルートを。

 成功を前提に動くのではなく、失敗も前提に、いや、失敗のほうが濃厚として考えたほうがいい。

 斜森同士引き合わせて、混乱が生じる可能性は大いにあるのだから。

 場合によって窓から逃げようとも思っている。

 そりゃもう映画アクションのように。

 今の俺であれば、つくもの力を借りれば容易い。


『警備員は一時間に一回フロアを一周するわ。戸締りや室内に異常がないか見て、残る警備員が警備室で監視を続ける』

「じゃあ見回りは二人であたりはしないのか」 

『そういう事。方針ってのに書いてたわ』

「わ、私でも知らない事を……」

『ここのセキュリティ、ゆるくて色んな情報引き出せるわ。すごい企業らしいんだけど、本当に……ゆるゆる』

「ぐぐっ……次は鉄壁のセキュリティにするようお願いしてもらいますから!」


 鼻で笑っているのもマイクが拾っている。

 私にとっては大企業の研究所はその程度だと、言いたげだ。


「つくも、機怪異の気配はどうだ?」

「ないのう、全然ない。一体くらいいれば挨拶したかったのだが」

「いたとしても挨拶せんでよろしい」


 機怪異がいれば、斜森を狙っているのは機怪異の可能性も十分にあると考えられたがいないのならばやはり狙っているのは人間か。


「ここも少し調べてみるか」

「念のため言っておきますけれど――」

「あー分かってる、盗まないって」


 もう少し俺を信用してほしいもんだね。

 手分けして荷物置き場を調べてまわるがしかし、信用してほしいもんだねと思ったがしかし。

 宝の山を前に俺の意思はブレブレである。

 ここは我慢、我慢だ郁生! お前ならやれる!


「……郁生よ、ただ調べるだけなのに鬼気迫る表情をしておるぞ」

「それくらい俺は集中しているんだよ、今の俺には鬼神が降臨してる。むっ!? これは!? 妙な紙とパーツが隠されてるぞ!」

「鬼の首を取ったように反応するのう」

「それは不良品なので、研究員が誤って持っていかないよう隅に寄せているだけですわ」

「そうか……ん? 不良品?」

「きちんと書類と共に提出する義務がありますので盗まないでくださいね?」

「……はい」


 不良品なら一個くらい貰ってもよくない?

 駄目? 駄目ですか、ですよね。

 アンドロイドの頭部に内臓していたパーツだったからちょっと欲しかったのに……残念。

 怪しいものはこれといってなし、か。


「さて、斜森が一人になるまであとどれくらいかな?」

「そろそろですわね、いつも遅くまで残っている研究員も帰宅していますわ」


 正面の受付で各々がカードキーを通して出て行っていた。

 廊下の足音も時間が経てば経つほど少なくなっていく。


「斜森を残してみんな帰っていくのもなんだかなあ……」


 大企業ってそういうもんなの?

 それともあれか、斜森はまだ斜森重工や研究所での地位はそれほど高くないとかそういうので皆あまり気を遣わずさっさと帰るのかな?


「私が早く帰るよう促してますの、私よりもここを遅く出る事は基本的に禁止しております」

「えっ、そうなのか」

「本当はもう少し早く帰らせたいですわ。私が残っているのはあくまで斜森重工の業務時間というのではなく私個人の時間としてですので、研究員が私に気遣って残業をするのはやめて欲しいとお願いしております。それに残業は企業の力不足によって生じるもの、定時帰宅こそ労働の華ですわ」


 定時帰宅は労働の華、覚えておこう。


「うむ、立派じゃのう。こうして物も大事に扱い、扱う者も大切にする。故に斜森重工は成功を収め、今後も成長するのであろうな。後は神棚を一つくらい配置すると良いぞ」

「神棚ってなんですの?」

「かっー! それくらい知っておれい! 神様を祀るための祭壇じゃ! こう、神社のような形をしておってなっ」


 ジェスチャーでなんとなく形を教えるつくも。

 二人してそれを目で追って形を想像するが、うーん……ネットで調べたほうが早いな。


『こんなやつらしいわ』


 話を聞いていた円が早速画像を送ってくれた。

 へー、天井近くに小さな木製の建物を置くのね。


「考えておきますわ」

「昔は会社に神棚の設置をするのは当たり前だったのだがのう」


 そうしているうちに、夜の八時を過ぎて研究所はすっかり静謐が包み込んでいた。

 二階には斜森しかもういないらしい。

 円が全体を監視して状況を教えてくれている。

 現在研究所には警備員二人と斜森のみだ。

 廊下を歩く際は注意しなくては。


「二階に行こう……」

「き、緊張しますわね」

『私は一旦通信を切るわ、あんた達が見つからないよう専念するから。何かあったら連絡して』

「お、おうっ……」


 足音を立てないように、一歩一歩慎重に。

 アンドロイドの足はやや固め、こういうのは想定して靴底のクッションが厚めのものを選択してきたので足音は抑えられる。

 監視カメラも差し替えはされているので警備員の巡回に気をつけるだけでいい。

 しかしつくもはいいよな。

 ただ浮いているだけだから何も心配する要素がない。


「一番奥の部屋が私の研究室ですわ」


 二階は小部屋が多く用意されており、中にはガラス張りの部屋や窓一つなく中が見えないようにされている部屋などもあった。

 様々な研究がなされているからこそ、様々な部屋が用意されているのであろう。

 半分以上が消灯されているが、奥の部屋はまだ明かりがついている。

 警備員は来ていない、歩数を重ねてその部屋へと到着する。

 オフィスドアの小窓からは中の様子が窺える。

 背を向けて壁側で何やら作業をしている少女が一人。


「いた……」

「いましたわね……」

「いよいよ斜森同士の再会じゃ!」


 斜森と視線を合わせる。

 準備はいいか? その意味を込めて。

 彼女は小さく頷き、俺は扉をノックした。


「はーい、開いてますわよー? 残業したいという申し出でしたらお断りしますわー」


 彼女の、声だ。

 アンドロイドに入っている斜森の声は動画から拾ったものだからほぼ同じもの、今はすっかり聞きなれた声ではあるが、アンドロイドと違って生の声は……ほんの少しだけ受ける印象と感覚は違った。

 扉はプシュッと音を立てて横にスライドしていく。


「し、失礼しますっ」


 隣の斜森はあえて声を発しなかった。

 緊張もあるだろうが、ここは混乱を招かないためにだろう。


「ちょっとお待ちくださいねー、モルモットをケージに入れてますの」


 モルモットは頭部に何やらヘルメットのようなものが装着されていた。

 精神をデータへと変換する研究、だったか。


「精神そのものをいかにデータ化するか、そしてデータ化した精神は肉体に戻せるのか、データ化による精神の影響、肉体との一時切断は可能であり問題はないのか、課題は増えるばかりですわね」


 頭の中は研究の事でいっぱいのようだ。

 そんな自分を見て、隣の斜森は口をへの字にしていた。

 客観的に見ると、自分はこんななのかと……まさに、自分自身を見つめなおしている最中であろうか。


「精神への接続には神経系に関する機械類を使えば可能なはず、神経接続義手・義足は既に開発もされ、実用もされておりますからそれらの部門から少しお話を聞いてみましょうか……」

「あ、あの……」

「あら、ごめんなさい。それで、どうしまし……」


 彼女――斜森未由は振り返る。

 そして、アンドロイドの斜森未由を見て言葉が止まった。

 瞬き二回。

 思考を巡らせているのか、ゆっくりと眉間にしわが刻まれていく。


「……モデル契約以外で、アンドロイドの顔を一個人にそっくりそのまま形成するのは違法になるのをご存知でして」

「ええ、よく存じてますわ。しかし自分自身の顔を形成していますので、法には触れておりませんわ」

「仰る意味が、よく理解できませんわ……」

「そうでしょうね、ええ、簡単に説明しますと私は未来の斜森未由ですわ」


 一歩一歩、慎重に歩み寄る。

 生身の斜森未由は、後ずさりするも後ろは壁しかなく、警戒心は募るばかり。


「け、警備は何を……」

「緊急用のアラームを押すのは止めてくださる?」

『その部屋のアラームは無効化してるから大丈夫よ』

「本当に、優秀な方ですわね」


 うん、けれど円が活躍すれば活躍するほど、法に触れる行為を行っているわけなのだから、バレればもう洒落にならないよねこれ。

 円曰くバレなきゃ犯罪じゃない、との事だが。


「い、一体何が目的なのです!? それにそのアンドロイド……まだ一般には出回っていないはずなのに、私の顔と声に設定して何をするつもりなのです!?」

「少しは落ち着いてくださる?」

「落ち着いてられませんわよ!」

「まあそりゃそうだよな」

「うーむ、どう説得するべきかのう」


 つくもは姿を現してモルモットのケージに座る。

 突如として姿を現すつくもに、彼女は驚き体勢を崩して椅子に座り込んだ。


「なっ……いつの間に……」

「ここにいる登場人物達を紹介しよう、私は神のつくも。そしてそのアンドロイドが未来の斜森未由、ちなみに誕生日に殺されて今は幽霊。最後に、機械弄り大好きどちゃくそ大食い怪異の最上下上上右左右右左右下上郁生じゃ」

「最上下だよ! なんだそのゲームコマンドみたいな名前は!」

「か、神……? 幽霊? 怪異?」

「あの……俺は怪異じゃないからね?」


 ほんの少しだけ、歩み寄っただけなのに彼女は椅子に座ったまま端のほうまで逃げてしまった。

 一応、斜森未由とはそれなりに親睦を深められたとは思ったのだが、こちらの斜森未由とは今日が初めての接触。

 俺は君の事を知っているのに、君は俺の事を知らなくて、隣の君は、俺の事を知っている――奇妙な関係性だ。


「そ、それ以上近づくと、大声を上げますわ!」

「分かった、近づかないでおく。とりあえず話を聞いてくれ」


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