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第16話:侵入

 三日が経過した。

 斜森の誕生日まで、残るは三日。

 未だにこれといった進展はなく、日に日に焦燥感が増していくばかりだった。そもそもそれほど日数に余裕など無く、調べるにしても斜森重工から斜森家、その周辺と……目がくらむほどの広範囲を少人数で遂行するにはそもそも難しい。

 やはり別の方向から向き合ってみるしかない。

 今日は、斜森のいるであろう研究所へ行く。

 斜森同士を引き合わせるというのも奇妙な試みだ。

 ああ、また頭痛だちくしょう、考えすぎだというのか。

 日が沈み、静けさが包んだ森の中。

 聞こえるは虫の鳴き声と木々のざわめきのみ。

 街外れの麓近くとあってここらは森林地帯だ。つくもは久しぶりに自然と触れ合えて終始テンションは高め。

 木々の香りを楽しみ、落ちている木の枝を掴んでは剣のように振っていてもはや無邪気な子供のようだった。

 俺としてはテンションはそう高くはない、むしろ低下中。

 夜の森は、あんまり居心地はいいものではない。お隣の斜森は暗視モードのおかげでばっちり周囲が見えているから恐怖もないだろうが。

 ……いや、別に怖いってわけじゃないんだぜ?

 不安ってだけさ、ああ、そういう事。暗いと危ないしさ。

 斜森に先行してもらって徒歩十五分、森に入ってから目的地まで意外と近かったが若干の斜面がそれなりに体力を持っていった。

 しかし休憩なんかしていられない。


「あれか……」


 斜森第二研究所が奥に見える、フェンスなどの仕切りはなく、敷地内の侵入は容易いものの問題は施設内だ。

 カードキーがあるとはいえ、中に何人の警備員がどのような巡回をしているのかはここからでは何も確認できない。


「どうします?」

「とりあえず……様子見」


 ちなみに円は叔母さんの家で待機中。

 一応俺の端末のカメラ機能を通してこちらの様子は把握しているとの事。


「この研究所にはさぞかし値段のする機械パーツがあるんだろうな……」

「最先端技術の宝庫みたいなものですから…………貴方、よこしまな考えを抱いておりません?」

「いやいやいや! そんな考えなんか抱いてないよ、ただ……使ってない高級パーツなんか一つくらいあるんじゃないかって」

「そういうのをよこしまな考えというのです」

「郁生、お主はゴミや中古を再利用しているのだろう? 新品はお主の方針に反するのではないか?」

「……そうだけどさ」


 でもたまにはいいパーツを使いたいじゃん。

 うちには斜森が入ってた首だけアンドロイドがまだあのままなんだ、落ち着いたら製作を再開したいが、折角なら……ね?


「して。いつまでこんな茂みに身を隠していればいいのだ? 郁生よ、お主にはパワーを教えてやっただろう? こんな建物など屋上までひとっ飛び! ってのも一つの手じゃぞ~」

「そんな荒っぽい上に目立つような侵入の仕方はしないよ」

「お主のパワーとこやつの分析力ならば制圧も可能ではないか?」

「可能だとしても絶対それおお事になるやつ!」

「気がつけば建物は完全に包囲され、生きている斜森を引き連れて逃げようとしたところをパーンッ! と」

「撃たれてない? 俺、撃たれてるよねそれ」


 最悪な状況に追いやられて最終的に愚行に走ってやられる――映画でよくあるやつじゃない?


「それもまたよし」

「よくないよね?」

「そうですわ、そんな事、絶対にさせられませんわよ!」

「こっそりと、兎に角こっそりといこう」


 こういうのには意外と慣れている。

 パーツのためにどれだけ幾度となくゴミ収集場や投棄場でこそこそ動き回った事か。

 全体の構造と敵の位置を把握し退路も確保、少なくともこれさえ守っていればいい。

 ……けれど建物内に侵入するなんて事は始めてだ。

 不法侵入ってやつだよな、バリバリの、ごまかしようもなく。


「裏口のほうに回りましょうか」

「そうしよう」


 裏口には大型車両用の駐車場と車両出入り口があった。

 ここに到着してからは車両は一台もきていないが……。


「斜森、裏口や車両出入り口を研究員が利用する可能性はあるか?」

「今は七時前ですわね……であれば、その可能性は低いですわ。裏口の利用は夜七時までとなっておりますから」

「お前が帰るのはいつも何時くらいなんだ?」

「九時か十時くらいですわね、八時くらいからは私一人しか残っておりませんから、接触するならその時間以降がよろしいですわ」

「なるほど、しかしすごいな」

「何がです?」

「いや、そんな時間まで残ってるんだと思って。お嬢様なのにさ」

「私の地位や家柄は関係ございませんわ。一人の研究者なのですから。勿論、両親や友人はお嬢様としての私を望んでおりますが、週に一度、土曜日くらいでしょうか。お嬢様としての時間は一応設けておりますわ」


 立派なものだな。

 平日は学校を終えたら夜遅くまで研究所に篭るのか。

 お嬢様らしくない生活――研究者としての生活には思わず感服してしまう。

 そして周囲への気遣いも抜かりなく行っているのであろう、土曜日は買い物をしたり周りの人達との交流は欠かさず行っている。

 斜森未由、最初は親の七光り程度の印象であったがまったく……知れば知るほどとんでもない高校生だ。

 同じ種族とは思えない、誰もいないところでは耳が伸びたりしないだろうか。

 こっちの斜森は耳どころか様々な部分を機械的に伸ばせはできるけど。


「大変なんだな、お前も」

「別に、大変だとは思った事などございませんわ。趣味に近い感覚で打ち込んでますから。大変という感覚はあってないようなものですわ」

「俺が中古品を組み立ててる時と同じような感じかなあ」

「近いでしょうね」


 お互いに打ち込んでいるものは近いものがあろうと、扱っているものには大きな差がある。

 かたや中古品、ゴミ、鉄くず――かたや最先端技術、最高級パーツ、新技術開発。

 彼女のほうを見ると、金の卵ばかりを産んでいるが……ああ、俺のほうは見ないでほしいな。

 こっちは夕飯に使う卵を割る機械を作る程度だ。


「研究は楽しいか?」

「そう、ですわね。結果が出ると楽しいですわ」

「結果か、いいね。俺は結果もクソもない中古品ばかりを作るしょうもない奴だけど、君はすごいな」

「そんな事はございませんわ。あまり自分を卑下しないで、郁生さん。物を再利用するというのはとても立派な事なのですから」

「そ、そう?」

「そうですわ」


 なんだか照れるなあ。


「なんなら我が社にスカウトしたいくらいですわ」

「いやあ斜森重工となると恐れ多い……」

「もっと自分を評価してもいいと思いますわよ私は。それに……」


 どこか彼女の視線は落ち着きなく。

 アンドロイドの指がわしゃわしゃと高速で動いていた。


「それに?」

「い、いえ! なんでもございませんわ! ささ、行動いたしましょう!」

「そうじゃのう! よし、では裏口からいざ入ろう!」


 待ってましたと言わんばかりに、つくもは裏口へとすっ飛んでいく。

 その足を辛うじて掴み、彼女をなんとか止めた。


「待て待て。ルートを確保したら警報装置や防犯カメラの確認もしないと。近づいたら警備員がやってきちゃうぞ」

「そいつらをちぎっては投げ、ちぎっては投げ――」

「出来るけど大事になるだろって!」

「気がつけば建物は完全に包囲され……」

「また包囲されちゃうの?」


 俺のもう一つの未来、大体包囲されてるの困るなあ。

 そうならない未来を手繰り寄せよう。


「防犯カメラは……」

「サーチしてみますわ」

「あ、おうっ、頼むよ」


 俺が肉眼で探すより彼女の目を借りたほうがいいな。

 最新のアンドロイド、舐めんなよ。


「建物の両角・真ん中に二台ずつ、裏口だけで全六台ですわね。センサーもございましたが今はまだ研究員がいる時間帯ですので機能はオフにしているようですわ」

「なるほど、普通なら防犯カメラをかいくぐるのは無理だな」

「ですわね、何か手はございます?」

「ああ――」


 俺は円から受け取っていた小さな球体を取り出した。

 透明の、1cmほどしかない球体だ。落としでもしたら探すのは相当困難だ。


「斜森、これをカメラの根本あたりに投げてくれ。小さいけど、アンドロイドの機能を使えばいけるよな?」

「お安い御用ですわ」


 彼女の瞳が薄らと光を放つ。

 狙いをつけて、防犯カメラのほうへと投げ込まれる。


「あと二つ」


 手渡し、すぐさまに投げる。

 その繰り返し。


「引っ付きましたわ」

「よしっ。円、やってくれ」

『オッケー……』


 キーボードを打つ音が聞こえる。

 それからたった数秒。


『これでカメラは大丈夫よ、映像を差し替えておいたわ』

「すげー」

「円さんのハッキング能力はすごいのですが、恐ろしくもありますわね」

『警備がゆるいのが悪い、私は悪くない』

「いや君、たった今悪い事をしたんだよ?」


 ぷつんっ。

 都合が悪くなるや通信を切りやがった。

 まあいいさ、俺達もこれから悪い事をして共犯者になろうじゃないの。

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