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第15話:安堵の時間

 思ったよりも車両事故は騒ぎというか、話題になっていた。

 というのも、少女に向かって突っ込んだ車両は、突如として間に入った青年が食い止めた上に、車両が大破したとあればそりゃあ騒ぎになるよな。

 パワードスーツを装備していたのかとか、目撃情報から見た事のない義手をつけてたとかなんとか。

 結局その日は生きている斜森との接触は諦めるとした、現場近くには戻るべきではないし斜森ももう帰ってしまっただろう。

 また別の機会を狙うとする、残る日数は決して多くはないがチャンスはまだあるはずだ。


「いやぁ本当に申し訳なかった! 一生の不覚だよ!」


 叔母さんの家に着き、顔を合わせるや否や叔母さんは深々と頭を下げてテーブルに額を引っ付けた。


「うむ、深~く反省せい! んで、その酒はぁ……」

「当然、つくもちゃんに」

「ひゃっほぉぉい!」


 叔母さんが手渡すよりも早く、つくもは酒に飛びついてソファに着地した。

 きゅぽん――と音が鳴り、ラッパ飲みが始まった。

 少しは飲み方をだな……いや、いい。今日くらいは。


「無事で何よりだよ、円ちゃん。悪かった、本当に悪かった!」

「なんともなかったんですから、顔を上げてくださいっ」

「詫びの一つくらいはさせてくれ」

「でしたら……亮子さんの手料理が食べたいです」

「むぅ……!? 手料理ときたか」

「俺も久しぶりに食べたいな」


 意外と料理上手なんだよね。

 最近じゃあ外食かレンジでチンばかりだったけれど。


「よし、やろうではないか。食材は……」

「買ってきた」

「準備万端だな、材料からしてパスタか?」

「ええ、お願いします」


 叔母さんの作るペペロンチーノは絶品なんだよな、今日の夕食は本当に楽しみだ。

 材料を受け取って、早速厨房に叔母さんは入っていく。

 髪を後ろへと回して紐で結い、エプロンをつける――仕事も出来て料理もできる、そんでもって美人、男の一人くらいいてもいいのに未だに独身なのが不思議だ。

 あれか、煙草が駄目なのかな煙草が。

 料理をするってのに最初に火をつけるのはコンロじゃなく煙草だもんな。


「いいですわね、手料理。私も食べてみたいですわ」

「今は……ああ、何も食べれないもんな」


 斜森は溜息をついてソファに腰を下ろす。

 俺達も座ろう。


「食欲が湧きはしないですがしかし、食べたいという欲求は無くならないものですわね」

「今の君には充電が食事みたいなものか」

「充電してる時は美味しさや満腹感はあるの?」

「ないですわ、まったく。得られたらどれだけいいか……。嗚呼、今の私は人間ではないのですわとつくづく思い知らされるばかりですわ」


 つまらなそうに首裏のケーブルを引っ張ってテーブルに置いた。

 ワイヤレス充電がテーブルに埋め込まれているため、ケーブル先の接続部が充電の点灯をし始めた。

 充電が始まったからといって、彼女の表情は特に変わりなく……つまらなそうだ。

 そんな彼女の前で飯を食うのはなんだか申し訳なくもなってくるな。


「ぷひゃー」


 斜森、その満面の笑みを浮かべてぐびぐび酒飲んでる奴はいつでも張り倒していいからな。


「あっと……その、気まずくなるだけですわねっ。ごめんなさい」

「いやいや謝らんでも」

「それよりこれからの話を致しましょう。今日は、生きている私とは会えませんでしたから」

「それについてなんだけど、一ついい?」


 すると円は表情がまた切り替わる。

 ノートパソコンを取り出して、はいきましたね、円の仕事モードと言っていいのか。


「あんたのプライベートの時間に接触を試みるのもいいんだけど、それよりもあんたが確実にいる場所と時間帯があるでしょう」

「時間も場所も……?」

「そう、分かりやすい場所よ、とっても分かりやすい」

「もしかして、私の研究所ですの?」

「ええ、そうよ。そこに貴方がいる時に会いにいきましょう、簡単でしょ?」


 カタカタとキーボードを打っていき、反転させて画面を見せてくる。

 斜森第二研究所という看板があり、奥には真っ白な箱のような建物が建っていた。

 窓という窓がほとんどない、機密情報を取り扱っているからこその構造であろうか。

 遠目に見れば豆腐だな。ああ、豆腐が食べたくなってきた、でも今日はペぺロンチーノ。


「一般人は入れませんわ、警備もおりますし……」

「入室に必要なカードキーは作れるから忍び込めば問題ないわ。警備がゆるい時間ならいけるんじゃないかしら。ついでに彼女の周辺も調べておく必要があるわ」

「そうだなぁ……敵が斜森を狙っている、となれば身近な場所に何か仕掛けられている可能性もあるな」


 それをただ斜森にメッセージで告げても説得性がない分悪戯と思われてとりあってくれないだろう。

 直接会っての警告であれば、確実だ。


「あんたの、明日以降の予定は?」

「明日はマンションに戻りますわ。外出は午前と午後、一時間ほど知人とお茶をする程度でほとんどマンションの中にいますわ。執事もずっと一緒でして、ここだけはおそらくどうやっても侵入なんてできないですわよ?」

「そうね、マンションのほうは無理そう。警備システムも最新のもので超厳重。あんたの部屋は更にオーナー権限でセキュリティが二重になってるわ」

「お父様ったら、心配性ですわね……」


 俺からすればな――お金持ちって、やる事なす事無駄に金掛けるんだから! だ。

 しかしいいもんだね、両親がこうもがっちりと守ってくれているなんて。

 よほど愛されているに違いない。

 ……ふと、思った。


「なあ、斜森。両親と飯は食べたりしないのか?」

「一緒に? そうですわねぇ……土曜日に一度あるかないかくらいですわね。お互い多忙でして」

「あーそうか、そうだよな。あの斜森重工の親子だもんな」


 一般家庭で過ごした俺の定規で測る問題ではなかった。

 種類も尺の長さも違うよこれじゃあ。


「お二人はどうなのです? 夕食は家族と過ごさないんですの?」

「うちは母さんが単身赴任した父さんが心配だって行って父さんとこに行っちまったよ。暫く帰ってこないんだ、いつもは一緒に食卓を囲むよ」

「夫婦円満とは羨ましいですわね、私のお父様とお母様は定期的にちょっとした事で喧嘩しちゃって大変ですわ。円さんの家族はどうです?」

「私は父が子供の頃に死んで、母が父の変わりに働くときめて、今はいつも日付が変わる頃に帰ってくるの」

「あ、あら……それは、申し訳ございません……」

「別に謝らなくていいわ。もう慣れてるし」

「家に一人でいるのが寂しくて、偶然叔母さんのとこに来たんだよな」

「偶然?」

「うん、どうせ家に誰もいないって思って、近くの建物に忍び込んだんだ。結局亮子さんに見つかっちゃって、事情を話したらいつでもここを使っていいって言ってくれたの。うちの親にも話をしてくれてさ、なんか気がついたらここが第二の家になってたわ。なのに亮子さんの副業は全然気付けなかったんだから、意外と私って見落としがちなのよね」

「ま~、見せないようにしていたからねえ~」


 厨房から香ばしい香ばしい匂いと共に叔母さんの声が届いてくる。

 酒も口にしたのか、先ほどよりも言葉に陽気さが混じっていた。


「ここの道具をいくつか暇つぶしに使わせてもらった結果、パソコンは弄れるし、ちょっとした偽装も難なくできるようになっちゃったわ。ほら」


 再び画面を見せてくると研究所の入室カードキーが顔写真つきで出来てしまっていた。

 カードキーには社名も載っており、カードキーが本物であるという認証マークもつけられている。


「使用者の画像検索からカードキーの全体を割り出したの。埋め込みデータも手に入れたから研究所のカードキーとして使えるわよ」

「いつの間にそんな事やってたのか」

「研究所のセキュリティ、正直ゆるいよ?」

「事が済んだら、研究所の管理人に言っておきますわ……」


 何はともあれ、研究所に入る鍵は手に入れた。

 入ってどう行動するかはまた綿密に考えようではないか。

 ペペロンチーノを食べた後にでも、気が向いたら。

 食欲そそる香りのおかげで、思考が勢いよく低下している。

 今の俺に深慮は不可能だ。


「うっわ」

「なんだその反応は」

「いいえ、なんでもないですわ」


 斜森が俺のペペロンチーノを見てすげえ顔をしてやがる。

 何をそんな顔する必要があるんだ、見ろよこの盛られたペペロンの大盛りチーノ具合。

 見事な放物線を崩すのは抵抗があるが食欲には勝てない、フォーク突き刺してくるくると巻いてぱくり。


「うま~い」


 市販の混ぜて作るやつと違って、叔母さんは様々な調味料で味付けをするからこれがお手軽と手作りとの差だよな。

 もはや、止められん。


「そういえばニュースになってたわよ、あんた達の事」

「ニュースに?」

「ほら、ネットニュース見なさいよ。昼間の交通事故、謎の青年が食い止める! だって」


 あらら。

 まあ、ニュースになるのは仕方がないか。あれだけの騒動で目撃者も多数いたのだし。

 しかし謎の青年、ねえ?


「監視カメラはその数分間だけ映像が無くて謎の青年の身元は確認できなかったってさ」

「ええ、私が細工しておいたわ」

「なんか帰りに端末を使ってやってたな」

「流石円ちゃんね~」


 よーしよしと頭を撫でてもらう円、むっと表情を変えるもののされるがままでどこかまんざらでもなさそう。


「いやぁ今回の機怪異は梃子摺ったわ~」

「どんな機怪異だったのだ?」


 ふと酒を飲むのをやめて叔母さんへと彼女は質問した。

 その表情は真面目そうに見繕っているも、頬は赤い。


「時計によく住み着く機怪異だ、普段は時計を軽く狂わせる程度でね。複数いたから一度に全てを祓おうとしたんだ」

「祓おうとした? 何かやらかしたのか?」

「ああ、儀式を行おうとしてた。どんな儀式をするつもりだったのかは不明だが、力の具合から儀式完了と共に周辺がぐちゃぐちゃになるのは必須だったね」

「何かを呼び出すつもりだったのかそやつらは」

「さあね、即時停止を求めたけど応じなくてやむを得ず祓ったが、最初に見た時と祓った時の数が合わなくてね。まったく、最後の最後で誤算だよ」

「我々側が儀式を行うのはよっぽどの事だぞ。本来は人間達のする事だ」

「彼女との関わりも含めて調べるつもりだよ。どれも関わりを持つ点な気がしてならない」

「繋がった線は今のところは、どれくらいかのう~」


 まだどの点も繋がっていない気がする。

 手がかりはまったくといってない、そう簡単に得られるものではないけれど、得るチャンスすら遠ざかってしまっている。

 どうにか引き寄せていきたいな。


「けれど機怪異というのは、こういった事故を起こす他に、まさか人体の変化という影響を与えられるなんて驚きですわ」

「ふっ、神の私にかかれば不可能はなーい!」


 あ、こいつ。

 叔母さんとじっくり話し合っていればいいものを、ぐびびっとラッパのみ再開しやがった。


「私の意志で機械化も可能!」

「うわっ!? 勝手に右手を機械にすんな!」

「へ~すごい! 見せて頂戴」


 叔母さんは俺の機械の腕をマジマジと見て、こんこんとノックする。

 中に誰もいませんよ、ナノマシンくらいはいるだろうけど。


「どうなってるのかしら」

「まったく分からん」

「神の力、パワー!」


 パワーパワーうるさいな。


「是非我が社で精密検査を受けてもらいたいですわ」

「や、やだよっ。つくも、早く解いてくれ! いたた……頭痛がしてきたよ、これもお前のせいか?」

「頭痛は関係ないわい、それは自分の意思で解けるぞい、やってみい。力をすっと抜いてぐっと体の中心に引き込む感じじゃ」


 効果音の説明が多いな。

 米神を少し揉んで頭痛が引いてから、感覚で……言われるがままにやってみる。

 すると機械の腕は溶けるようにして縮んで元の生身の腕へと戻った。

 自分の腕だというのに、なんとも奇妙な感覚と光景だ。


「そうそう、いいぞ~。いつでも力を振るえるが使いすぎには注意だぞ、私も疲れるしお主も疲れる。今日の程度であれば問題はないがの」

「こんな力を得てもなあ……」


 機怪異を知らない人には見せちゃいけないし、当然一般人にも見せてはいけないだろう。

 腕が突然機械になる? それだけでやばい。

 俺も俺とて、人間から遠ざかっているのではないだろうかこれは。


「機怪異の動きがやや活発になっているのは斜森の件と何か関係はあるのかな」


 満足のいく夕食の余韻に浸りたいがここは話を少しでも進めるとする。


「どうだろうね。彼女に憑いた機怪異の姿も見えないから話も聞けないしね、だが相当な力を持っているのは間違いない。そのために機怪異が刺激されているのかもね」

「もしかして斜森を殺した奴も機怪異だったりして」

「その可能性はなくはないが、機怪異が彼女を狙う理由が分からんねえ」

「人間のほうが地位や研究を狙ったりと目的が分かりやすいものよのう。あ~欲深い欲深い」

「今は犯人が人間かどうかを考えるより犯人を突き止める事に徹したほうがいい、そして生きている斜森に説明と警告、この二つを重視していこうじゃない。機怪異界隈のほうは私に任せなさい」

「俺達は引き続き斜森同士引き合わせる事に専念しようか」

「私は飲む事に専念するかのう~」


 それはできればほどほどにしてもらいたいな。

 

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