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第13話:ファッションとは?

 というわけで。

 明くる日。

 待ち合わせは彼女が指定した中心街。

 普段はこんな場所には足を運ばない、土曜の昼間は部活帰りの学生も多く、おそらく一週間で人が一番多く集まる日だ。

 であるからこそ、斜森未由も――ああ、生きている斜森未由もおそらくこの中にいるのであろうが。

 ……ややこしいな、なんだか。


「つーか、一人で来れるのかなあいつ」

「迷子になっておったりして~」


 叔母さんの家から中心街まではそれなりの距離がある、お嬢様には辿りつけるのか心配だ。


「来れますけど」

「あら、いつの間に」


 よかった、無事にたどり着けたようだ。


「マップナビ機能もございますし、今の私は電力という体力を有しておりますのでこれくらい何も問題ありませんわ」

「高性能だこと」


 今日は眼鏡を着用している、アンドロイドには必要ないが彼女の外見は斜森未由そのもの、変装が必要だ。

 プログラムで別人の顔にすればいいだろうが、そこはどうしても譲れないらしい。

 自分は斜森未由である――その自尊心あってこそであろうか。


「生身のままでは途中で何度か休憩が必要でしょうが、この体は疲れ知らずで自由に動けて楽しいですわ」

「俺もアンドロイドの体になってみたいなあ」

「私の研究を進めるためにも、一度実験体になってくださいます?」

「やっぱやめとこう」

「成功例がここにございますから、そんなに不安がらなくてもよろしいですわよ」


 と、言われましてもね。


「冗談ですわ。行きましょう」

「いざ行かんー、まあ私は何もせんが」

「なんかしろよ」


 踵を返す彼女についていくとする。

 人間らしいその動きに周りは誰も彼女がアンドロイドだとは気付いていない。

 間近で見ても全然分からない、そこには一人の女性が、歩いている。


「眼鏡の君も、似合うね」

「な、何を突然っ」

「できればもう少し……そんな丸眼鏡じゃなく、ビジネスマンみたいな眼鏡のほうがよかったけど」

「変装のためには致し方ありませんの」

「髪の色も長さも自在に変えられるのは便利だな」

「ええ、茶髪のショートヘアにしてみましたわ。一度、これくらい短くしてみたくて」

「その髪型もよく似合う」

「うっ、ありがとうございます……ですの」


 少し帽子を深めに、照れているのを隠すかのように被る斜森。

 こいつ、高飛車な性格かと思いきや意外と引っ込み思案なとこもあって、接していて退屈しない。


「郁生ー、私はどうだー?」


 つくももいつの間にか眼鏡を装着していた。

 どっから取ってきたのかと思ったら、近くのサラリーマンが眼鏡を探しているようだった。

 おい、返してやれよ。


「馬子にも衣装」

「うぉい!」


 つっこみがてら飛んでった眼鏡が丁度よくサラリーマンの頭に着地した。

 よかったよかった。


「それで、どうする? 闇雲に街中を歩き回って時間を無駄にするのは避けたいが……今日のお前は、何をしていたかは思い出せるか?」

「一つ、重要な事を思い出しましたの」

「重要な事?」

「この日は、誕生日パーティで着るためのドレスを買いに街へ行っておりましたわ」

「となれば、ドレスの高級店か? かなり絞れるが時間帯が分からないな」

「……事故を目撃しましたの」

「事故を?」

「ええ、この三車線道路の……十字路、店内で試着中に衝撃音が聞こえて何かと思い見にいきましたの。離れていたのであまりよくは見えませんでしたが同年代の女性の方が一人巻き込まれておりましたわ」

「事故が起きた様子はないって事は、まだ来てはいないのか。とりあえずそのドレス店を探そう。場所は分かるか?」

「店名はグロリアージュ、ここからは徒歩で十五分の場所にありますわ。行きましょう、位置はマップナビで検索済みです」


 迷いのない足取り。

 便利な世の中ですよ本当に。


「どんな事故だったかは、憶えてる?」

「一般車両が一台、横断歩道を横切って対向車とぶつかった――そんな感じの事故だった気がしますわ」

「ふぅん……今時交通事故も珍しいよな」


 自動運転システムの発達、そして手動の場合は衝突防止センサーなども精密になった今、交通事故はあまり聞かない。


「念のためにその後はすぐ店を後にしましたの」


 その交通事故を目安にするのはどうかとは思うが、猶予は彼女が店に来てから事故までの三十分なのは分かった。


「あそこがグロリアージュか」


 十字路の少し先にいくつも建つお洒落な店。

 店頭ディスプレイには煌びやかな鞄や、色鮮やかなドレスなどが展示されており、その一帯が狙っている客層はまさに富裕層。

 向かい側ならカフェや飲食店がいくつか並び、若い人や学生達はそこの通りばかりに流れていく。

 道路がまるで線引きのように見えてくるな。


「行きつけの店ですの」

「郁生には無縁の店だのう」

「郁生さんは普段どこでお買い物を?」

「俺? 俺はえーっと……まあ、その辺」

「こやつのよく行く店はあそこじゃあそこ」


 つくもが指差すはハンバーガー店。

 斜森は「ああ……」と小さな声を漏らしていたが何ちょっと納得してるんだ君は。


「おい、俺だって食べ物以外に興味はあるし買い物もするんだぞ?」

「お主の買い物はジャンク品を取り扱う店か業務スーパーばかりだろうに。こやつは服など興味ないのだ」

「少しはお洒落にお金をかける事をお勧めいたしますわ。今日の服装も……その」

「なんだよ」


 いつもの普段着に何か文句でもあるのか?

 ほら、そこらの人も似たような服を着てるだろう? 別に俺の服のセンスは悪くないはずだ。


「あまりにも、平凡すぎますわ」

「平凡ねえ……それで結構だけど」

「訂正します、あまりにもダサすぎ&貧乏臭すぎますわ」

「結構な言い分だね」


 そんなに貧乏臭い格好かなぁ。

 二年くらい前に買ったこのシャツ、青いチェック柄は貧乏臭いよりもお洒落感のほうがあると思うんだけど。

 ……正直、お洒落には疎いから自信はない。


「よろしければ一緒に服を見ましょうか? まだ私は到着していないようですし」

「えっ、店内を確認してないけど分かるのか?」

「はい、送迎車が店の前に停まるはずですので」

「ああ、そうか」


 あの、ちょっと。

 手を引いてどこに行こうというのかね。

 グロリアージュの通りより一つ奥側の、ここもまた多くの人で賑わいが作られている通りへと向かっていく。


「お、おいっ……」

「奢りますからお金の心配はしなくて結構ですの。円さんが私の口座を自由に使えるようにしてくれましたので」


 それは嬉しいけれど、でも勘弁して欲しいなあ……ただでさえ人ごみが苦手だってのに。

 あとこのあたりは雰囲気が違うんだよな雰囲気が。

 俺のようなくらーい雰囲気のやつは、こんなに明るく眩しい雰囲気は近づくだけでも体が抵抗感を抱いている。

 別に来たくなかった――なんというか、リア充通りに足を踏み入れてしまった。

 左右に並ぶ店を彼女はさっと見回す。

 おそらくは、視覚による店の検索、評価などをネットで調べているのだろう。


「あの店が良さそうですね」

「せめてグロリアージュが見える場所にしないと、君が到着しても分からなくなっちゃうぞ?」

「大丈夫です、まだ来ませんから」

「君と引き合わせる上でどういう手順でやるかも考えないとっ」

「急がず焦らずですわ」

「これを機にお主もお洒落というものを学んでおけ」


 つくも、お前はいいよな。

 想像するだけで自分好みの服装を纏う事が出来て、汚れてもリセット可能だから選ぶ必要も洗う必要もない、なんだっけ?

 その力を俺にも適用できれば店に入る事もなかったろうに。


「先ずは……チェック柄はやめておいて」

「なんだよ、いいじゃんかチェック柄。色違いいっぱい買っておけば一週間色とりどりだぞ」

「……」

「何か言ってくれよ」


 聞かなかった事になんかできないぞ、させないぞおい。

 便利なチェック柄コーナーは素通りし、奥へと進む。

 つくもはパーカーコーナーに夢中だ。

 じぃっと淡い赤色のパーカーを見つめては、目を閉じて両手をばっと広げればあら不思議、つくもの服がそのパーカーへと変化していった。

 いやうん……すごいなおい!

 服が変化する瞬間、初めて見たよ。少し光って、何だか変身みたいだった。

 てかお前、パーカー好きだな。


「いらっしゃいませ、彼氏さんの服選びですか?」

「か、彼氏っ!? い、いえっ、違いますわっ」

「あら、てっきり……」


 店員さんがやってきた。

 ううむ、俺が服屋に入りたくない理由としてこれも大きい。

 店員さんも仕事だから仕方がないけれど、よろしければ俺の時は接客はしなくて結構なんだよね。

 もくもくと、一人で考えて選びたい。

 アンドロイドの外装パーツを選ぶように。


「ははぁ、これから、ですね? お客様」

「これから?」


 何の話だろう。

 店員さんは何か察したぜ的な笑顔を浮かべている。


「あ、あのっ! ジャケットコーナーはどちらに?」

「こちらです、何かございましたらお気軽にお声がけください。どうぞごゆっくり~」


 そこはかとなく。

 斜森の足取りがやや早く刻まれているような。

 更に奥へと進み、ジャケットコーナーにたどり着いた。

 あ、なんかお洒落というか、大人というか。

 俺が今着ている服よりは断然いい、くらいは分かる。


「この薄い生地のジャケットは良さそうですね。色も黒すぎずで、シャツは薄めの青にして……」


 手馴れた様子で俺の体に服を重ね合わせる。

 サイズもぴったりなものばかりだ、そのアンドロイドの機能でおそらく俺の体型から服のサイズが既に計算されているのだろう。


「下はスキニーパンツですらっとした体型を意識付けましょう。ご試着どうぞ」


 手渡される衣服。

 値段を一応確認する。

 ああ、普段なら絶対買わない額。ジャンク品がいくつも買えるしなんならアンドロイドのパーツを新品で購入できる。

 でもここは……奢ってくれるんだし、彼女のコーディネートに身を委ねるとしますか。

 試着してみて、鏡に映る自分を確認する。

 つくもが後ろでじぃっと見つめては。


「馬子にも衣装」

「うぉいっ」


 さっきの意趣返しかてめえ。

 試着室から出ると、斜森は俺を上から下まで嘗め回すように見ては満面の笑みを浮かべていた。


「いいですわね。とても、いいですわ」


 小さな拍手が送られた。

 どうもありがとう。

 店員さんを呼んで即会計、結構な額なんだけど彼女にとっては取るに足らない額のようで特に反応を見せずさらっと会計を済ませていた。

 自分の口座を自由に使えるようにしたと言っていたがいくら入っているのだろう。

 何より気になるのは、足がつかないかだ。大丈夫なんだろうな本当に。

 やってる事はまぁ……未来の斜森未由が過去の斜森未由の口座から金を下ろしているだけだから一応は、犯罪ではないんだけど。


「では、ようやく貴方の服装がマシになった事ですし、これからの事を話し合いましょうか」

「えっ、話し合いができてない原因って俺の服装にあったの?」

「……さぁ! ここは人が多すぎるので移動しましょう」


 話を逸らされたのは気のせいかなあ。

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