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プロローグ

 便利な世の中になったものだ。

 それもこれも機械のおかげであり、機械が進化すれば俺達の日常も大きく変わる。

 今や手に収まるサイズの機械で指を動かせばなんでも調べられるし、なんでも注文しては簡単に手に入ってしまう。

 ちょっとした動作で充実した機能を堪能できる機械は年々増えていく。

 母さん曰く空飛ぶ車は未だに作られていないのが残念だと言っていたが、そういえば昔のなんかの映画で空飛ぶ車を見たな。

 未来を描いた作品だったがその映画のような世界には未だに到達できなかったようだが、大きく近づく事はできたのではないだろうか。

 自動車は感知システムの向上だかでよっぽどの事が無い限り事故も起きなくなったし、昔は自動運転の無人バスなんかは考えられなかったんだとか。

 っと、そうだ。これを忘れちゃあならないね。

 特に画期的な発明だったのナノマシンというものだ。

 俺が子供の頃にナノマシンの開発に成功! と盛り上がっていたが急速に発展していき、今や一般に普及されているまでとなった。

 主に医療面で広く普及されており、医療ナノマシンによって大怪我や大病であっても大半が短期間で治せてしまう世の中になったわけだ。

 ……とはいえ、気がついたらそういう世の中になっていたのであんまり実感はないが、昔と大きく違うとよく聞かされる話は、ガンは恐ろしい病気であったが今ではナノマシンと投薬で十分に治せるようになったって事。

 結論、ナノマシンはそれくらいすごいのだ、すごいらしいのだ。

 俺もそいつにはつい最近お世話になったばかりである。


 あれは十日ほど前まで遡る。


 風邪を引いたんだ、久しぶりに。

 体は丈夫でも貧弱でもなく普通程度ではあるが、そんなにしょっちゅう引くほどでもなく、馬鹿は風邪引かないというやつなのかしらなんて思っていたりしていたけれど引くときは引くもんだねえ。

 それはいいのだが、その風邪は二日経っても治る気配はなく、それどころか熱は徐々に上がり続けて三十九度台に突入し、全身を寒気と痛みが襲い、いよいよ体を動かす事すら辛くなっていってね。

 三日目には指先すら動かせず、金魚のように口をぱくぱくさせて母さんに助けを求めて、病院へ運んでもらって気がついたら病院のベッドだ。

 思っていたよりも重病だったらしい。

 ウイルス性の病気のようで、風邪と似た症状から始まってじわりじわりと体を蝕んでいくのだとか。

 体のあちこちが痛み出していたのが危険のサインで、もしあと一日病院へ連れてくるのが遅れていたら内臓が危うかったとかなんとか。

 一時は命の危機、みたいな話になったらしいけれどそれはまあ……大げさに言っていたのだろうが、頼りになるのは――先ほども単語が出てきました医療ナノマシンだ。

 投与すれば見る見るうちに回復、三日ほど経過した頃には一人で起き上がれるまでに回復した。

 信じられないよなあ、最初はいくつもの機械に繋がれてチューブから点滴を注がれていたってのに、手を動かす程度さえも億劫だったのが嘘のようだ。

 ナノマシンのおかげでこんな重病も、相当手遅れでない限りは治せてしまう。

 暇な入院生活はネット環境と繋がった薄型パッドで本やゲームをダウンロードすれば暇つぶしも十分できる。

 嗚呼、機械万歳、機械最高。

 両手を広げて機械達を賞賛したいところだぜ。

 しかしいくらナノマシンとはいえ俺をゴールデンウィークの初日には戻してくれず、貴重な連休を丸々病院で過ごさなくちゃならないという現実は変えてくれやしない。

 連休だけならまだしも、当然学校が始まっても俺はまだ入院生活を強いられるわけで、となれば高校に入学してまだ一ヶ月ほどの期間で一週間ほど穴を開けるのは、既に傾向が見られていたクラスでのグループ構築にあぶれる可能性が高く、初っ端から勉強面でも遅れが生じて俺の良くもなく悪くもない平凡な頭脳では追いつこうと踏ん張るだけで脳みそはガス欠を起こすであろう。

 ついてないな、本当に。

 そしてついていない事がもう一つある。

 いや、ついてないというか、憑いてるのか。

 それともこれは……その、医療ナノマシンの副作用というものなのであろうか。


「――信仰がねえ、信仰が足りないわけよあんたら人間は」


 病院のベッドというのは通常一人で使うものだ。

 愛用のパッドとその向こう見慣れた天井から、視線を足元へと変更する。

 ……先ほどからずっとである。

 居間で寛ぐかのように胡坐をかいては、ただ只管に喋り続けている少女がいる。


「私はねえ、世の中に対しては別に悪く思っちゃあいないのよ。機械が進化していけばそりゃあ生活も楽になるしお前さんのように救える命も出てくるわけじゃ、聞いてる?」


「……」

 一応、頷いておく。


「うん、ならばよし。それでのう、機械技術競争を始めては施設や設備をガンガン増やしやがったその結果、神社や寺は少なくなっちまったし、今や参拝となればホログラムやARで作った神社で簡単に済ませたりVRでよく分からんキャラクターに扮してCGの神社に遊びに行く程度たあどういう事じゃ」

「俺に言われても……」

「前へ前へと進化や発展を目指して進行する人間がどうして信仰はせんのだ。互いに手と手を合わせるよりも簡単なのだぞ、自身の両手を合わせるだけでいいのだからな」


 ほら、っと促されて。

 俺は上体を起こして、両手を合わせ、彼女に軽く一礼した。

 彼女は満足げにむふーっと鼻息を放つ。

 十代前半のやや幼さ残る顔立ち、特徴的な赤い双眸、鎖骨あたりまで伸びる艶やかな銀髪、日本人とは到底思えない容姿だがごらんの通り、日本語は実に流暢だ。

 まあ問題はそこじゃないんだけどね。

 ……先ず、この少女、半透明である。


「うむうむ、信じるものは救われるぞ」

「君の言葉の濁流に呑まれて足をすくわれそうな気がしてならないけど」


「あまり喋りすぎるというのもいかんか、いいや、いかん事もない!」

「開き直るなよ……つうかあのさ、君……目が覚めた時からずっといるよね?」

「いるが何か?」


 それが大きな問題だというのに。

 意識が回復して、医者や看護師達が事故当初の状況や怪我の具合などを説明している中、白衣で満たされているその視界に、明らかに場違いなパーカー姿の銀髪少女が混ざっている時点で違和感しかなかった。

 しかも周りは誰も彼女の存在を気にも留めず、まるで自分にしか見えていないかのようだった。

 事故が原因で幻覚が見えるようになったのかもしれないと、担当医に相談をして検査してもらったが脳にはこれといった異常は見当たらず、最終的に精神科の医者を紹介してもらって定期的にカウンセリングを受けるはめになった。

 彼女が消える気配はなく、カウンセリングも面倒になってきたので、俺が選んだ選択は、もう彼女の姿は見えなくなった――と先生に嘘の報告をする事だった。


「いつになったら消えるんだ……」

「消える? この私が? それは難しいと思うな、言っていなかったか? ああ、言っていなかったな」


 一人でうんうんと頷き、キリッとこちらを見て、

「実は私は……付喪神なのだ!」


「は?」

 実はと切り出されましても……。


「えーっと、うん、私を祀っていた神社は元々この病院のすぐ隣にあってな。今は医療研究所と駐車場によって跡形もないが、依り代があれば私は別に問題なくてな」

「依り代?」

「のりをつける部分じゃあないぞ?」


 それは糊代?


「んで、だ。依り代として特に考えもせず近場にあったナノマシンを選んで休息を取っていて新たな神社が建てばそこへ移ろうと思っていたのだがな、気がついたらお主の体の中を循環しているときたじゃないか。驚いたものよな。ちなみに、依り代からはあまり距離は取れんので、常時お前の傍にいる事になるが、別に構わんな? むしろ嬉しいだろう?」


「ちょっと何を言っているのか分からんのですが……」

 一度に得る情報量は然程多くないのだが、内容が難解すぎる。


「咀嚼し、思考を巡らせよ。整理して反芻すれば理解できるであろう、考える力こそ人間の偉大なる武器だ」

「理解が、追いつかないというか……君は幻覚だから別に考える必要もないというか……」

「幻覚とは失礼な奴だのー、幻覚ではないというのに。ならば証明してみせようではないか」


 不機嫌そうに腕を組んだかと思いきや、彼女は周囲を見回す。

 この個室にはこれといったものは見当たらなかったのか廊下を見やり、

「顕現は力が要る」

 目を少しだけ細めて深呼吸をした。

 一つ一つの動作に落ち着きがあって、見入ってしまう。

 神妙な雰囲気を纏い――おや? 半透明だった彼女の体が、はっきりとしてきたような。

 ベッドも少し軋み、先ほどと違って彼女に確かな人の重みが感じられる。

 気のせい……か? いいや、気のせいではないな。


「よし、準備は整った――おいそこの看護師! 扉を開けよ!」

「はい? どうしました?」


 通りかかった看護師に、彼女は声を掛ける。


「あら、ご友人?」

「いや。友の神と書いて、ご友神である!」


 どちらも違います。

 というか、それよりも。


「看護師さん……この子、見えるの?」

「何言ってるの最上下もがみした君、ばっちり見えるわよ。そんな、まるで幽霊みたいな言い方しちゃ駄目よー?」


 看護師さんにもばっちり見えている。

 であれば、こいつは幻覚ではない――その新たな事実が生じたわけなのだが、それはそれでまた大問題というか。

 彼女はにんまりと笑顔を浮かべて俺を見てくる。

 どうだ? 私は幻覚ではないぞ? と言いたげに。


「呼んだはいいが、実は何も用はない! お仕事ご苦労!」

「何かあったら遠慮なく言ってね、どうぞごゆっくり~」

「うむうむ、ごゆっくりしておく」


 扉が閉められ、再び彼女と二人の時間を過ごす。

 この一連の流れを経て、はてさてどう反応すべきなのか。


「お前もゆっくり体を休めよ。退院したら学校だろう? 頑張れよ!」

「あ、うん……」


 にかっと、満面の笑みを浮かべる彼女。

 一体何なのだこいつはと思うも、そういえば付喪神と名乗っていたなと思い返して、やはり理解が追いつかない。

 ただ一つだけ、とりあえず……ああ、とりあえずだが理解したのは。


 ……俺は、付喪神に取り憑かれたようだ。

 うーん、ついてない。


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