《 八月九日 》
1
八月九日 午前五時
大和北署にいる捜査員が、一斉に東京と神奈川の担当地域に出発して行った。
2
八月九日 午前八時
民放各社テレビ局が、朝の情報番組のトップニュースとして、この事件を伝えはじめた。
そんな中
テレビ関東「Wide・SHOWタイム」が、犯人の動機について伝えはじめた。
昨日同様、今回も、芦但大学犯罪心理学科 赤井教授が出演していた。
司会者は
「昨日は、犯人の行動についていろいろと話をしていただきましたが。今日は、動機についてお話をいただけますか?」
赤井教授は、こう説明した
「今回の事件は、四件起きていて、すべて交通ルールが、引き金になっています。」
「そうですね。」
「四件の詳細は、横断中に起きた事件が四件。自転車に乗っている最中に起きた事件が、二件の計四件。」
「そうですね。歩いている最中と自転車に乗っている最中でした。昨日の話で性格についてもお話をしていただきました。」
「そうです。正義感が強い、曲がったことが嫌い、人を許さないと説明しました。」
「それが動機ですか?」
と、司会者が、聞いた。
「そうです。それが動機ですね。」
「どんな風に、ですか?」
「昨日も少し話をしましたが、交通ルールに対してとても厳しいですね。」
「それは、なぜだと思いますか?」
「そこが問題なんですよ。交通ルールというのは、実際にはルールですので、皆が守っていれば、このような、惨劇は起きなかった可能性はあると思います。」
「自転車の逆走は日常起きていますから。」
「そうです。逆走もそうですが。歩行者も横断歩道ではない場所を、自動車の隙間を縫って渡る、この行為も、危険な行為ですね。俗に言う、乱横断です。」
「それが、どうして、こんな大きな事件になったのでしょうか?」
「交通ルールを守らない人に対しての警鐘の意味で、おこなわれた犯行かもしれませんね。」
「警鐘ですか?」
「そうですね。本来、人とは・・・
そうですね。自分が歩いていて、前から歩いて来た人とすれ違う時って、当たらないように避けるとか、場合によっては、立ち止まるとか。そういう行動をおこないますよね。」
「まぁー、そうですね。」
「でも、これが自転車や自動車といった交通社会に照らし合わせると、避けるという行為が、おろそかになってしまう。そして人に対しても、物扱いになってしまう。」
「物扱いになる?」
「目と目が合わないからです。人が歩いている時って、気づかないうちに、相手の目をみて、どう相手が動くかと、とっさに、判断をして、避ける行動をとります。」
「それでは、交通社会の中では、当てはまらなくなるということですか?」
「自動車や自転車という物体を、見ているだけなんです。人が、動かしているということが、希薄になっている。だから相手を気にせず、自らの行為を、肯定した行動をとってしまっている。と、考えられます。 逆に、自転車や自動車を運転している人も、歩いている人に対しても、相手を気にしない。それは、同じスピードで動いていないからです。スピードの違いによって、目と目を合わせる機会が減るわけですし、前から歩いて来る訳ではないですから、目と目を合わせる機会は、もっと減ります。自動車の前を横切っても、目を合わせる行為は、少ないとも言えます。」
「それと、今回の犯人の動機には、どう関係しているのですか?」
「正義感が強くて、曲がったことが嫌いな性格と、話をしました。」
「そうでしたね。」
「その性格が、今回の犯行の動機だと考えています。」
司会者は
「ものすごく、身勝手な動機に聞こえてきますが。」
「犯人を擁護する訳ではないですが。身勝手ということを言うならば、交通ルールを守らない人々も、身勝手だと思います。」
と、赤井教授が、言った。
この返事には、他に出演をしていたメンバーからも、犯人に対しての身勝手さを追求するコメントが飛び交った。
3
大和北署の捜査本部にいる、捜査第一課10係係長の田辺警部は、司会者と赤井教授のやりとりを見ていた。
この事件では、三人が死亡、そして一人が重体で入院している
交通社会の身勝手な行為が、お互いの生き方を変えたと、赤井教授は言いたかったのだろうか。
歩いていれば、自動車が悪い。車を運転していれば、歩いている人が避ければいい。そう考えると、お互いに身勝手だと、これも赤井教授が考えていることなのだろうか。
交通ルールってなんだろうか。
『 道路において、危険を防止してお互いの行動の円滑を図る 』
だそうだが。
信号を守る。横断歩道で道路を渡る。
歩行者は道路の右側を歩く。
自転車と自動車は道路の左側を通る。
この基本さえ守っていれば、人と自転車または自動車は、正面を見て、お互いの遺志の疎通ができる。
そんな考えもあり、赤井教授はテレビ番組で断言したのだろう。
4
八月九日が、このまま過ぎていくのか。
そんな思いが頭をよぎった。明日が、相模原で起きた事件から一週間。また、犯人は犯行を起こすのだろうか。犯人について、まったく解かっていない。いま、捜査員が探しているのは、犯人が使用したと思われる軽自動車だ。これも、いろいろな防犯カメラの映像を確認して、車種を割り出したが、肝心のナンバープレートが四件の犯行において、すべて違っていた。犯人が本来つけているはずのナンバープレートは解かっていない。捜査員からは、随時途中経過の報告はあるが、決め手となる報告は、はいってこない。犯人は、次の五件目も違うナンバープレートで、犯行を行うのだろうか。
時間だけが過ぎていく。
閑散とした会議室でこれ以上過ごしている訳にはいかないとも思っても、捜査員からの吉報を待つのも自分の役割だ。じっと待つしかない。
と、田辺警部は、会議室で頭を抱えていた。
5
八月九日 午後十一時を迎えた。東京と神奈川を捜索にあたっていた捜査員が戻ってきた
東京都二十三区 25/25台
東京都多摩地区 45/51台
千葉県千葉市周辺 58/64台
埼玉県さいたま市周辺 55/66台
神奈川県全域 60/95台
確認済み 243/301台
58台の対象車両が確認取れていないことになる。この中に、犯人の軽自動車があるのであろうか。明日が、この事件最大の山場となる。それにともない捜索先の変更を、指示をした。
一、東京都多摩地区 残6台
11係 木島直道巡査・栗原尚子巡査
二、千葉県千葉市周辺 残6台
12係 小柳修也警部補・桜井清司巡査・山田みゆき巡査
三、埼玉県さいたま市周辺 残11台
13係 荒川俊矢警部補・原田誠治巡査・三橋由美子巡査
四、神奈川県全域 残35台
その他の捜査員と該当所轄の捜査員
10係は、明日に備えて、全員捜査本部に待機させた。
そして、捜査員には、ゆっくり休むように伝えた。
田辺警部が安田警部補を誘ったのは、もうそろそろ、日付が変わりそうな時間だった。喫茶「山猫」は、開いている時間ではないので、近くにあるファミリーレストランに食事をとりに出かけた。
食事の注文を終わらせると
田辺警部は
「やっぱり、神奈川なのか?」
と、独り言のように言った。
安田警部補も
「そうかもしれません。」
と、短く答えた。
「明日が勝負。」
「そうです。」
「起きるのだろうか。」
「えぇ。」
「そう思う。」
「はい。」
会話にならないほどの短い言葉で、確認をしていた。
そして、二人とも一言もしゃべらず、完食していた。