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SKYED7 -リオン編- 上  作者: 九綱 玖須人
ジウの大賢老
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ジウの大賢老 9

 大賢老が語り終えた。


 ブランクが大きく息を吐き出す。


 随分と大それた話だったが要は大賢老は世界のために皇帝が再度引き起こそうとしているであろう過ちを止める決意をしたという事か。


 それは分かったが手始めが皇帝の実子の誘拐とは随分と賛同を得難い行為に走ったものだ。


 大賢老はあくまでも魔力に頼る解決はしたくないのだろう。


 世の不文律というものがどういうものかはロブには分からないが、強い魔法を使って対抗すればブロキス帝とやっていることが変わらないということか。


 先の合議で大賢老に反対の意を表明した戦士たちは相も変わらず憮然としている。


 反対の意見は変わらないようで、それは仕方のないことなのかもしれなかった。


 世界の救済か自身の居場所の安寧かはそもそも天秤にかけるまでもない。


 殊更、彼らの境遇からすれば。


「分かったか若き戦士ども……よ! これがジウの真意……だ! 今までは何処にも介入せ……ず! だからこそ誰からの介入も受けつけ……ず! そうやってきたからこそこの大樹は住人どもの安息の地となれたの……に! ジウ自身がそれを弄んで良い道理などあってよいもの……か! 今のジウは間違ってい……る! 俺様の意志は変わらな……い!」


 ルーテルが拳を地面に叩き込みながら叫んだ。


 凄まじい音がして土が藁ごと凹む。


 気の弱い者なら気絶してしまいそうな威圧感である。


 シュビナを挟んで座るエルバルドも大きく頷いてルーテルに賛同を示した。


「私も同じ意見だ。私の一族はジウに感謝している。亜人の中でも爬虫類系である私の一族は存在するだけで罪だった。放浪と恥辱、それが私の一族の記憶だ。だがジウは私の先祖を受け入れてくれた。今では誰も私たちを外見で迫害することがない。しかしそれはこの神聖不可侵の大樹の中だけの話だ。もしもジウが余所への介入をするようになったらこの共同体は一つの国に成り下がる。進んで戦争の道に突き進む必要などない。どんなに強かろうと人が守れる範囲などせいぜい両の腕が届く広さ程度だ。世界などは……世界がなんだというのだ。世界が私たちに何をした? 今までもそうだったように私たちは私たちの秩序を守り続けるべきだ」


 ジウの歴史は迫害の歴史だ。


 圧倒的大多数の普通とされる人間によって異端と決めつけられ追いやられて出来たのがアルマーナで、そこから更に異質な存在として排除されたのが彼らである。


 そこへ僅かな披差別民の人間が合流して形成されているのがジウだ。


 つまりジウに住まう全ての住人達は世界から拒絶された者たちであり、外の世界の事など関心はなくジウの平穏さえ守ることが出来ればそれで良いのだろう。


「シュビちゃんもォ……意見は変わらないのかしらァ?」


 一人だけ横になりだいぶ幅を取っているイェメトが梟のシュビナに意見を求めるとシュビナは驚きのあまり硬直して少し細くなった。


「ぎっぎぎっ」


「やめろイェメ……ト! 貴様の声には耳を貸さ……ない! 仲間想いのシュビナを、貴様はこれ以上苦しめるの……かっ!」


 間に座るルーテルがイェメトを威嚇する。


 イェメトは涼しい顔でにやついていた。


「なによォ、ただ意見を聞いただけじゃなァい。あんまり怒っちゃい・や。お腹すいたのかしらねェ? いいわよ、いらっしゃァい?」


 イェメトの胸をまさぐる仕草に視線を逸らすブランクとノーラ。


 ルーテルは挑発と受け取ったようで更に青筋を立て、エルバルドは眉間に拳を当てて嘆息した。


 大賢老は黙って成り行きを見守り、ラグ・レは途中まで食事に集中していたので状況が分かっておらず皆の顔を見回している。


 時と場所を選ばないイェメトの言動で会議は大荒れとなったがロブはそこに発言の好機を見出した。


「仲間割れか? どういうことだ?」


「ルゥちゃんがおっぱい欲しいみたいなのよぉ」


「違う、今のやり取りがどういう事であるか説明して欲しいわけじゃない。シュビナと何があったのか聞いている」


「貴様……ら! 俺様がち、ち、乳を欲しがった前提で話を進める……な!」


「いいのよ遠慮しなくてェ。その代わり私にも奉仕してくださるゥ?」


「いら……ぬ!」


「やっぱりオッタちゃんのおっぱいのほうが良いのねぇ」


「おいやめろ貴様黙れ」


 語尾に力を入れる独特な喋り方はわざとだったのかイェメトの呟きに被せるように警告するルーテル。


 イェメトのくだらない冗談のせいで微妙な空気が流れることになったが誰もが喋らなくなったのでオタルバを依り代にした大賢老が口を開いた。


『ロブ、我から説明しよう。最初、我はイエメトに命じシュビナに赤子を連れてくるよう頼んだのだ。シュビナならば長距離の飛行が可能であるし夜目も利く。外套を羽織れば人間に扮することも出来る。そして彼女はイエメトに仕えて長く信も置けた。それ故の選定であった。だが彼女はジウの安寧を危惧し他の有能な戦士たちに相談した。そして急遽合議が行われることになり、反対が多数を占め我の計画は棄却されることになった。それからシュビナはイエメトを避けるようになってしまったのだ』


 挙動不審なシュビナが任務を遂行していたらたぶん失敗していた可能性のほうが高い気がするが大賢老は人間と亜人の差異に対する認識が甘いのかもしれない。


 しかし確かに五人の戦士たちの中ではジウを離れることの出来ないイェメトを除けば一番人間に近い外見と言える。


 他が論外であるという極めて選びようのない選択であったことは確かだ。


 だがシュビナは疑問を感じてオタルバたちに密命をばらしてしまった。


 シュビナはイェメトの側近的存在でありながら今はイェメトの側にいないとブランクが言っていたのはシュビナの中にイェメトの信を破ってしまったという罪の意識と、イェメトに信を破られたという侮蔑の意識があるからなのだろう。


 なるほど、とロブはジウの現状を理解した。


 憤怒と固執と疑心。


 神聖と謳われたジウは破綻の瀬戸際にあるようだ。

 

「状況は分かった。では聞くがあんたらはどうしたいんだ? 赤ん坊を連れ出したという事実はもはや揺るぎようがない。今更返したところで意味はないし、むしろ折角手に入れた光明を手放すことになる」


「光明だ……と!? 馬鹿をいう……な! 皇帝とて間抜けではある……まい! ジウへの侵攻の大義を得るために刺客を放ってくることは明白……だ! 時間が経てば経つほど事態は悪化す……る! すぐに赤子……と、貴様は国へ戻るべき……だ!」


「やめろよルーテル、ロブは国に戻ったら処刑されちまうかもしれないんだぞ!」


「黙れブランク! 貴様は知らなかったとはいえ合議を破った側なのだ……ぞ!」


「意見すんなってか!? じゃあなんで呼んだんだよ! 罰を与えるためか!?」


『皆、落ち着いて。次はそれを決議しなくてはならないな。先の合議を破った我に対し、君たちはどのような償いを求めるだろうか』


 戦士たちは口を開くことが出来なかった。


 別に罰を求めているわけではない。


 ただ大賢老には改めて欲しいという、ただそれだけの思いなのである。


「ならば一つ」


 エルバルドが挙手した。


「あんたを罰するための採決なんか必要ない。だがこの集まりは合議という名目なのだから何かしらの採決は取るのだろう。であるならば、ジウとイェメトは共謀者であるとして採決は二人で一票にするべきだ。この合議に限ってでいい」


 そうきたか。


 ロブはエルバルドの賢しさに感心した。


 先ほどごく自然に会議に参加し発言を増やしたつもりだったがエルバルドは警戒していたようだ。


 この会議の最大勢力は本来糾弾される側である大賢老派であることは依然として変わらないので採決の前に少しでも票を削いでおきたいという思惑なのだろう。


 前回の合議で少数派にも関わらず己の主張を強行した大賢老はこれに従わざるを得ないはずだ。


 そして大賢老はこれを受け入れた。


「エルバルド……待て! それよりもあの男を合議から外すべき……だ! あれは戦士では……ない!」


 しかしルーテルはエルバルドの提案に難色を示す。


 どの道一票減らすなら自分がまだ住人として認めていない者を減らしたいということか。


 感情論でしかないがエルバルドはルーテルに落ち着くよう手で合図した。


「ルーテル、その発言は最初にするべきだった。合議が始まり暫くしてから言い出して良い事ではない。しかし……ジウ。ジウは私の意見を聞いた。ならば次はルーテルの意見も聞くべきだな」


「あらあらァ……」


 エルバルドの大胆な要求にイェメトでさえも苦笑した。


 それが罷り通れば大賢老は最大四つの提案を呑まねばならない。


 あきらかに平等を欠いた工作だ。


『いいだろう』


 だがそれすらも大賢老は呑んだ。

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― 新着の感想 ―
今回の話は深いですね。 話し合いや会議にすれば必ず反対する者が出てくる。 集団の長が決めてしまえば、その決定に従わざるを得ない。 ついていくしかないし、反対する者は去ればいい。 後者の方が私は楽…
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