ジウの大賢老 8
まずは君たちの意見を蔑ろにしたことを謝ろう。
君たちはこのジウの為に行動したと、それは理解しているしとても嬉しく思う。
だが聞いてはくれまいか。
我が合議の決定を覆してでもあの赤子を我の元へ置かねばならなかった理由を。
端的に言えばあの赤子はブロキス帝によって我に託されたものだ。
我はそう判断している。
ブロキス帝は己が子を、我が連れ出しやすいように最も適切な場所へ置いた。
アルバレル修道院は幼子を移送しても何ら不自然でない場所だった。
いいやルーテル、罠ではない。
冷酷非道と言われている男だが彼は我が子には特別な感情を抱いている。
分かるのだ。
あの光景を見たのなら。
まだ一年も経っていない。
だから皆も記憶に新しいだろう。
セイドラントが一夜にして滅び、その時に起きた地震による津波で多くの尊き命が失われたあの事件だ。
我は普通の地震ならば予知できる。
大地の気脈に乱れが生じる前兆があるからだ。
しかしあの地震は違った。
一瞬にして膨れ上がった強大な魔力は感知するや否や爆発して吹き荒れた。
我はすぐさま気脈を辿り彼の地セイドラントを見た。
そこに広がっていたのは恐ろしい光景だった。
草も木も全てが吹き飛び、地は均され何もかもが消えていた。
何もかもだ。
そして一切の気脈が断たれていた。
二つの気脈を除いてだが。
ザニエ・ブロキスは不毛の大地に立っていた。
慣れておらぬのか不器用な抱え方で、その腕には赤ん坊が眠っていた。
きっと恐ろしい事が行われたであろうにまるで気にも留めず赤子は安らかに眠っていた。
ブロキスはその赤子を抱きしめ静かに泣いていた。
「俺の子だ」と。
島は一つ吹き飛ばしても子を消し飛ばすことが出来なかったのは親心だろうか。
彼はその後、縮地法を使い帝国で先帝ジョデル公を手にかけた……。
彼が皇帝の玉座を手にいれて何をしようとしているかは我には分からぬ。
しかし再びセイドラントの悲劇を繰り返そうとしているのは確かだろう。
その時には子は安全な場所にいて欲しい。
だから我に託したのだ。
……ブロキス帝は今弱っている。
魔力を魔法に変換すれば当然魔力は減る。
魔力は時間が経てば元に戻るものの1度に使い過ぎると時には昏倒し最悪の場合には死に至る事もある。
セイドラントの一件があってから我は時々ブロキス帝の気脈を見ていたのだが彼は明らかに弱っていた。
そしてその外見も老人のようになっていた。
普通は魔法を使い過ぎてもそうはならないが我も莫大な魔力を一度に消費したことなどないのでそこは何とも言えない。
一年もしないうちに年若き王はまるで別人のようになってしまったわけだが、彼の魔力は確かにザニエ・ブロキスのものなので何者かにすげ変わったわけでもないだろう。
恐らくはセイドラントで使った魔法の反動なのだろうか。
あるいは……いや、話が逸れるから止めておこう。
さて、私は疑問に思ったことがあった。
ブロキス帝は魔法の使い方を理解していないのではないかという疑問だ。
彼は、自身が魔法を使えるということは知っているがどうやれば正しく使えるかは分かっていないようだった。
その証拠に最初に使った縮地法……一瞬にして離れた地を移動する魔法であるが、彼はあれから1度も使っていない。
そして気脈を見るという力も使えるようだがどうやらそれすらも常に使えるわけではないようなのだ。
何か大きな力を感じた時にだけ無意識に見ることが出来ているといった感じだろうか。
そして今の彼は時々僅かに魔法を使っている様子だが、島を消し飛ばせるほどの魔力の持ち主にしては粗末な使い方しかしていないようだ。
魔力を理解している者とは到底思えない使い方だ。
恐らくブロキス帝が島を滅ぼした時に赤子が助かったのは偶然だったのだろう。
そもそも島を滅ぼしたのも、縮地法を使ったのも、何もかもが偶然の産物だったのかもしれない。
いついかなる時に暴発するか分からない強大な力というのは恐ろしいものだ。
だから彼は自身のそばに置いておくよりは我の側に置いておきたいと思ったのだろう。
ああ。
そうだな。
確かに我が攫う直接の理由にはならない。
アルバレル修道院は充分に皇帝の居場所からは遠いと言えるね。
しかし理由はまだある。
それは彼が今魔力を回復中であるということだ。
使い方は分からないものの自身の弱体化が魔力の枯渇によるものだということは理解しているらしい。
無謀とも言える軍拡でラーヴァリエを水際で食い止めているのは彼の国や諸外国に自身の衰退を悟らせないためだろう。
恐らく彼は難攻不落のイムリントで再びあの爆発を起こそうとしているに違いない。
ブロキス帝が東進に異常なまでに拘る理由は長くなるから省くが、イムリント攻略とラーヴァリエの滅亡は彼の悲願なのだ。
彼自身が戦線に立つ機会は未来に必ず起り得るが、敵だらけの本国に自分の子を置いて出陣することは出来ない。
そこで彼は我に目を付けたのだというわけだ。
ああ。
確かに我は彼の野望を手助けしてしまっているように感じるかもしれないね。
だがね、逆だよ。
彼は我に対し借りをつくるという手札を切ったのだ。
ならば我は彼に話し合いの場を設けるよう働きかけるまでだ。
この機会を逃せばブロキス帝は諦めて他の手段を講じるかもしれない。
彼が弱り、我に無言の救いを求めてきたこの機会だから逃すわけにはいかなかったのだ。
我は理を見守る者。
俗世に介入せぬと決めて長い時を過ごしてきたがこうも気脈を乱されてしまうと世の不文律が壊れてしまう。
それだけは避けねばならない。
ブランク、ノーラ、ラグ・レ、ロブ。
以上が我が赤子を君たちに攫うように頼んだ真意だ。