ジウの大賢老 7
次にやって来たのは明らかにとかげの亜人だった。
外見はほぼ二足歩行のとかげであるが服を着ており、心なしか顔立ちは端正に見える。
とかげのカルナグーことエルバルドだ。
エルバルドはロブの前にくるとまずは丁寧に頭を下げて挨拶をした。
「失礼、ルーテルが随分と怒っていたようだが何かあったのか」
「いや分からん。ロブ・ハーストだ」
「そうか。エルバルドだ。姓はジウに来た時点で捨てた。あんたの事は少しだけ聞いたが私はジウの平和のためにもあんたを受け入れられない。ここにいる者たちは理不尽に故郷を追われた者たちだ。だがあんたは違う。せいぜい弁を尽くしてくれ。ジウの舵取りは本来ならば合議で決まる。ジウやイェメトに頼ろうとは思うなよ」
エルバルドは神殿に入ると入口に一番近い藁に腰を降ろした。
大賢老とはある意味対立面にある席であること、そして新規の合議参加者が大賢老から遠い席を末席と捉えて小さくまとまらないようにという二つの意味での着席であった。
次に来たのは腕が翼になっている亜人だ。
遥か上から舞い降りてきたその女性は非常に美しい顔をしてはいるが瞳孔が開いていて若干不気味である。
梟の亜人シュビナは翼の途中にある指で器用に乱れた薄茶色の長髪を整えたあと、ロブを見て急に真横に首をくるくる回し始めた。
視線はしっかりとロブに合ったままなのでなかなかの衝撃的な光景だった。
「シュビナだ。普段はイェメトのお世話係というか側近みたいな感じでくっついてるけどイェメトが掟を破ってからはイェメトと一緒にいないみたいなんだ。合議がだいたい夜に行われるのはオタルバが門を空けられないからってのもあるけどシュビナが夜行性だからってのも理由だよ」
「ロブ・ハーストだ。今日から住人になった」
「…………」
「……よろしく頼む」
「…………」
シュビナは口を開けたまま無言で接近しロブの胸を支えに爪先立ちとなって顔を近づけてきた。
オタルバの招集に応じた際にロブの事は聞いていなかったのか見知らぬ男に関心を示しているようだ。
鼻が付くくらいの距離にシュビナの顔を感じロブは困惑する。
一歩退きたいところだがそれで気分を害されてはいけないと思いロブは黙って立ち尽くしていた。
しかしロブがシュビナの成すがままになっているのはロブもまたシュビナにルーテルやエルバルドとは異なる光を感じたからだった。
シュビナは僅かではあるが自発の光を放っていた。
今までの経験上、するとシュビナには若干の魔力があるようだ。
魔法を使えるのは大賢老を除いてはイェメトとオタルバだけと聞いていたのでシュビナは魔力はあっても魔法は使えないのだろう。
シュビナはロブの鼻先で何度か首を回転させていたが、納得したのかそれとも飽きたのか何も言わずに神殿に入るとエルバルドの隣に腰を降ろした。
「なんだあいつは」
「シュビナはだいたいあんな感じだよ。ちょっと変わってるんだ」
「私なんか前に無言で噛みつかれたことがあったぞ」
「……変なやつだ」
ロブたちがシュビナの奇行に困惑している中、エルバルドは大賢老を見据えたままシュビナに質問した。
「何か見えたか?」
「あれ、魔力、違う。何か、いる、それ」
シュビナは小刻みに首を動かしながらエルバルドに答えた。
「やはりそうか。妙な気配がすると思ったんだ。その面から見ても受け入れは難しいか……」
「ぬ、ぬ、ぬ」
本心では誰も拒絶したくないエルバルドであったが集団の安全を優先せねばならない。
シュビナに確認しロブに擁護の隙がない事を知ったエルバルドは心から残念に思った。
次にやって来たのはノーラを連れたオタルバだ。
若干まぶたを腫らしていたノーラはロブたちを完全に無視して大賢老の側に座るオタルバの隣に座った。
残るはイェメトだが緩慢な動きの彼女は果たしていつ神殿まで辿りつくのだろうか。
そもそも大樹全体に結界を張っている彼女がどうやって神殿まで降りてくるのだろうか。
ロブが疑問に思った矢先、大樹を包んでいた光が若干薄くなった。
発光する大樹自身の周りには細かな編み目のような光が張り巡らされていたらしくそれが消えていくのである。
その正体こそイェメトの範囲魔法だった。
合議の時は大樹を守るものが完全になくなるようだ。
下から順に薄れていく光は大樹の頂を最後に残して消えた。
すると眩い光が大賢老の隣で湧き起こり、頂にいるはずのイェメトが忽然と姿を現した。
「はぁい、お待たせぇ……」
急に現れる力も魔法なのだろうか。
ロブが不思議そうに眺めているとイェメトは蕩けた瞳で接吻を投げてよこした。
「全員揃ったね。それじゃあ合議を始めるよ」
そのやり取りを見て鼻に皺を寄せたオタルバに促されロブたちは空いている席に座り円卓が完成する。
大賢老ジウ、慈愛のイェメト、牛の亜人ルーテル、梟の亜人シュビナ、とかげの亜人エルバルド、虎の亜人ブランク・エインカヴニ、アナイの戦士ラグ・レ、ゴドリック帝国軍曹ロブ・ハースト、海獣使いノーラ、審判のオタルバが膝を突きあわせた。
オタルバに大賢老の魔力が流れ込み、その口を使って大賢老の声が響いた。
『それではこれより審判のオタルバを依り代として我が声を届けさせて貰う。議題の前に、まずは君たちに先の合議を反故にした件を謝ろう。そして聞いてはくれまいか。我が真意を』
皆神妙な面持ちで大賢老とオタルバを交互に見る静寂の中、芋を頬張るラグ・レの咀嚼音だけが響いた。