ジウの大賢老 4
「俺にはかなりの魔力があるらしい」
ロブはだいぶぼやかしてオタルバに謁見の内容を伝えることにした。
厳密に言えばロブ自身に魔力があるとは言われていない。
ロブを覆っている呪いがとんでもない魔力を秘めているのだ。
「だが……俺はその制御の仕方がまるで分からない。だから大賢老には魔力を理解するためにここの住人になれと言われた」
ロブの説明にオタルバは拍子抜けしたらしく不服そうな顔を見せた。
「なんだい、そんな事かい。そんなことだったらいつもはあたしに任せるのにね。……かなりの魔力ってのがジウの興味を引いたってことかねぇ」
「よく分からんが魔力を学ぶには大賢老もイェメトも協力を惜しまないと言ってくれたぞ。当然あんたに師事を仰いでもいいと聞いた」
「ふんっ、だったらあたし以外に頼むんだね。ジウやイェメトが教示するなんてそうそうないことさ。ま、あたしは直接ジウに師事したけどね」
拒絶ついでに自慢してくるオタルバにやはりそうくるかとロブは無理を悟った。
邪なる気配でだいぶ警戒されているのだ。その者から師事をお願いされても嫌がるのは当然のことなのかもしれない。
しかしオタルバの戦闘技術は相対していて実に勉強になる。
それも加味して、どうせ学ぶならオタルバが良かった。
「俺はお前がいいんだがな」
「……はぁ!?」
大仰に反応するオタルバ。
ノーラに引き続き、そんなに毛嫌いしなくてもとロブは若干傷ついた。
「駄目か」
「……あんたねぇ」
根に寄りかかっていたオタルバは身を起こしてロブにしっかと正面を見せる。
その真剣な眼差しにロブもまた座りっぱなしの無礼を感じ立ちあがった。
「どういう気かは知らないけどね。終いにゃあたしだって怒るよ」
「なぜ怒る」
「当たり前だろ!? あ、会ったばかりじゃないか! しかも歳だって離れてるし……あんたは人間で、あたしは亜人だ!」
怒鳴るオタルバにロブは困惑した。
今までオタルバから審判を受けたものだって出会ったばかりだったはずだ。
歳が離れていることが拒否の理由なら大賢老やイェメトはもっと離れている。
人間であることが問題だとしたらジウの中にいた人間の住人はどう説明するのだろう。
ロブにはオタルバがロブの邪なる気配を厭うあまりに適当な事を言って拒絶しているだけにしか思えなかった。
「関係ないだろう」
頼む側であるロブも流石にオタルバの身勝手には眉を顰めた。
住人になれと大賢老から言われているのだ、もっと仲良くやっていきたいものである。
「オタルバ、そんな理由ではぐらかすな。俺は本気だ」
「…………!!」
目を丸くしたオタルバは口を戦慄かせると、腰の力が抜けたようで再び根にもたれかかった。
「きゅ、急には信じられないね……あたしは、そんなの今まで、なかったんだ……」
ごにょごにょと呟く独り言はロブには聞こえなかったが本気の姿勢だけは伝わったようだ。
「受け入れてくれると判断していいか?」
「すす、するな! いいって言ってないだろう!? ……まずは、そうさね、まずは魔力の使い方を教えてやるから。そこであんたがどういう奴か見極めさせてもらうよ。話はそれからだ!」
「その話しかしていないが」
オタルバの回りくどい言い方は多少気にはなったが師匠になってくれるという約束は交わすことが出来た。
レイトリフの件がどうなるか分からないが、もしも大賢老が話に乗るならば皇帝との決戦は目前なのでぼんやりしてはいられない。
自分も皇帝と戦えるなら戦いたい。
ジウに真意を聞いたように、皇帝から真意が聞けるならばセイドラントを滅ぼした件も合せて一切の不可解な行動を問い正したいものだった。
「まあいい。オタルバ、これから宜しく頼む」
「あ、ああ」
「まず早速の難関は会議なわけだが、お前以外の反対者……ルーテルたちは俺の主張に賛同してくれそうか?」
「まだそんなこと言ってんのかい。ジウに聞きたいことがあれば直接聞けばいいし、賛同者が欲しいなら会議の時の主張で味方につけな。会議の前に変な小細工して味方をつけておこうだなんて、そういう奴はあたしは……す、好きじゃないから」
「そうか。すまん」
「あ、謝らなくていいさね、分かってくれれば。まぁ、心配しなくていいさ。ジウに招かれた以上は新参だの古参だの、あんたが図らずもジウに加担しちまったってことだの、そんなくだらない理由で発言が制限されたりはしないから」
「そうなのか?」
「当たり前だろ。あんたたちは百年そこらの寿命の連中が寄せ集まって暮らしているから分からないんだろうが亜人の寿命はそれぞれなんだ。年寄りが偉いだとか、早くここに来た奴が偉いだとか言ってたら話が進まないよ」
「そういうものか。年功序列が強いのかと思っていたが」
「ちょっと待ちな」
オタルバの耳がぴくりと動いた。
「年功序列が強いって、なんでそう思ったんだい。それじゃまるであたしが年寄りみたいじゃないか」
「なんでって、お前は二百歳を超えているんだろう? イェメトは太古から生きているというし、だからイェメトが大賢老の側近でお前が二番手で門を守っているんだろうと解釈していたが、違うのか」
「誰が言った」
「なにをだ」
「あたしの歳」
「ブランクが言っていたぞ。ルーテルから聞いたとな」
「ほぉう……そうかい、そうかい」
ロブは静かに独りごちるオタルバの声を聞いてぞっとした。
遠くを見つめるオタルバからは確実に殺気のようなものが漂っている。
何がオタルバをそこまで怒らせたのかは分からないが確実に失言をしてしまったようだ。
二番手と言ってしまったことがオタルバの自尊心を傷つけてしまったのかもしれない。
「すまん。そろそろ戻る。大樹の中も見て回りたい」
もはや何を言ってもとばっちりを喰らいそうなほどに怒気を溜めているオタルバの側にいるのは得策ではなかった。
ロブは適当な理由をつけて逃げることにした。
「ああ、そうかい。じゃあまた、夜にね」
「そうだな。会議の時にまた会おう」
離脱成功。
ほっと胸を撫で下ろすロブの背中にオタルバから声がかかる。
「ロブ」
「……なんだ」
「ブランクに会ったら先に言っておいておくれ。お仕置きは四倍にするってね」
「……わかった」
何故ブランクのお仕置きが重くなったか分からない。
だがロブは理由を聞くことが出来ず足早に退散することしか出来なかった。