ジウの大賢老 3
自分を見ていたもう一対の目は皇帝の可能性が高かった。
国一つを島ごと吹き飛ばしたという噂の持ち主だ。大賢老に会ったことでロブは確信にも近い感覚を覚えていた。
「俺は不思議だったんだ。何故、皇帝は赤ん坊を自らの手元や敵国から遠い西海岸に置かずにアルバレル修道院に隠したのか。だけどその疑問にようやく仮説を立てることが出来た。それは皇帝が大賢老にも見る能力があると知っていて、敢えて赤ん坊を攫いやすい場所に置いたんじゃないかっていう仮説だ」
「我が子を餌にしたってのかい?」
「ああ。そうじゃなきゃ説明がつかないだろう。しかし罠なら明らかに分かり易すぎる罠だ。大賢老などと呼ばれる者がかかるような罠じゃない。だからこそ……俺は大賢老が進んで引っかかりに行ったとしか思えないんだ」
「なんの為にそんなことを」
「気にならないか。俺は大賢老の真意が知りたい。俺が連れてきてしまった赤ん坊でもある。罪もない命を掌で転がすような行為にも、この地に災いを持ち運ぶような行為にも俺は手を貸したくないんだ。だからオタルバ、頼む。反対派だった面々に声をかけてこれを議題に盛り込んでほしい」
ロブはすかさずオタルバに提案する。
大賢老が語ろうとしないのであれば語らせるまでだ。
ロブは災いに図らずも荷担してしまった側であるし新参なので会議の場で弁を振るうことが出来ない。
ここはオタルバに何とかして貰わないと会議の主軸はレイトリフの提案にどう返答するかに終始してしまうだろう。
だがオタルバは首を横に降った。
「聞きたいならあんたが聞きな」
「オタルバ」
「出来ないし、する必要がないんだよ」
「どういうことだ」
「まず出来ない理由だけどね、今回の依り代があたしだからさ」
「依り代?」
「ジウの声はあたしとイェメトにしか聞こえない。だからあたしとイェメトがジウの声の代弁者になるんだよ。前回の会議ではイェメトが依り代をしたから今回はあたしなんだ」
「依り代になると意見は言えないのか」
「ジウの言葉なのか、あたしの言葉なのか、ジウの声が聞こえない連中を混乱させちまうだろ。依り代になった時には代弁者に徹するのが掟さ」
「よく分からんが依り代になる前や後に発言することは出来ないのか」
「その場合あたしの質問をジウが答えたとして、誰がジウの言葉を皆に伝えるってんだい。イェメトしかないだろう。あの女が協力するとは思えないね。絶対にはぐらかすに決まっているさ」
「確かにそうだな」
「それと何故する必要がないか、だけど。そんな根回しなんかしなくてもこのやり取りはジウには聞こえている。ここではジウには小細工は通用しないよ」
「ああ、そうか」
確かにそう言われてみればそうだった。
オタルバに審判されていた時にジウの声が聞こえた。
神殿から大樹の外まで声を届けることが出来るということは逆に聞くことも出来ると考えられるわけだ。
つまりジウに居る限りはジウに内緒の話は出来ず、もしかしたら筆談でさえも見る力で見られてしまうのかもしれない。
「ここで俺が会議の小細工をすればするほど大賢老に準備の時間を与えてしまうわけか」
「そういうことさ。よくもまぁべらべらと喋ったもんだねぇ」
「魔力に馴染みがないんだ。どういう理屈でどうなるのか未だ知りかねている。そもそもそういう原理なら早く教えてくれればいいじゃないか」
「ま、あんたの思いはジウに伝わったはずさ。あたしらはいくらジウに言っても駄目だった。だけど……あんたはどうやらジウに目をかけられているみたいだからね。あんたが来てくれたおかげで多少は何か変わるかもしれないね」
「そういう思惑で俺に喋らせ続けたのか」
「人聞きの悪いことを言わないでおくれよ。あんたが勝手に喋ったんだ」
「本来俺はあまり喋るほうじゃないんだがな。お前が聞き上手なのか柄にもなくたくさん喋ってしまったようだ」
「な、なんだい急に。おだてるんじゃないよ!」
ロブは寛いでいた。
オタルバはその様子を何故か嬉しいと感じつつも、理由の一因は分かっていた。
オタルバの魔力は大地の気脈と相性が良い。
それ故にオタルバが使う魔法は大地の気脈に干渉し地面を隆起させるという単純なものだ。
恐らくはロブも地属性の魔力と相性が良いのだろう。
同じ属性を得意とするものは一緒にいれば落ち着くものだ。
しかしロブを覆う魔力はそれほど単純ではなかった。
魔力を深く理解するはずのオタルバでもロブが地属性だと断言できないのである。
ロブから微かに感じる邪なる気配は今までに感じたことのない気配だ。
オタルバがジウに会わせるのは危険だと審判した原因もそれだった。
「あたしも質問していいかい」
「なんだ」
「ジウとはどんな話をしたんだい?」
「聞こえなかったのか」
オタルバが頷き、ロブは大賢老の力が少し分かった気がした。
大賢老の言葉を遠くに伝える力は恐らく指向型ではなく範囲型なのだ。
オタルバとロブの決闘の時にオタルバに話しかけた大賢老の声がロブにも聞こえたのはそのためだ。
そして先ほどの神殿での謁見でオタルバに声が届かなかったということは範囲を任意に変えられるということだろう。
しかし、そう考えるとあの会話はオタルバには聞かれては不味いと大賢老が判断したと言う事か。
邪なる気配というものにオタルバは敏感で自分を殺そうとしてきた事が関係するのかもしれない。
邪神アスカリヒトというものが一体どんな存在なのかまだよく分からないが自分がその呪いにかかっているということは伏せておいたほうが良いのかもしれない。
ロブは大賢老の配慮を汲み取りオタルバには謁見の内容を一部伏せておくことにした。