ジウの大賢老 2
オタルバの家の入口はジウの大樹の根に板を立て掛けただけのような粗末なものだった。
ただ、中を覗いて見ると思ったよりは広く感じた。
根の隙間に出来た空洞を居住区画として利用しているようで、僅かに光る根がぼんやりと空間を照らしている。
家具の類が何もなく殺風景だが奥には飼い葉置き場のような干し草の山があるようだ。
「オタルバ、いるか?」
声をかけてみたが返事はない。
いると思ったのだが気配も感じられなかった。
とりあえずロブは中に入ってみる。
オタルバは審判をした者の一部を暫く一緒に住まわせたとブランクは言っていたが、この空間に見知らぬ者同士でニ人きりとはなかなかきつそうだとロブは思った。
しかし居心地は良い。
光を強く感じるようになったロブの目にはジウの輝きは流石にきつかった。
試しに腰を降ろしてみるとまるで瞑想している時のような充実を感じる。
僅かな光は依然として感じるものの久しぶりに目を閉じることが出来たような感覚だ。
「ちょっと……」
声がしたので振り返ると強い発光体、もといオタルバが入口に立っていた。
安穏は束の間の出来事だった。
「ああ、戻って来たか」
「戻って来たか、じゃないよ! 最初からいたさ、木の上にね。あんた、何普通に人ん家に入ってるんだい」
「すまない。お前に用があったんだがいないみたいだったから中に入らせてもらった」
「いないと思ったら待つか引き返すかしな! まったく……思った以上に気の抜けない奴だねぇ」
オタルバは呆れた声を出した。
「……で、何かようかい」
「ああ。それなんだが」
「待ちな。本当は今はあんたとは接したくなかったんだけどね、ここに居座られても面倒だ。外で話を聞くよ」
「話を聞いてくれるなら俺はここがいい。外は眩しいんだ」
「何言ってるんだい。ここだと……あれだろ」
「どれだ」
「……いいから早く出な!」
牙を剥いて威嚇されたロブだがそれが照れ隠しだとは分かるはずもなくそそくさとオタルバの寝室を後にするのだった。
ロブは外の木の根に座りながらオタルバに会議の際の協力を申し出た。
聞けばオタルバも大賢老の決定の動機を知らず、かつ会議で決まったことをイェメトが覆すなどということは今回が初めてだったらしくとても憤っていた。
「あたしは言ったんだ。得体の知れない赤ん坊を攫うことに何の利点があるんだって」
反対派は皆同じ意見だったという。
ジウの不可侵性は例え帝国軍でも容易に破れるようなものではない。
しかし赤ん坊を攫えば奪還の大義名分を与えてしまう。
秘匿の赤ん坊であるので直接軍隊は送ってはこれないだろうが刺客の類は必ず送り込んでくるだろう。
そうなったらジウの平和は終わりだ。
ジウだけじゃない。周辺の島嶼諸国にだって迷惑をかけかねないのだ。
オタルバ達の懸念はロブの懸念と合致していた。
「ああ、俺もそう思ったんだ。ジウの信頼は地に落ちるだろう」
「あんた、それが分かっててラグ・レに手を貸したのかい?」
「懸念はあったが秘策があると思っていた。そうでもなければ無謀すぎる」
「……ジウは聞いても何も答えてくれなかった。ただイェメトと一緒に何かを企んでいることは事実さ。決定を無視するやり方は共同体の掟で一番やっちゃいけないことだってのにそれを承知でやらかしたんだ、きっと何か策はあるんだろうね」
「イェメトは大賢老と……普通の仲ではないとイェメトが言っていたがあの二人はどういう間柄なんだ?」
「主従関係だとさ。ジウが契約してイェメトを従わせているんだ。何百年もね」
「契約?」
「よくは知らないよ。ただあの二人の魔力は桁違いだからね。戦士による合議制とはよくいったもんで、結局はジウとイェメトが結託しちまえばあたし達がどれだけ反対しても押し切られちまうのさ」
「つまりジウは二人による独裁だと?」
「そう思われても仕方ないね!
」
オタルバは根に寄りかかりながら忌々しそうに呟いた。
大賢老の強行があるまできっと信頼していたのだろうがその信頼は揺るぎ始めているようだ。
「ところで……遠くを見るという能力はイェメトも持っているのか?」
ロブは気になることがあってのでオタルバに聞いてみた。
オタルバは急に話が変わったことにきょとんとしたが、暫く頬に手を当てて考えた。
「いや、どうだろうね……たぶんないと思う。出来てもやれないだろうね。大規模な結界を張る範囲魔法を昼夜問わず発動させ続けるって簡単なことじゃないよ。いくらイェメトでもその状態で他の事は出来ないはずさ」
「遠くを見るという魔法は他に誰か出来るやつがいるか?」
「さぁね。あとあの力は厳密に言えば魔法じゃないよ。気脈を辿った先にある魔力の質から誰が何をしているのか推理しているのさ。気脈を知り魔力を理解してなきゃ到底出来ない芸当だからね、世界広しとはいえどたぶんジウ以外に出来る奴なんていないだろう」
「そうか……」
「なんで急にそんなことを聞くんだい」
「……俺が帝国の兵に追われて崖から落ち溺れた時、海に沈む俺を二対の目が見ているような感覚がしたんだ。大賢老に会った時に大賢老とは初めて会った気がしなかった。それは、あの時に自分が見ていたから既視感があったんだろうと、大賢老が自ら告白したんだ。だが……イェメトに会った時にはそれを感じなかった」
「つまり、桁外れの魔力を持つ者が他にもいると?」
「ああ、それは……」
「皇帝かい」
ロブは頷いた。