時を待つ 10
ロブが階段を降りていると下から駆け登ってくる二つの光が見えた。
それは徐々に輪郭がはっきりしていき一人は見知った少女だということが分かった。
あの外見は紛れもない、ラグ・レだ。
ラグ・レはロブが上で佇んでいるのに気付くと満面の笑みで叫んだ。
「ロブ・ハースト!」
後ろのノーラは心の中でブランクに舌打ちした。
「ラグ・レ。無事で良かった」
「こっちの台詞だ!」
ラグ・レは全速力で傍まで駆け寄ってきたがロブの顔を見て急に立ち止まり、怪訝な顔をして覗き込むようにゆっくり近づいた。
どう考えてもロブの顔に巻かれている布が視界を奪っているようにしか見えなかったからだ。
「……なんだ、目をどうした?」
「ちょっと失明した。だが見えているから心配するな」
「見せろ!」
「やめろ」
おかしな事を言うロブに飛び付くラグ・レ。
身長はロブの胸にも届かないので虫のように張り付いてよじ登ろうとした。
ロブは目隠しを取ろうとするラグ・レに抵抗して腕を上手く交わしたり、逆にラグ・レの髪の毛をわしゃわしゃと乱れさせて防衛した。
失明したなどという冗談は感心できないがあきらかに見えているその様子にラグ・レは安心した。
嬉しそうにロブ・ハーストに飛びかかるラグ・レを見てノーラは複雑だった。
イェメトにも謁見し落胆もしていないところを見ると住人として認められたのだろうからノーラにはもはや異論を挟むことは出来ないが、ジウはいったい何を考えているのだろうかと思った。
「ジウにはなんと言われた? 願いは叶いそうか?」
ラグ・レは気がかりだった。
ロブの苦しみを救えるのはジウしかいない。
会わせるといって協力を仰いだのにラグ・レはロブをジウに引き合わせることが出来ず、結局ブランクに託してしまった。
結果的には上手くいったようだが義に欠ける行いだと恥じていたラグ・レは万が一ジウがロブに良い返事をしなかった場合は合わせる顔がなかった。
ロブもラグ・レが何に不安を感じているのか察したようで安心させるように腰を落としてラグ・レの目線で向き合った。
「願いは……そうだな、大賢老にはお前のやろうとしていることは償いではなく逃避だと言われてしまった。残念だが俺の願いに手を貸してくれる気はないらしい。だがな、ラグ・レ。お前には礼を言わねばならん。お前が俺を誘ってくれたおかげで俺はジウに辿りつくことが出来た。そして大賢老は俺に新たな目的をくれた。俺はここで魔力について学ぶ。それが俺の今後やるべきことになった」
「魔力!? ロブ・ハーストお前、魔力があったのか!?」
ラグ・レとノーラは驚いた。
確かに普通の人間でも魔力を持つ者がいないわけではない。
現にジウは亜人ではなく元々は普通の人間だった。
魔力を持つ者はしばしば何らかの能力に秀でている者が多く、最強の兵士と呼ばれるほどの身体能力を持つロブが魔力を持っていてもおかしくはなかった。
魔力を持っていることと魔法が使えることは同義ではないが少なくともロブは高い次元でジウに認められたといっても過言ではない。
近代化が進み古の力が失われつつある現代においては魔力保有者の発見は貴重であり、理を知る者は一人でも多い方が良いというのがジウの教えであった。
「話せば長くなるんだがな……。時間はあるか?
お前には話しておきたい。……ところでそっちは?」
急に話を振られたノーラは驚いて背筋を伸ばした。
ロブに礼を言われたことで益々上機嫌になったラグ・レは元気いっぱいに女性をロブに紹介した。
「ノーラだ! カヌークでお前と合流するはずだったが上手くいかなかったな」
ノーラはいつもの健康的な笑みではなくぎこちない笑みを浮かべて軽く頭を下げる。
「ノーラだよ。上手く落ち合えなかったみたいだね、ごめん」
「気にするな。おかげで色々な縁ができた」
「そ、そう……」
「ロブ・ハースト! 広場に来い! みんなに顔合わせだ! あと飯は食ったか? 積もる話ならゆっくりと聞くぞ!」
「広場か。じゃあ案内してくれ」
ラグ・レは大きく頷くと小動物のように今登ってきたばかりの階段を駆け降りていった。
遠くで手を上げて遅いと叫んでいるラグ・レの元気な姿を見ていると心がほだされるようだ。
ノーラと目があったがすぐに逸らされてしまい、その横顔は自分に対してあまり良い感情を持っていないように思えた。
誤解があるなら早めに解いておきたいものだと思いつつロブはラグ・レの元に向かった。
広場は大樹の入口の側にあり、樹皮を広くくり貫いて設けられたかなり広い空間だった。
そこでロブは新住民として挨拶をした。
話を聞きつけた住人が次々にやってきてロブを歓迎する。
途中で服を着替えたブランクも合流し、ノーラ達と再会を喜んだ。
ジウの人口は思った以上に少なかった。
何人いるかしっかりと数えた事はないそうだが、大まかに見積もっても三百人くらいだと亜人の住人が教えてくれた。
三百人が内側で暮らせる木と考えればそれはそれで凄いのだがこれでは本当に国家と呼ぶよりは共同体と言ったほうが似つかわしかった。
ロブの記憶から似たような組織形態を探るとジウの運営は孤児院に近いものを感じた。
各所からつまはじきにされた者たちが寄り付いた最後の地。
そして人々はジウの教えを守り、ある者は魔力の理解に励み、ある者は清貧に生きようと心がけて暮らしていた。
それ故か殆どの住民はロブに興味を示してはいるものの出自について深く詮索してくる者はいなかった。
そう考えるとラグ・レやブランクは実に聞きたがりだった。
ラグ・レはよく知らないのでともかくブランクは辛い幼少期を過ごしたであろうに他人の過去に興味津々なのはまだ年若いからだろうか。
単に繊細さに欠けるだけかもしれなかった。
挨拶が一段落するとロブはまずラグ・レから自分と別れた後の事を聞いた。
ラグ・レはラグ・レでずいぶん大変な思いをしたようだ。
そして今度は自分の話をする。
ラグ・レはロブの目が呪いの副産物で光だけを感じているということにかなりの衝撃を受けていた。
自分のために囮になってくれたから、それさえなければかつての仲間に斬られることもなかっただろうにと悲しむラグ・レの頭を優しく撫で、ロブは気にしていないと何度も繰り返した。
魔力さえ学べばうまく付き合っていけるかもしれないのだ。
悲観ばかりしてはいられなかった。
「あとはレイトリフ大将の要請の件を、今夜大賢老の神殿で話し合うことになった。イェメトが言うには有力な戦士を集めて会議をすると言っていたが……」
ジウが大きな決断をすることになるだろうということは誰もが理解していた。
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