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時を待つ 4

 ジウの大樹の下で殺し合いが始まる。


「いい度胸だね」


 オタルバはロブの肝の据わり具合に感心したようで少し笑ってみせた。


 ロブも笑顔で返し、駄目元で交渉してみる。


「脈がありそうだったら大賢老に会わせてくれ」


「それはあたしが決める事じゃないね」


「そうか」


 審判のオタルバなどと呼ばれているが彼女には大賢老に会わせる会わせないの権限はないようだ。


 するといったいここで行われるのは何の審判なのだろう。


 戦闘で彼女に勝てる者もそうそういないだろうから本来この決闘は単純な戦闘力を見るためのものではないはずだ。


 だとしたら何が入場の選考基準なのか、正面突破が難しそうである以上そこに気が付かないとオタルバに認めさせることは出来なさそうだった。 


「せめてもの情けだ、戦士として死なせてやるよ。武器は剣でいいかい?」


 オタルバが気前の良い事を言ってきたのでロブは得意の槍を所望した。


 どうせなら使い慣れた武器で万全の態勢を整えたいし、間合いは少しでも広いほうがいい。


 相手の力量がどれほどなのかを知るには今しばらく時間が必要だ。


「よし。ブランク、持ってきな!」


 ブランクは頷くと大樹の麓にあるオタルバの住居と思わしき粗末な小屋へと走っていった。


「さて、手加減はしないよ。一瞬で首の骨をへし折ってやるから安心しな」


「ありがたい心遣いだが俺は大賢老に会うまで死ねないんだ」


「一応聞いてやるけど何故ジウに会うことを望むんだい?」


「何の罪もない子供を手にかけてしまったからさ」


「なんだいそれは」


「戦争でな。やってしまったんだ。無抵抗の、非武装の島嶼の子供だった。疑心暗鬼で、自分が生き延びたくて俺は、最も穢れた行為に手を染めてしまった。だから俺はもう兵士じゃないんだ」


「…………それで?」


「死にたいと思ったこともある。だけど俺を裁くのは俺じゃない。ふさわしい相手は必ずまだ島嶼の何処かにいる。そこに導いて欲しくて、俺はここに来た」


「なんというか……呆れた男だね。子供の親に自分を殺させるためにジウに人探しさせようってのかい。馬鹿馬鹿しい……あんたの自殺に他人を巻き込むんじゃないよ」


「ならば余計に俺はどうしたらいいのか、大賢老に導いてもらいたい」


「でかい図体した坊やが。いい歳してんだから自分の尻くらい自分で拭きな!」


「持ってきたぞ!」


 忌々しそうな顔でオタルバが吐き捨て、次いでブランクが持ってきたのは奇しくもロブの愛用の槍と同じ型の槍だった。


 恐らくはオタルバに戦いを挑んだ誰かの置き土産なのだろう。


 使い古されてはいるが手入れはしっかりと行き届いていた。


 嵐の夜にサネス一等兵に折られてから暫くは銛や櫂など適当なもので戦ってきたものだ。


 堅くも柔軟性に富んだ材質の持ち手がしっくりと手に馴染む。


 かつてリンドナル方面軍時代に塹壕で肉弾戦を挑んできた島嶼の名もなき戦士に感銘を受け、それから彼の遺品を手にして戦場をかけてきたロブの体に戦いの感触が戻っていった。


「最期の言葉はいらないね」


「ああ。不要だ」


 オタルバはロブが構えたのを確認し……。



 それは一瞬の出来事だった。



 足元の土を爆ぜさせ瞬く間もなくロブの懐に入ったオタルバの左の拳がロブの顎の下の柔らかな肉に食い込んだ。


 逃げ場のない衝撃が一直線に頸椎に到達し鈍い音を立てる。


 同時に右の拳は正確に肋骨の下を抉り心臓を潰した。


 容赦のない急所の同時破壊だった。


 首の皮が伸び壊れた人形のように後ろへ吹き飛ぶロブを見てブランクは悲痛な叫び声を上げた。


 最強の兵士と呼ばれ化身装甲とも生身で渡り合った男でさえオタルバの一撃を防ぐことが出来なかった。


 即死。


 物言わぬ亡骸となった男をオタルバは静かに見降ろしていた。




 大樹、内部。


 蟻の巣のように木をくり抜いて出来た部屋の中で物憂げに机に伏していた女性がいた。


 小麦色の肌に赤い髪、筋肉質の体にあどけない顔立ちの娘だった。


 娘は耳に微かに聞きなれた若者の声を聞いた気がして顔を上げる。


 傍には黒髪の小柄な少女もいた。


 少女は眉の代わりに赤い塗料を横一線に書き、口元の左右には黒い斑点を入れた風変りな化粧を顔に施していた。


 手に持ち縫っていたのは鞍だ。


 少女はほつれた鞍を修理する手を止めて娘を見た。


「どうした、ノーラ?」


「ん? なんかブランクの声が聞こえた気がしてさ」


「おお! 本当か?」


「わかんない。この間も気のせいだったし」


 目を輝かす少女に赤髪の娘ノーラは慌てて手を振った。


 ブランクはノーラの忠告も聞かず律儀にロブ・ハーストを待ち続けたのか、ノーラ達がジウに帰ってから暫くしても戻ってくることはなかった。


 心配が極まってしまったのかノーラはつい先日もブランクの声を聞いた気がしてジウの入口まで行き肩すかしを喰らったばかりであった。


 あの馬鹿のことだからどうせまた余計なことをしているに違いないので待ってやるだけ無駄だ。


 無駄に体だけは丈夫だから心配してやるだけ無駄だ。


 そう思ってもやはり友人の息災は気になるものである。


 しかし目の前の少女にそんな弱い姿を見せたくないノーラは変に強がっていた。


「行くぞ、ノーラ! 出迎えて労ってやらねばなるまい」


「いいよぉ別に。虚しい思いしたばかりじゃないか。帰って来たならどうせこっちに来るんだから出迎える必要なんてないさ」


「馬鹿を言え。虚しい思いなど奴らには関係のないことだ。こっちが早とちりしただけなのだからな。ほら立てノーラ、行くぞ! 再び会えて嬉しいという気持ちは何度あっても良いものだろう!」


「あっラグ・レ! 待ちなよ……」


「きっとロブ・ハーストもいるぞ!」


 無邪気に走り出す少女、ラグ・レの背を追いノーラもジウの門へと急いだ。


 これだけ遅かったということはラグ・レの言う通りきっとブランクはロブ・ハーストも連れてきてしまっているのだろう。


 それは永久中立のジウが帝国の犯罪者を匿ったという敵対行動を取ったことに他ならず、避けたい流れだった。


 しかし小さいラグ・レにはそんなことは分からない。


 ハーストはどういうわけかラグ・レのお気に入りであり、既にかけがえのない仲間なのだ。


 どうせオタルバに追い返されるのが関の山なのだからその前に会わせてやったほうが良いのかもしれない。


 そしてブランクは確実に折檻されるのだからその前に温かく出迎えてやっても罰は当たらないだろう。


 少女たちが後にした部屋には無造作に投げ置かれた補修途中の鞍だけが残った。


 明かり窓から差し込む陽光が鞍を優しく照らしていた。

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