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時を待つ 3

 ブランクとロブはオタルバと対峙した。


 光の強さも然ることながらロブは長年の経験からオタルバから溢れる強者の気配を感じ取っていた。


 確かにブランクの言う通りだった。


 これは敵いそうもない相手だ。


 オタルバは右手を腰に当て、左手はだらりと伸ばした自然体の格好で佇んでいたが既にロブの立っている所はオタルバの間合いの中だった。


 飛び道具を持っているわけでもなく彼女は素手であるはずなのに間合いは槍のそれよりも遠い。


 今ロブは無手だが得意の得物を持っていたとしても必ずオタルバに先手を取られるだろう。


 そして先手を取られたら最後、命はないはずだ。


 オタルバの血管の浮いた前腕は女性の胴体と比べてかなり太く亜人の特性も相まってかなりの力を有することが一目瞭然だ。


 願わくば審判とやらが勝敗のあるものでないことをロブは心の中で願った。


 そんなロブをオタルバは目を細めてじっと見つめていたが、少し目を見開いてブランクに向き直った。


 ブランクが酷く緊張している気配は後ろのロブにもひしひしと伝わってきた。


「ブランク。あんた、とんでもないことをしでかしたもんだね」


 悲しみと憂いを含んだ声色だった。


 とんでもないこと……当然それはゴドリック帝国から皇帝の赤子を攫ってきた事を言っているのだろう。


 今度はオタルバからゆっくりとブランクに近づいていった。


「あんたはあたしにこう言った、ただ魚を獲りに行くだけだってね。だからあたしはこう言った、信じてもいいのかって」


 緊張で喉が急激に渇きブランクは空唾を呑みこんだ。


 その音はロブにも聞こえる程だった。


「オタルバ、ご、ごめんよ……俺は」


「あんたは言ったねぇ、信じてくれって。だからあたしはあんたらを外に出してやった。でもあんたらはあたしの信頼を裏切った」


 そういえば、とロブは思い出した。


 オタルバは赤ん坊を攫う計画に反対していたとブランクから聞いていた。


 随分と簡単な嘘で騙されるもんだと思ったがすぐにそれは違うと分かった。


 オタルバはブランクたちの嘘を嘘だと分かった上で全面的に信じ、彼らの良心に訴えたのだ。


 ブランクもそれは分かっていたのだろうが真実を言えばオタルバが通してくれない事も分かっていた。


 だから嘘をつかざるを得なかったのだ。


「オタルバ、聞いてくれ。必要なことだったんだ。大賢老の意志は聞いただろ?」


「あたしに嘘をつくことがジウの意志だってのかい? それと嘘は関係ないだろう」


「そ、それは」


「ブランク、いいかい? あたしが怒ったのはあんたが嘘をついたからじゃない。不器用なあんたの嘘なんか最初から御見通しさ。それよりも、だ。嘘の目的と場所のせいであんたたちが本当は何処にいるのか分からなくなる、それが恐ろしかったんだよ。あまり心配かけないでおくれよ」


 オタルバの声は優しく愛情に満ちていた。


 ブランクもそれがよく分かったようで俯いていた目を上げてオタルバを見た。


「オタルバ……ごめん」


 ブランクの正面に立つオタルバ。


 そしてオタルバはブランクの背に腕をまわし静かに抱擁……せずに首根っこを摑まえて顔を覗き込んだ。


「で、首謀者は……誰なんだい?」


 オタルバの見開いた眼は完全に座っている。


 威圧感が吹き荒れブランクは顔を引きつらせた。


「お、俺だよ。俺がノーラを誘ったんだ。そしたらたまたまラグ・レにも聞かれちゃって。二人には無茶な事させたって反省してる」


「ふん。嘘の上塗りは感心しないね。イェメトだろ、唆したのは? あんたらは役に立ちたいって気持ちが急いていたからね。そこを付けこまれて……。そんなことする必要はなかったんだ。まあ自己犠牲の精神は認めてやらないこともないよ」


「オタルバ……」


「後でお仕置きだ。ノーラとラグ・レは保留にしておいたからね。三人分覚悟をし」


「お、オタルバ! ごめんてば!」


「首謀者なんだろ。嘘もついた。ばれたら責任を取るもんだ。甘ったれんじゃないよ。さて……」


 蒼白になるブランクを解放しオタルバはロブを見つめ眉根に皺を寄せた。


 ロブは初対面なので軽く一礼してみせた。


「あんたがラグ・レの言っていたロブ・ハーストだね」


 どうやら既にラグ・レが口聞きしてくれていたようで名前は知られていたものの、印象は芳しくないようでオタルバの瞳には明らかに敵意が宿っていた。


 嫌われるようなことをラグ・レは報告していないと思うのだが第一印象が悪かったのだろうか。


 オタルバはロブを凝視し鼻をひくつかせると瞼をゆっくりと閉じた。


「なるほど、混じってるね」


「混じる?」


 訝しみロブが尋ねてもオタルバは返事を返さない。


 それどころか再び開かれた目は殺気を帯びていた。


「悪いけどあんたはジウに入れることは出来ない。ここで死んでもらうよ」


「なっ!?」


 勝手に一人で話を進め、急な死刑宣告を言い渡したオタルバに驚いたのはロブではなくブランクだった。


 オタルバは今まで何人もの来訪者と戦ってきたが命に係わる怪我を負わせた者など一人としていなかった。


 にも関わらずロブは殺害を予告されたのだ。


 ブランクはこのような事態を始めて見たのでオタルバの言葉が信じられなかった。


「オタルバ! 気は確かか? 聖なるジウの膝元が穢れるぞ!」


「あんたこそ気は確かかい。亜人の端くれが情けないね。あんたはそいつの邪な気配を感じないのかい?」


「なんだよそれ!?」


 ロブはなおも食い下がろうとするブランクの前に出ると手の甲でブランクの胸を押して制した。


「冗談ではなさそうだ……ブランク、離れていろ」


「ロブ……!」


「見たかったんだろ? 俺とオタルバが戦うところを」


 何も言えずロブとオタルバを交互に見ていたブランクだったが両者の覚悟が決まっていることを悟ると今にも泣きだしそうな顔をしてゆっくりと後ずさりしていった。

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