時を待つ 2
ジウへの道のりは上陸してからも至難を極めた。
踏み固められて草が生えなくなった道はロブが寝転がっても路傍に届かないほどの広さがありそれがずっと続いているので迷うことはないが、なにせ整地されていない悪路である。
実際には直線距離にして大したことはないのかもしれないが、沢へ下りたり急勾配を蛇行して登っていったりと高低差の大きな道だった。
むき出しになった木の根っこは踏まれて光沢が出ており長く往来があった歴史を感じさせるが、先人はよくこんな所を歩いたものだ。
脇腹や腕など、まだ傷が完全には癒えていないロブは少々疲れを感じていた。
「それにしても聞いていた話とはずいぶん違うな」
涼しい顔でひょいひょい先を進んでいくブランクはロブが悪態をついたので振り返る。
歳だとは思いたくなかったがやはり亜人の若者であるブランクには体力面では到底敵わないようだった。
「ん、ジウのことか?」
「ああ。アルマーナに隣接するって話だったから行くのは難しいとは思っていたが。来てからも物理的な難所だらけじゃないか」
「そうかなぁ」
「弱き者、惑う者に開かれた聖地じゃないのか。正解の道から外れないように海漂林を抜け、山を抜け、ようやく辿りついたと思ったら今度は審判だろう? 誰が辿りつける」
「なんだよロブ、疲れたのか?」
「そういう話はしていない。弱者は到底辿りつけないんじゃないかって話をしている」
「そりゃあな。単独で辿りついた奴なんて繋世の巫女くらいじゃないか?」
「ここにも来訪伝説があるのか。でもおとぎ話は数に入れるな」
「だったらないな」
「じゃあどうやってジウに辿りつく?」
「アルマーナの住人は排他的だけど迫害されて追われてきた奴には同情する。明らかに同情の余地があって、亜人で、なおかつアルマーナに溶け込みそうな奴ならアルマーナに迎え入れる。同情の余地があっても人間だったりアルマーナの掟に従えそうにない奴はジウの入口までは連れてってやるんだよ」
「それ以外の人間が入国しようと思ったらあの浜辺までの道を辿らねばならないということか」
「そゆこと」
「お前はオタルバに憧れてジウ入りしたって言ってたな。アルマーナはそれを許さなかったわけか」
「俺は亜人の中でも見た目が人間に近かったから物心つく前からめちゃくちゃ虐められてたんだよ。死にたくなかったしさ、見返したかったからオタルバに弟子入りしようと思ってジウに逃げ込んだんだ。そんな俺をジウは受け入れてくれた。だから俺の故郷はジウだよ」
「……そうか」
また不躾な質問をしてしまったと後悔したロブだったがブランクは気にしていないようだった。
それにしても迫害されてきた歴史を持ち差別に敏感なはずのアルマーナの民が、人間に似ているからという理由で同族の子供を排斥し故郷ではないと言わしめるとは皮肉な話だった。
「ほら。もう少しだから頑張って」
「別に疲れたわけじゃない」
ロブは大きく息を吐くと勢いよく坂を上っていった。
暫くすると光は一層増し森の匂いが強くなっていった。
ジウが近い、とロブは本能的に思った。
光に再び目が慣れてくるとその空間は目の前に現れる。
大きく開けた空間だった。
そこには超大な樹木がそびえ立っていた。
アルマーナ入りして今まで見てきた木々も太く立派なものであったが桁外れだ。
幹から伸びる枝は一本一本が通常大木と呼ばれる大きさの木よりも太く空を埋め尽くさんばかりに広がっている。
海上から山のように見えていたのはこの一本の木だったらしい。
あれがジウか。
ロブは確信した。
呆けるロブを見てブランクが笑った。
「すごいだろ。あれがジウさ。あそこで色んな種族が共同生活しているんだ」
成程、聖地と呼ばれるだけの神秘性はあるとロブは頷いた。
いよいよ大賢老に会える。
ロブとブランクは坂を駆け下り湿地帯へと歩を進めた。
ジウの膝元は蓮や苔に覆われた湿地帯となっていた。
開けているのはぬかるんでいるが故に他の木々は根を張れないからなのだろうが、つまり威風堂々と鎮座する巨木は恐ろしく根も深いのだろう。
巨木へは一本の道が続いている。
木漏れ日が無数に漏れ、咲き誇る花々に蝶が飛び交う様は幻想的だった。
しかしロブにはその美しい光景も強い光にしか感じられず目を閉じることも出来ないのである意味苦痛でしかなかった。
そして脳内では何かが這いずり回っているかのような感覚が強くなり美しさを感じている余裕などなかった。
道を進んでいると先に人影が佇んでいるのが見えた。
恐ろしく強い光を放っている。
その人物は普通の人間の目には亜人の姿に見えた。
引き締まった肢体は彫刻のようで、僅かな布で隠された胸の膨らみから女性だということが分かった。
しかし顔つきからは性別は不肖だろう。
何故なら頭は完全に豹のそれであるからだ。
両足の膝から下も動物の特性そのままであり、人間と動物を継接ぎしたような異形の姿だった。
その女性……審判のオタルバは仁王立ちし二人を睨みつけていた。