凌ぎ 10
日が傾いた。
潮の向きが変わった。
ブランクの船は軍船から解放され出航した。
もはや夜を待つ必要はなかった。
小さくなっていく漁船に手を振るティムリート。
漁船のほうでもブランクが大きく手を振りかえしていた。
「で、ティムリート君、あれはどうだったかね?」
隣で船を見送っていたレイトリフがティムリートに尋ねる。
ティムリートは抜かりのない顔で自慢気に答えた。
「はい、しっかりと船底に隠してありましたよ。私以外の者が中を見た形跡もありません。今は私の船室に置いてあります」
「よし。……それにしても軍曹がクランツのことを話し出した時は肝が冷えたよ」
「別に打ち明けても良かったのでは?」
「いや、クランツの性質からして旧知の中でも本気で殺しにかかっていたはずだ。それを弁明するのはややこしくなる」
「それだけ聞くと人選間違えましたね」
「あんな兵器を調整もなしにいきなり使える化け物はあやつくらいしかおらんからな、仕方がないことだった」
「帝都の犬も峠で引き返しましたし、今の所順調って感じでしょうか」
「ああ。あとは彼らの働き次第だな……」
軍船も出航の準備が整った。
レイトリフとティムリートは今一度漁船に目を向け、そして船室へと戻っていった。
一方、漁船では。
「レイトリフ大将、信用に値しないな。隠し事が多すぎる」
「隠し事?」
軍船から手を振るティムリートに全力で手を振りかえしていたブランクはロブの冷めた声に聞き返した。
「ああ。俺が最後にした質問を覚えているか?」
「クランツってやつのこと?」
「ああ。あれで分かった。レイトリフはこの期に及んで隠し事をした」
「わりい、俺に分かるように説明してくれない?」
「……クランツとは久しく会っていなかった。だがあいつはいつの間にか平和なテロートの町で官憲をやっていた。俺が軍に追われて海に落ちて流れ着いた小さな漁村はテロートの管轄地だった。村人から通報があって漁村に駆け付けた官憲の中にはクランツの姿があった。そのクランツが装甲義肢っていう帝国の新兵器と思わしき装備を身に付けていた。エキトワ領に配備された新兵器は化身装甲が二機だけだったはずだから本来ならあり得ないことだ」
「レイトリフが渡したってこと?」
「恐らくな。どうやって誰にも気づかれずに新兵器の輸送をしたかは分からないが、さっきレイトリフは自分でエキトワにも協力者がいるって言っていただろ? おそらくその伝手を使ったんだろう」
「なんのためにだよ」
「恐らくだが……俺が盗み出した重要機密の在り処を誰よりも先に手に入れたかったんだろう。俺がサネス一等兵の化身装甲と渡り合ったと知って、急きょ伝手を使ってクランツに装甲義肢を預けて捕縛するように頼んだんだと思う」
「なるほどね。それが失敗したから今度は自分が出てきたわけか」
「ああ。でも直前のノーラ達の件で重要機密はもう島嶼のどこかへ運ばれてしまったと知った。だからもう重要機密の在り処を聞いても意味がない。それで予定を変更し俺たちに仲介を頼んできたっていう寸法だろうな」
「うーん、でもまぁ流れとしては理解できなくもないんじゃないか?」
「あとはレイトリフがブランバエシュを擁立している件も気になる」
「なんで」
「ハイムマンに聞いたことがある。レイトリフは相当の野心家だとな。そんな奴があっさり身を引いて旧主の擁立に動くなんて何か裏があるとしか思えない。信用できない」
「ハイムマンってあいつの娘だろ? 会ったことあるのか」
「ああ。撤退戦の最中にな」
イムリント撤退戦中、既に半数以下の兵力になっていたロブたちプロツェット隊はある島で偶然ハイムマン隊と出くわした。
ハイムマン隊はプロツェット隊よりも少ない人数となっていた。
アロチェット、ハイムマンらリンドナル方面軍の本営は地震による津波で一番の被害を受けていた。
ハイムマンは大将だけでも無事に本土へ送り届けようと、僅かな生き残りの殆どをアロチェットに預け、大将に責が及ばぬよう自らの名前で交渉の船を出し、自身は他の生き残りの将官たちと兵を分け僅かな人員で島々へ分散し囮となっていたのだった。
前線部隊を囮にされたと思いハイムマンに怒りを覚えていたプロツェットは、しかしハイムマン隊の状態を見て諸々を察し合流を願い出た。
それから本土への撤退までロブはハイムマン隊として行動したのだった。
撤退の休息中は誰もが自分の話をした。
それはお互いがお互いを覚えていてもらうためだった。
その時ハイムマンはレイトリフのことを話していた。
実の親ではあるがあの男は信用しないほうが良いとまで言っていたのだ。
「ハイムマンは信用に足る女だった。そいつが言うのだから間違いない」
「でも書簡預かっちゃったじゃないか」
「預からなければずっと拘束されていたぞ。……しかし逃れるための方便とはいえ書簡を俺たちで処分してしまったらジウとバエシュ間の信用問題になりかねん。だから一応の義理は通して大賢老に一筆頂くつもりだ」
「一筆かぁ……出来るかな」
「やるしかないだろ」
ブランクの漁船はサロマ島を経由した。
追っ手の類がないことの確認も必要だったし、このままジウへ向かっても到着が真夜中になってしまうからだ。
だから朝まで鋭気を養う。
二人はサロマに上陸し一晩過ごすことにした。
いつの間にか空には満点の星が広がっていた。
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