凌ぎ 9
ティムリートは一同の茶器を片付け、新しい茶器を用意した。
今度のお茶は甘かった。
柑橘系の香りに、恐らく果糖が加えられている。
ブランクに文句を言われたのが悔しかったらしい。
「あ、うめぇ!」
素直なブランクの感想に勝ち誇った顔をするティムリートであった。
「さて、話をまとめよう」
レイトリフが言った。
「私はセイドラント候を倒す。そしてそれを機にバエシュにて挙兵し現政権には御退陣いただく。決行は大転進記念祭が終わりセイドラント候が帝都へ引き返す道中。その際にはジウの魔法使いに御同行願いたい。これが私の方針であり願望だ」
「で、俺たちには大賢老に話を付けてもらいたいってか」
「そういうことだ」
「では質問」
「うむ」
「ジウの協力を得られなかった場合はどうするのですか?」
「御返答に期限は設けさせて頂くつもりだよ。祭の一か月前が期限だな。良い返事が得られなかったら大人しくやり過ごすつもりだ。次の機会を待って、その間にはジウに良い返事がもらえるまで何度でも交渉を重ねる。ジウが望む条件があれば出来るだけ叶える、その姿勢は崩さないと約束しよう」
「なるほど。ではもう一つ」
「ああ」
「現政権に御退陣いただくと仰っていましたが、ブロキス帝を倒した後の国の舵取りは如何なさるおつもりですか?」
ロブが一番聞きたい答えだった。
ブロキス帝の政治はめちゃくちゃだ。
誰かが倒さねばならないのは分かっている。
しかし倒すことよりも倒した後の政こそが肝要だ。
その即位には大義がある人物が就かねばならないだろう。
残念ながらレイトリフは駄目だった。
レイトリフ家はその昔、バエシュ国の重鎮であったが帝国のランテヴィア統一の折に親帝派としてバエシュ王を退けた過去を持つ一族だ。
今回再び主家に弓引いたとあれば実に外聞が悪い。
だがジョデル帝の一族であるゴドリック家はもっと駄目だった。
ジョデル帝がブロキス帝に倒された時、一族はいち早く帝都から帝国発祥の地であるリベルアンネへ逃げ落ちてしまったのである。
その他、各領地にいる縁戚の貴族たちも沈黙を押し通し、あろうことかブロキス帝にこびへつらう家もあったらしい。
独裁政権の欠点か、ゴドリック家には身内に気概のある優秀な者が誰もいなかったのだ。
それでもロブは此度の政変の総大将がレイトリフであり、新政権の玉座に座るのもレイトリフ自身のつもりであったら支持しないつもりでいた。
優秀でないのなら補佐すれば良いだけのことだ。
無論、傀儡政権にならないように目を光らせなければならない。
果たしてレイトリフは誰を総大将に揚げるつもりなのか、それを見極める必要があった。
「よくぞ聞いてくれたな」
そんなロブの思惑をよそにレイトリフは不敵な笑みを浮かべた。
「ティムリート君、彼がここにいる理由はその証明である」
レイトリフの言葉にティムリートは腕組みをして胸を反らした。
ロブとブランクは首を傾げた。
「そいつ? 給仕だろ」
「ぶっ!? 無礼なやつめ、こんな高貴な給仕がいるか!」
「高貴だって!?」
「ブランクよせ。……そういえば姓を伺っていなかったな」
「軍曹、エインカヴニ。彼はティムリート・ブランバエシュ。現当主、ナダル・ブランバエシュ公の御嫡子だよ」
「!!」
よく分かっていないブランクとは裏腹にロブは驚いた。
バエシュ王ブランバエシュはレイトリフ家によって王座を追われ、一地方領主に成り下がってしまった一族だ。
しかも政治に介入する権限も剥奪され与えられた僅かな領地で寂しく暮らしていたはずである。
その転落の歴史から現領主のレイトリフ家には並々ならぬ怨み辛みがあったはずだ。
なのにその家の時期当主とレイトリフが共に行動しているとは。
「我らが共にあること。これだけでよく分かっただろう」
「なるほど。これがもう一押しというわけですか」
「その通り。新皇帝にはこのブランバエシュ家に即位して戴くつもりだ。現当主ナダル公の母君はジョデル帝の血を引く。つまり遠戚であり大義も充分だ。私が大転進記念祭に赴いている間にナダル公にはバエシュ領で挙兵の時を伺って頂く。どうだ、これで疑念が晴れただろう」
「……失礼ながら両家は仲が宜しくないと思っておりましたので意外でした」
「私もナダル公の懐の広さには感謝しているよ。ともあれ、ご覧のとおりこちらの支度は万全だ。あとは……」
「俺たち次第ってか」
「頼りにしているぞ。君たちの今後を左右する話でもあるのだからな」
ロブとブランクは顔を見合わせた。
そしてロブは懐に親書を仕舞い、ブランクは頷いてみせた。
「最後にお聞きしても宜しいですか?」
ロブの再びの問いがあった。
レイトリフは若干身構える。
「内容にもよるが、答えられることなら答えよう」
「酔いどれクランツを御存知ですか?」
レイトリフは拍子抜けした。
いったいどんな質問が出てくるかと思えばそんなことか。
話の順番的にふさわしくない気もしたが、その程度のことならば答えられるレイトリフであった。
「アルバス・クランツ。もちろん知っているよ。君と同じくプロツェット隊で活躍した兵士だ。そして、君と同じく撤退戦後にハイムマン隊所属と資料が改竄されていた者でもある。それがどうかしたのかね?」
「彼の居場所は御存知ですか?」
「ああ、知っているとも。彼は今テロートで官憲をやっているね。どういう人事でそうなったかは知らんが彼には似つかわしくない職場だな」
ふと、レイトリフは気になった。
何が言いたい。
まさか、気づいていたというのだろうか。
顔には出さず警戒するレイトリフにロブは立ち上がりながら助言した。
「彼にも協力を要請すると良いでしょう。いや、むしろ彼は適任です。私はマノラの町で彼に襲われたのですが、私が反逆者となったことを酷く羨ましがっていましたよ。そして……彼は不思議な兵器を身につけていました。形状からしてリンドナル方面軍が多く所有しているという新兵器の装甲義肢でしょう。なぜ彼が所持しているのかは分かりませんでしたが、北の列強の備えとして念のために配備されたと考えれば合点がいきます。きっと即戦力になりますよ」
「ほう……最後に有益な情報を教えてくれたな。礼を言うよ。まぁ、接近を試みた事はあったんだ。だが軍と官憲じゃ組織が違うからね、彼には上手く接近出来ずに諦めていた。だが……何としても会いたくなったよ。ありがとう」
「お役に立てたようで良かったです」
そういうとロブは手を出した。
レイトリフはロブの手を握り返した。