凌ぎ 8
レイトリフはロブ・ハーストという男を計りかねていた。
目隠しをしているので瞳の奥にどのような感情を内包しているか分からない。
だがそれ以前になかなかの洞察力があり侮れない相手だと思った。
「……ハースト軍曹」
「はい」
「流石だな。そこまで考えが及ぶとは思っていなかった。君をみくびっていたよ。その通りだ」
「ど、どういうことだよロブ。あいつ俺たちのこと騙そうとしてたのか?」
慌てふためくブランクにレイトリフは頭を振った。
「誤解させてしまい申し訳なかったが反帝の挙兵は本気だよ、エインカヴニ。鎮魂記念祭真っ只中で挙兵はしないというだけだ。式典には多くの無関係の者も携わるからな。奴を倒すのは式典後だ。バエシュと帝都本領の境に山がある。油断した帰路を叩くのだ。そしてそれは少数精鋭で決行するつもりだ」
「……確かにそれなら帝政側に気取られる可能性は減るでしょう。が、先ほど貴方は勝算があると仰っていたはずだ。皇帝の不思議な力の噂が本当なら少数で挑むなどそれこそ無謀ではないでしょうか」
「確かに君の言う通りだ。だがね軍曹、私はエキトワの報告書をとある伝手で手に入れた時、そこに勝算を感じたのだよ」
エキトワの報告書とは誰の書いた報告書のことだろうか。
ロブを追っていたサネス少尉が報告書をまとめているだろうし、あるいはロブと退治したテロートの官憲がまとめたものの事を言っているのかもしれない。
しかしそれにレイトリフが勝算を感じるような内容はあっただろうか。
「まずはサネス少尉の報告書だ。そこに書かれていた詳細報告。この時はまだ点のままだった。……しかし、テロートの官憲の報告書も入手した。そこにはハースト軍曹、君が黒い稲妻を纏ったと書かれているじゃないか」
「…………」
「不可解そうな顔だな。私も多くの間者を持っている。言っただろう、エキトワに協力者は多いんだ」
「黒い稲妻?」
「なんだ軍曹、エインカヴニに言っていないのか。目隠しを取ってくれるかね?」
ロブは一瞬躊躇したが、観念したのか目隠しを取った。
「うっ!?」
ブランクは息を飲んだ。
ロブの両目は横一線に斬り裂かれていた。
その傷は生々しく、熱を帯びて盛り上がり、瘡蓋からは血が滲んでいる。
誰がどう見ても失明していた。
「やはりな……。すまなかった、もういいぞ」
目隠しをすることを許し、レイトリフは深くため息をついた。
「二つの報告書。見比べて分かった明らかな特異点。それが軍曹、君自信だった。君は周りがどう見えているのだ? 残念だが君の眼は傍から見るともう完全に光を失っている。障害にぶつかることなく自然体で歩けるなど、奇跡としか言いようがない」
「……私にもなぜこうなったか分かりません。マノラの町で、途中までは何も見えませんでした。しかしテロートからの官憲が来てそれと対峙した時、急に見えるようになったのです」
「映像が頭に浮かぶのかね?」
「いえ、光が輪郭を作っている感じです。色は明暗のみですので分かりませんが、それ以外は斬られる前とあまり変わりません」
「前例のないことだ」
レイトリフはお手上げの仕草をした。
「……俺がジウを目指す理由の一つでもあります。大賢老ならきっとなにか御存知ではないかと」
発言していてロブは気が付いた。
レイトリフも大きく頷いた。
「点と点が線になった。そしてエインカヴニ、私は君の仲間の所業を受けてそれを確信に変えたのだ」
「え……なになに。俺ぜんぜん分からねぇんだけど」
「エインカヴニ。ハースト軍曹と今まで行動を共にして、今彼の目を見て、どう思った?」
「どうってそりゃ……あり得ないだろって思ったけど」
「我々の想像を超えた力だ。まるでそう……魔法だ」
「!!」
ようやくブランクも合点がいった。
レイトリフのいう勝算とは。
皇帝に対抗できる力とは。
「おとぎ話の類かと思っていた。候の不思議な力とやらも私自身は見たことがない。一夜にして滅んだセイドラントも津波の被害だと推論できるし、候が一瞬で帝都に現れたという話は密議を行うために事前に帝都入りしていたと考えれば辻褄が合った。他にも手を使わずに気に入らぬ者の首を絞めた、などの話は科学的な根拠に基づいた奇術だと考えていた。しかし……報告書を読んで私は軍曹に興味が湧いた。そんな中で今度は不可能とも言うべき巡視船全隻の転覆事件ときたものだ。……エインカヴニ、君の仲間が使った力は魔法だね? ジウに使える者が僅かにいると噂されていた伝説の力は、本当にあったんだね?」
魔法。
現代においては大真面目に語れば語るほど正気を疑われる存在だ。
その力は何もない所から炎を出したり風を起こしたりするという。
想像上の神々や精霊が使うとされる類の力だ。
レイトリフの言う勝機とはこれのことだったのか。
ジウを味方につけ、魔法を使える者に皇帝と戦わせようという腹積もりだったわけか。
真っ先に軍勢を動かす件を話し始めたのは彼なりの配慮だったのだろう。
それほどに他人任せと言わざるを得ない計画だった。
「魔法とか、俺は知らない」
レイトリフの言葉には少し誤解があった。
ノーラの力は魔法ではない。
あれはただ単に海獣を従わせることが出来るだけだ。
だが……。
「良い。君が知らずとも親書を大賢老に届けてくれさえすれば。詳細はこの中に書いてある。ジウ、いや島嶼全ての利になる内容も添えてな」
そういうとレイトリフは手を上げた。
後ろに控えていた兵士が歩み寄り手に持っていたものをレイトリフに渡した。
書簡だ。
「君たちはもちろん解放しよう。追跡者をつけたりもしない。信用する。だから君たちも私を信用してくれ。頼む」
書簡を差し出してくるレイトリフ。
ブランクは悩んで手を出さないでいたがロブがすんなりとそれを受け取った。
「ロブ!」
「ブランク、お前の組織からすると俺は当然部外者だ。お前が持つより俺が持っていたほうがいい。それに受け取らなければこのレイトリフ殿、何をしてくるか分かったもんじゃないぞ」
「本人のいる前でよく言えたものだな。まぁ、受け取ってくれてありがとう。良い返事を期待しているよ」
その時船室の扉が開いた。
一同が見やると驚いた顔のティムリートが熱々のお湯の追加を持って立っていた。
「これは……もう話がまとまった感じか?」
「もう一押しだ。調度良いところに帰ってきたね」
レイトリフは残っていた冷え切ったお茶を飲み干した。
「さあ、もう一杯もらおうか」