凌ぎ 7
ジウは島嶼の騒乱の歴史の中で唯一切り離された存在であった。
求める者は受け入れるが進んで他方に介入することのない国である。
恐らくレイトリフはブランクたちがジウの差し金であると踏んでいるのだろう。
少なくとも願望が込められていることは明白だった。
「エインカヴニ、君たちがジウの意志で動いているのだとすれば話が早かった。だが答えて貰えない以上は現時点ではこちらも断定できる材料がない。しかしそのまま黙っていて上手くいくと思っているのかね?」
「……どういう意味だ?」
「君の組織は島嶼の全てから恨まれることになるだろう」
「なっ、どういうことだよ!」
衝撃の言葉にブランクは食い気味に叫んだ。
それを優しく手で制し、紅茶を一口飲んだレイトリフは説明を始めた。
「いいかね、今回の君たちの行動によって今後ゴドリックは確かに表立って軍を動かせなくなるだろう。だが弱味をいつまでも放置しておくと思うかね? 必ず暗躍の玄人を送り込んでくるだろう。それはもしかしたら、手始めに下手人の疑いの薄い国から始められるかもな」
「…………」
「分からんか? 君たちのやり方は弱味を握っている君たちだけが救われるやり方だ。他の国、他の組織の者たちは疑われ、戦場ではない所で流れなくても良い血が流れるのだ。それは目に見えない侵攻だ。果たしてその持久戦に無関係の者たちが耐えられると思うか? 君たちはそれを見て見ぬふりするというのか?」
ブランクは言葉が出なかった。
確かにそうだ。
レイトリフの言う通りだった。
赤ん坊を攫えば皇帝は侵攻をやめるなどという簡単な話ではなかった。
なぜそれに気づけなかったのか。
この行為は当然他の島嶼諸国には知られていないだろう。
仮にこれから打ち明けるのだとしたら今度は島嶼の中で帝国の弱味を巡って争いが起きるのではないか。
そう思えば赤ん坊は救世の光などではない。
とんだ導火線だった。
「分かったか、エインカヴニ。軍曹もだ。君たちは取り返しのつかないことをしてしまったのだよ」
ブランクの顔が歪んだ。
ロブは相変わらず俯いている。
その様子を見てティムリートは「紅茶を替えてきます」と退出していってしまった。
暫く重苦しい空気が流れた。
二人の反応を見てレイトリフは咳払いをする。
ブランクが顔を上げるとレイトリフは再び語り出した。
「まぁ、君たちの組織がジウであればまだ取り返しがつくんだがね」
「えっ」
「何故だか分かるか?」
「……なんでだ?」
「簡単な話だ。ジウはずっと中立だった。そのジウが腰を上げたとなったら相当の影響力がある。例え赤ん坊の件を後出しで公表したとしても島嶼諸国はジウの名の元に団結するだろう」
「そ、そうか! 良かった」
「ブランク……!」
俯いていたロブが小さく鋭くブランクを牽制する。
ブランクは喜んでから気づいた。
ジウならばまだ大義を保てたと聞き喜んでしまった。
それはレイトリフに下手人の答えを教えたようなものであった。
「やはりな」
今まで隠してきた苦労はなんだったのか。
ブランクは蒼白になりながらロブを見つめた。
ロブは小さく首を横に降った。
「そういう諜報員みたいな真似はおやめください。分かっていたのでしょう、元から。わざわざ謀ったところで得られるのは我々の不信しかないでしょうに。……協力しませんよ」
「心外だな。そういう君たちも協力する気などなかっただろう。ここで聞いた話を大賢老へ持ち帰ってくれるという保証はどこにもなかった、違うかね?」
そして鋭い視線がロブに向けられた。
「だがこれでお互いが手の内を見せた。我々はもう運命共同体というわけだ」
半ば脅迫だ。
それだけ本気ということなのだろう。
しかしロブは落ち着いてレイトリフの言葉の刺突を受け流す。
ロブには先ほどから考えていたことがあった。
「御言葉ですがレイトリフ殿。我々の目的は合致しているのかもしれませんが、貴方はまだ手の内を見せていません」
「ふむ?」
レイトリフは微笑み頬杖をついた。
「どうしてそう思う。理由をお聞かせ願いたいものだ」
ロブは不安げなブランクに頷いて見せた。
「はい。まずレイトリフ殿が先ほど提示した、鎮魂に赴く者を襲撃するという策は世の人々の不興を買うと思います」
国際世論を気にする台詞を口にしていたレイトリフの矛盾だった。
そのような状況の時に挙兵し奇襲をかけるなど非道の極みだ。
世間に広まったらそれこそ大義を失うだろう。
「そもそもこの計画には致命的な欠陥があります。それは、バエシュから記念祭に連れて行ける兵力などたかが知れているということです。残りの部隊を蜂起の時までバエシュ領内にて待機させていたとしても親帝派がそれに気がつけないとは思えません。故にそもそもが計画として稚拙すぎます」
「なるほど?」
「そして……」
「そして?」
「ジウを味方につけることにかなり御執着でいらっしゃると感じます。打倒ブロキス帝のお気持ちは確かなのでしょうが、そこに何か別の意図があるように思えてなりません」
「…………」
「…………」
ロブとレイトリフは見つめ合った。