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凌ぎ 3

「それで、歓迎とは?」


 長椅子に座って一息ついた所でロブは話題を切り出した。


 大方の予想はついているが当人の口から聞く必要があった。


 レイトリフが頷くと隣の青年は「失礼」とだけ言葉を残し船室を後にした。


 ブランクは警戒し青年が出ていくまで振り返って後姿を追った。


「少々時間を貰いたいと思っている。どうせ君たちも日が暮れるまで暇していたのだろう? 話をしようじゃないか。ここは船の上だし、誰にも聞かれることはなのでお互いに本心で話し合いたいね」


 船室の扉が開き青年が台車を押して入ってくる。


 途端に良い香りが部屋中に漂った。


 得意げに顎を上げる青年が持ってきたのは茶道具の一式だった。


 それを見て老紳士は喜んだ。


「今出て行ったばかりじゃないか、早かったな」


「湯を沸かした状態で待機させておりましたからね!」


「ううむ流石だ。ん? これは春薔薇か……実に良い香りだね。それと、付け合せはなんだね?」


「牛酪をたっぷりと使い仕上げに砕いた胡桃を振りかけて焼き上げた焼き菓子です、大将」


「おお、さっそく作ってくれたのか! また食べたいと思っていたんだ」


「ふふ。実は船の厨房を借りて焼いておりましたので出来立てですよ……!」


 目の周りを紅潮させて喜ぶレイトリフ。


 青年は手際よく茶器を並べ始めた。


 ぽかんとするロブとブランクの前に綺麗な茶道具が勢ぞろいした。


「これはどういうことですか?」


「どうもこうも。言っているだろう、歓迎だよ。最初は乗組員たちの意向を汲んで失礼させて貰ったが、私はあくまでも君たちを客人として招きたかったんだ。だからこちらのティムリート君にお願いして色々用意して貰ったんだ。彼の御茶選びの含蓄は帝国随一だからね」


「まぁ私以上の愛好者は世界でもそうそういないでしょうね」


 一人一人に硝子製の専用蒸らし器があり、青年はお湯を注いだそれを各人の前に置いた。


 目の前で茶葉から色が抽出され白湯の色が変わっていく。


「待て! まだ触るな! 最適の抽出時間があるのだ!」


 手を伸ばしたブランクが青年に怒られた。


 青年はブランクに詰め寄りながら早口でまくしたてた。


「よいか? この場合は香りを楽しみながら色の変化を堪能するのだ。見よ、鮮やかなこの彩りを。普段諸君らが飲んでいるような安い茶葉じゃこうはいかぬはずだ。そうだろう? あとは茶器に施された技巧や作られた年代、作られた場所の情景に思いを馳せるのでも良い。あるいは、今日用意された茶葉が何故春薔薇なのかを尋ねるでも良い……あとは……」


「飲ませたいのか飲ませたくないのかはっきりしろよ」


 怒られたブランクは面白くなさそうに舌打ちした。


 ブランクはどうやら茶を飲んだことがないようだったがロブもまた自分が知っている茶の飲み方とは程遠い貴族の嗜みを見せられて困惑した。


 茶などはお湯を注いだらすぐに飲めるものだ。


 抽出時間など考えたこともない。


 結局青年がああだこうだと薀蓄を述べながら全て取り仕切り、ようやく飲めるに至った。


「めちゃくちゃ良い匂いだな!」


 素直なブランクの感想に青年は嬉しそうに笑った。


「でも毒入ってんじゃねぇだろうな」


 そして無礼な発言が続き、さっと顔色を変える。


「そんなことするか!」


「まあ毒くらいなら俺の鼻は敏感だからすぐに分かるけどよ。もう飲んでいいんだよな? ……あれ? 匂いは凄いのに味があんまりしないぞ。というか酸っぱい? なんだよこれ色と匂いのついた白湯じゃん」


「ぐぐ……不作法者め……」


 正直ロブも茶の旨さが分からないのでブランクの意見に賛同していたが、怒らせるのは不味いと思ったのでおだてることにした。


「春の薔薇の……美味い、やつですね……」


 お世辞を並べようとして自分の語彙力のなさに気づかされたロブだった。


 しかし青年は機嫌を直したようで再び得意げな表情に戻った。


「そうだろう! 春の華やかさを感じさせる鮮やかな味わいだろう! これは南部の高原で育てられた春薔薇を目利きが一枚一枚丁寧に摘み取りじっくり低温で乾燥させることによって薔薇本来の香りを閉じ込めることに成功した銘茶なのだ。それをまだ初夏であるこの時期に飲めるということがどういうことだか分かるか? 初物を仕入れ、それを振る舞われるという待遇など諸君らは未だかつてなかったであろう! その茶器もまた由緒のあるもので……」


「あっこれうめぇ!」


「ブランク! 人の話は聞け!」


「うまいよこれ」


「当たり前だろう。なにせ私が自ら焼いたのだ。これは大将閣下も気に入ってくださった私の自信作だ。こぼすな、汚い!」


「そ、そんなこと言われてもこれぼろぼろ崩れるもんよ」


「まず皿の上で一口状に割ってから口に運ぶのだ、ブランク!」


「面倒くせぇなぁ」


「茶を(すす)るな!」


 既に自然に名前を呼ばれている事にも気づかないほど連続で捲くし立てられるブランク。


 ロブは随分面倒くさい給仕だなと思いつつも確かに旨い焼き菓子に舌鼓を打った。


 暫くすると誰もが喋らなくなる一瞬の静寂があった。


 茶器を受け皿に乗せる音だけが響く。


 するとレイトリフが口元を布で拭い咳払いをした。


 いよいよ本題に入る気になったか。


 ロブも茶器を置いてレイトリフの話を聞く態勢を整えた。

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