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凌ぎ 2

 大型船は入江にまでは入ってこれないものの威風堂々と沖で睨みをきかせていた。


 ノーラを追ってテルシェデントから出撃していったどの巡視船よりも大きかった。


 旗艦船級であるそれは運航速度は劣るもののこの状況では小型船でも脇をすり抜けることなど不可能だ。


 ブランクにもロブにも成す術はなかった。


 ノーラは追ってきた船を全て沈めたと言っていた。


 ブランクもまたテルシェデントに居た時に沖に停泊していた船が全て出撃していったことを確認したつもりだった。


 しかし考えてみれば不審船ごときを全戦力で追いかけ都市の防衛機能を丸裸にするはずがなかった。


 船は修理をしていたわけでもなく最初から待機状態を貫いていただけだったのだ。


 それにしても、とブランクは帝国の兵力を恐ろしく感じた。


 ノーラを追って行った船だけでも充分に一国の戦力に相当する数だったと思う。


 それなのに船はまだ温存され、しかも保有している所は帝国の地方の一つに過ぎないわけである。


 つまり前線であるリンドナル方面にはそれ以上の戦力が集結していると考えて良いのだろう。


 ランテヴィア大陸は島嶼の中では一番の大きさを誇るとはいえ世界規模で見たら小島だ。


 それが大国ラーヴァリエ信教国と互角に渡り合っているのだから如何に軍事力一辺倒の政だということが分かる。


 軍事政権は前皇帝の時も同様でありそれは大陸列強から身を守るためには仕方がないのかもしれないが、ブロキス帝が即位してからは更に軍備の増強が成されたように思える。


 それは学のないブランクにも無謀だと思わせてしまう程の極端さであった。


「ブランク、まだ機会はある。今は大人しく投降しよう!」


「最強の兵士さんも船には敵わないか!?」


「当然だ」


 得物を捨て、二人は両手を上げた。




 降伏した二人は拘束され数人の兵士と共にブランクの船に乗せられた。


 ブランクの船で大型船まで行くと上から縄梯子が降ろされた。


 促されて梯子を上り甲板に降りた二人はそのまま船室へと連行される。


 意外な程に淡泊な扱いにロブとブランクは顔を見合わせた。


 船長室に行き、兵士が姿勢を正してロブたちを連れてきたことを報告する。


 扉は開いておらず相手に見えないだろうに実に丁寧だ。


 中に通されるとそこには長躯の老紳士と見るからに育ちの良さそうな青年がいた。


 この船の船長だろうか、と二人は思った。


「手荒な真似をしてしまい済まなかったな。色々事情があってね」


 老紳士の穏やかな低音が響いた。


 上品に撫でつけられた白髪を手櫛で梳かし若干の申し訳なさを口角に滲ませる老人。


 普段も腹から声を出しているのだろうか、その声は老人とは思えないほどに若々しく大きかった。


 警戒するブランクを余所にロブはどこかでこの老人を見たことがあるような気がしていた。


「先ほどの立ち回り、拝見させてもらったよ。まるで旧知の仲のように呼吸が合っていたじゃないか。ロブ・ハースト、君の動きは流石最強の兵士と呼ばれるだけのことはあるな。そしてブランク・エインカヴニ、君もまた優秀な戦士であることを伺わせる動きだった」


 急に評価され二人はいよいよ困った。


 ブランクは何故自分の名前を知っているんだと疑問に思った。


 恐らくはテルシェデントに残した名簿から洗い出したのだろうが仕事が早い。


 馬鹿正直に本名をそのまま書いていたブランクもブランクであったが、ブランクはテルシェデントではカヌークから出稼ぎに来ている事にしていたので管理名簿は船舶登録名簿ではなく入港管理名簿のほうにつけられていたはずである。


 日に何十と更新されるその名簿をしっかりと管理し有事にはすぐに照会できるようにしていたテルシェデントの文書の管理体制は見事なものであった。


 一方ロブは国の重要機密を盗んで指名手配されている大罪人である。


 入念な拘束と厳重な警戒態勢があって然るべきだろうにブランク含め拘束は手首を後ろ手に縄で結ばれているだけである。


 兵士も自分たちを連れてきた者と中にいた者二人だけだし、それ以外には老人と青年しかいない。


 舐められたもんだ、とブランクは牙を剥いて威嚇していたがロブはどうにも真意がある気がしていた。


 それはバエシュ領方面軍のとある噂に裏打ちされた憶測だった。


「なんだよ。誰だあんたは」


 低く唸るブランクに老紳士は落ち着くよう両手を前に出して宥めた。


「申し遅れてすまない。私はジルムンド・レイトリフという者だ」


 朗らかに名乗る老人。


 あっさりと告げられた言葉にブランクは呆気に取られた。


 ジルムンド・レイトリフ。


 その名はバエシュ領現領主にしてバエシュ方面軍司令官の名だった。


「レイトリフ……やはりそうだったか」


 驚くブランクとは裏腹にロブは心当たりがあったのでさほど驚きはしなかった。


 ロブはかつてリンドナル方面軍時代に前線に向かう途中のテルシェデントで遠目にレイトリフを見たことがあったのだった。


「大将をつけてくれたまえ、ハースト軍曹。不敬であるぞ」


 敬称をつけずに呼んだロブに青年がすかさず諫言した。


 ロブは指名手配犯ではあるが未だ軍曹として在軍中ということになっている。


 捕えた時に軍法で裁くためだ。


 しかし心はとっくに軍に未練などないので今更不敬を咎められる筋合いはなかった。


「失礼した。非礼を詫びよう、レイトリフ殿」


 呼び方が気に食わなかったのか尚も青年が口を開こうとしたがレイトリフはそれを制した。


「私はな、喧嘩がしたくて君たちに会いに来たんじゃない。そもそも我々が秘密裏に政庁を離れることがどれだけ大変か君らには分かるかね? 分かってくれるならばこれが最大の敬意だと受け取ってもらいたいものだ。我々はね、君たちを歓迎したいんだよ」


「ずいぶん手荒な歓迎だったじゃねぇか」


「まぁ座りたまえ……。それには事情があると、言っただろう。君たちと手合せした兵士たちは君の仲間によって沈められた巡視船の乗組員たちだよ。どうしても君たちを一発ぶん殴りたい、そう言ってだだをこねるもんだ。あれでも人数を絞らせてもらったつもりだがね。彼らは陸路でここまで来て、そして陸路で帰る。ずいぶん無駄な事かと思うかもしれない。だがこれであの件は手打ちにすると納得させられるんだ、そう思えば安いもんだろう?」


 紳士の面構えをしてまるで山賊の頭目のようなことを言いだすレイトリフにブランクも毒気を抜かれてしまう。


 促されるままに前の長椅子に座る二人。


 相対してレイトリフも座る。


 座っても背筋が伸びたままのレイトリフに対してロブは大股開きだし、ブランクに至っては椅子の上で片膝を立てている。


 行儀の悪さに青年は青筋を立てていたが不躾に物申すことはなかった。

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