凌ぎ
「審判とは何をされるんだ?」
ロブはブランクに素朴な疑問を投げかけてみた。
大賢老に会うには何らかの条件が必要だろうが、ブランクは大賢老の審判ではなくジウの審判と言った。
ジウは世界中から迷える者が集う場所と聞いていたのでもっと自由に入れるとばかり思っていたが、よもやジウの外で査定待ちをすることがあるのだろうか。
到着したはいいが入れなかったなどという事態になるのだけは御免だった。
「そうだな。まず誰かがジウに足を踏み入れる前に大賢老がどういうやつが来るか予言するんだ。大抵の奴は何もなく迎え入れられるけど、中には邪な心で踏み込んでくる奴もいる。そういう奴はオタルバが徹底的に叩きのめすんだ」
「さっきもそんな事言っていたな。つまりオタルバと戦うことが即ち審判なのか?」
「たぶんね」
「たぶん?」
ブランクの曖昧な返事を鸚鵡返しするロブ。
ブランクは困ったような顔をした。
「そこらへんは俺にもよく分からないんだ。オタルバが戦う時ってのは、つまりそいつがジウに入るのにふさわしくない時だってのは分かる。でも戦ってたと思ったら急に戦いをやめて招き入れたこともある。暫く付き人みたいに家に住まわせていたこともある」
「オタルバの監視尽きでジウに入れたのか」
「あ、いや。オタルバはジウの門の外で暮らしているんだ」
「そうなのか」
「ロブも何事もなく入れるといいけど、たぶん無理だろうな」
「自慢じゃないが俺自身もそう思う。というかお前、戦うのが楽しみだって言ってたじゃないか」
「まぁ、あんた悪い奴じゃないからさ。きっと暫く付き人やればオタルバもきっと分かってくれるよ」
もともとロブがジウに入れないことを前提にブランクが話をしていたことを思い出したロブはブランクに突っ込みを入れた。
ブランクはしどろもどろになり当たり障りのないことを言いだした。
「それにしても……今更だがオタルバって奴はずいぶんと権力を持っているみたいだな。大賢老の右腕みたいなものか?」
ジウに入れるかどうかの審判を任されているということはよほど大賢老に信頼されているのだろう。
しかしブランクは腕組みをして唸った。
「権力っていうか、うーん……その表現はちょっと違うな。役目だよ。審判のオタルバ、そういうもんなんだ。それぞれの奴が最善と思って動くことが即ちジウの意志になるんだ」
「……いまいちよく分からんな」
「行けば分かるよ。ちなみに俺は怪力のブランクって呼ばれたい」
「たい?」
「ああ。審判のオタルバってなんか格好いいじゃん。俺はそれが羨ましい。俺も二つ名が欲しい」
「自分で名乗ればいい。実力が伴っていれば周りも自ずとそう呼ぶようになるだろう」
「そんなんじゃ駄目だ。他には慈愛のイェメトってのがいるけど、別に二人は自分からそう名乗っているわけじゃない」
「二人だけか」
「とりあえずはな」
「なるほど……つまりその二人が実質ジウにおける大賢老の両腕みたいなものか」
「そうでもないと思うんだけどなぁ。イェメトなんてずっと寝転がってるだけだし」
「そういえばラグ・レは自分のことをアナイの戦士と言っていたがそれは二つ名じゃないのか?」
「それはただ単にあいつがアナイの民の出身で戦士を名乗ってるだけだよ。それをいうなら俺だってカルナグーの戦士ってことになるし」
「カルナグー?」
「アルマーナで肉食動物の特性を強く持った亜人のことだよ」
「お前たちの言葉はよく分からん」
時間が有り余っているのでブランクとよく話したが、やはり百聞は一見に如かずといったところのようだ。
とりあえずそういうものとして扱う意外はなさそうだった。
そういえば、とロブは思う。
何年も島嶼に陣営を張り現地民と交流をしていたつもりだったが、土地に住まう者たちの文化などは一切覚えていない。
覚えていないというか知らなかった。
改めて自分はこの歳まで自分のことしか考えずに生きてきたのだと気づかされる。
ロブは自嘲気味に笑った。
「なんだよー、あんたらだってエキトワだのバエシュだの意味わからんじゃないか」
「悪かったよ。お互い様だな」
「…………」
「…………」
薄っすらと笑みを湛えながら会話していた二人だったが徐々にその笑みは失われる。
両者は黙り、真顔で睨みあった。
潮風が吹き波の音をかき消していく。
日が高くなり、海へを流れる風が二人の髪を揺らした。
「ロブ」
「ああ」
突如ブランクが立ち上がり船へ向かって駆けだした。
同時に遠くの茂みから兵士が列を成して飛び出した。
敵襲だ。
居場所がばれていたようだ。
ロブたちと兵士たちの距離はまだ充分にあるが谷合の地形であり、逃げ道は海しかない。
故にブランクが出航の準備を急ぐ。
ロブはその間は敵を食い止めねばならない。
ただしその相手は見える範囲でも小隊ほどの人数がいる。
「ブランク、急げ!」
ロブはブランクに叫ぶと櫂を振り廻し兵士たちに向かって行った。
兵士たちは銃を所持していないようで、捕り物用の長柄の得物を持っているにすぎない。
飛び道具を持たない兵士などロブの敵ではなかった。
繰り出される長得物を避け、次々に櫂の一撃をお見舞いしていくロブ。
武器が櫂ではなく槍であったら瞬く間に死屍累々の山が出来上がっていただろう。
しかしロブは兵士たちの様子に違和感を感じていた。
どうにも本気で向かってきているように思えなかったのである。
勝てないと踏んでいるのか、ならば何故向かってきたのか。
「ロブ!」
ブランクの声に戦いつつ振り返る。
出航準備をしていたはずのブランクは一方を睨みつけ立ち尽くしていた。
なるほど、これは時間稼ぎだったかとロブも一瞬だけ立ち止まる。
入江の右手側よりゆっくりと現れたのはブランクの船の何倍もある帝国の巡視船だった。