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ジウにて 10

 撤退開始より七日目。


 後方からの奇襲によりついに戦死者が出た。


 矢を受けて二名死亡。


 威嚇用に残していた僅かな銃弾が底をついていたのがばれたらしい。


 敵は中距離戦法に切り替え、投擲する竹槍が地面で跳ねて集中豪雨のような音を立てた。


 隊はなんとか力を振り絞り敵の猛攻を食い止めた。


 敵も未だに帝国軍がここまでの抵抗を見せるとは思っていなかったようで、ひるみ追い返すことが出来た。


 気が付けば五名が竹槍に穿たれ地面を力なくのたうっていた。


 体力の残っている者が止めを刺してやり、一行は西進を急いだ。


 しかし次はない。


 次が最期だと誰もが感じていた。



 そして事件は起こった。



 一行は休憩していた。


 食べる物は意外と確保出来た。


 水はないので植物から摂取する。


 それも、腹を壊さないように少量だ。


 到底我慢の出来る量ではないが我慢しなくてはならない。


 唾液も減り、(むせ)る音がそこかしこから響いた。


「なんだ……?」


 未だ超人的な体力で自ら警戒の任を買って出ていた中年兵士が緊迫した声をあげた。


「どうした」


 中尉が反応した。


「あっちで何かの気配がする」


 全員に緊張が走った。


「斥候、行け」


 陽動かもしれないので中年兵士は要として残り、比較的動ける槍の壮年兵士と他二名が斥候に出ることになった。


 三人の兵士は緊張と諦観の織り交ざった不思議な感覚で気配がしたと言われた方に向かった。


「しっ……何か来る」


 暫く行くと僅かに草を分ける音が聞こえ、斥候班は隠れた。


 見れば子供が二人、味方の陣営に近づいていくところだった。


 現地の子供だろうか。


 薄汚れた服の他は何も身に着けておらず、おそらく近くに何かの集団がいることに気づいて好奇心で見に来たのだろう。


 通常ならば無視出来た存在だった。


 しかし度重なる心労が兵士たちの心を変えてしまっていた。


「捕えるぞ」


 比較的若い兵士が囁き、槍の兵士は驚いた。


「馬鹿な」


「反乱軍の斥候かもしれない」


 邪推が過ぎていた。


「いずれにせよ、餓鬼どもがいるってことは近くに敵の集落があるってことだ」


「集落には水も食料もあるんじゃないか?」


「まて、何を考えている? 軍人として恥ずかしくない言動をしろ」


「背に腹変えられねぇよ」


 若い兵士が飛び出し、槍の兵士以外の兵士は釣られる様に後を追った。


「やめろ!」


 驚き恐怖に引きつる子供達はすぐに捕えることが出来た。


 子供達には悪臭を放ち目をぎょろつかせた兵士がきっと化け物のように見えたことだろう。


 言葉にならない声で手を合わせ子供達は助命を懇願した。


 その哀憫を誘う行動が化け物たちの嗜虐心に火をつけた。


「こいつらを連れていって中尉殿の意見を聞こう」


「集落から食料を接収するにせよ、撤退を再開するにせよ良い捕虜になる」


「捕虜じゃない、人質だ! お前ら……民間人だぞ、子供だぞ? 気は確かか!?」


 詰め寄る槍の兵士に二人の兵士は侮蔑の視線を向けた。


「うるせぇ!」


「先ほどから看過出来ん。俺は上官だぞ!」


「聖人ぶってんじゃねぇよ人殺しが!」


「わああっ!」


 半狂乱になった子供の一人が立ち上がり逃げ出した。


「まっ待て!」


 兵士は慌てて銃を向けたが既に弾は尽きている。


 威嚇にもならない。


 逃げられてしまう。


 大人に助けを呼ぶかもしれない。


 そうすれば死ぬのは自分たちだ。


 死ぬのは、自分たちだ。


 兵士は吠えた。


 吠えて子供を追った。


 あまりにも異常な状態に陥った化け物に追われ子供は足がすくみ転んでしまう。


 兵士は転んだ子供に馬乗りになり、何を思ったか銃床で力の限り子供を殴りつけた。


「やめろっ!」


 槍の兵士が止めに入るも既に遅かった。


 返り血を浴びた兵士は自分がしたことにようやく気付き、震える声で言い訳を叫んだ。


「う、動くなと言った!」


 槍の兵士は襟首を掴み子供から兵士を引き離す。


 もはや何の意味もないのに尚も殴りかかろうとする兵士を制する。


「動くなって言ったんだ!」


「落ち着け! なんてことを……!」

 

「なんだよ! 俺が悪いって言うのか!? 動くなと言ったのに逃げたんだ! こいつが逃げたからだ!」


「おめぇのせいだぞ」


 若い兵士を羽交い絞めにする槍の兵士に長身の兵士が吐き捨てた。


「なんだと?」


「おめぇが隊の風紀を乱したから、がきに逃げられるような失態が生じたんだ」


「誰にものを言っている」


「敵兵は喜んで殺すくせに今更聖人ぶるのかよ、人殺しが」


「……戦争においては民間人を殺傷する行為は禁じられている。子供なら尚更だ」


「元はと言えば島嶼の連中が裏切ったからこんなことになったんだろうが!」


「それを言うなら我々の撤退が島嶼の人々に離反を誘発させたとも言える!」


 二人と一人で睨み合うが、先の兵士の咆哮が誰かの耳に入ったかもしれない状況で長居は出来なかった。


「……まぁいい。状況は中尉殿に全て報告だ。あんたじゃ話にならん。がきも連れて行く。この場で逃がすという選択肢はない」


「いいだろう。だが子供は俺が連れて行く。お前たちには任せられない」


「好きにしやがれ。ただし捕虜の扱いを忘れるなよ」


「口に気を付けろ。俺は上官だと言ったはずだ」


 斥候部隊は前後に人員を配置し中央に少年を入れる形で警戒しつつ隊へ戻った。


「安心しろ。大丈夫、大丈夫だから。あってはならないんだ、こんなことは。だから……大丈夫だ」


 子供の後ろに立ち、槍を構えつつも槍の兵士は子供に声をかけ続けた。


 隊へ戻ると中尉は難しい顔をした。


 中尉も子供を人質することには反対だった。


 しかしいくら口止めをしてもすでに一人殺してしまっている状況は覆らない。


 発覚するのは時間の問題だった。


 醜聞は瞬く間に広がってしまう。


 その怒りが反乱軍の執念の糧になるだろう。


 待っているのは今までよりも更に執念深い追撃だ。


 もし捕まったらただでは殺してもらえない地獄が待っている事だろう。


「なかったことにするしかあるまい」


 中尉は苦々しく呟く。


「なかったことに……?」


「子が不明な事に親が探しにくるやもしれん。穴を掘り埋めるぞ。獣に掘り返されんように、深くな」


「なっ!?」


「埋めたら焚き火を被せよ。それでそこが何かを埋めた後だと分からなくなろう。お前たちは死体を持って来い。痕跡は残すな。残りの者は周囲に散開し索敵を怠るな!」


「この子も……殺すというのですか?」


「俺がやる。責任は俺が取る」


「待ってください!」


 恐怖に泣きだす子を庇い槍の兵士が前に出る。


「民間人を……子供を殺すなど、あって良いことではありません……」


「既に遅い。我々は運命を共にしている」


「中尉殿、その男は中尉殿の撤退命令が島嶼の離反を招いたと言っておりました」


「なに……?」


 若い兵士が訴え中尉の表情が強張った。


「この状況を招いたのは中尉殿だと」


「私も聞きました!」


「…………」


 同調する長身の兵士を見、今一度若い兵士を見た中尉は再度槍の兵士と向き直る。


 その目は静かに座っていた。


「本当か、軍曹」


「…………言いました」


「そうか……」


 中尉は目を瞑ると冷めた視線で槍の兵士を見た。


 そして槍の兵士に向けて軍刀を抜き、柄の部分を差し出してきた。


「責任は俺が取る。だが、手はお前が下せ」


「そんな」


「これから先も行動を共にせねばならん。命令だ。聞けんならこの場でお前を斬る」


「出来ません」


「最強の兵士なのだろう? 選べ、黙って俺の決定を受け入れお前が手を下すか、今俺に斬られるか。……それとも抗うか? 味方に刃を向けるか?」


 槍の兵士は子供を見た。


 子供の怯えた瞳にははっきりと自分が映っていた。


 兵士は叫んだ。


 時間は兵士の決断を待ってはくれなかった。




 うなだれる槍の兵士の前には焚き火の炎が燃え盛っていた。


 周りの兵士たちは粛々と出立の準備を整えている。


 それでも動かない槍の兵士に中年兵士が心配そうに近づいてきた。


「なあにがっつり傷ついてんの、今までいっぱい殺してきたじゃん」


 慰めの言葉にも槍の兵士は反応を示さなかった。


「うーん……今までもさぁ、おじいちゃんだって女の子だって、武器もってりゃ殺したでしょ? 民間人かどうかなんて武器持ってるか持ってないかの違いでしかないし、殺す命に重さなんかないと思うよ、俺は。蟻だって気づかないうちに踏み潰してるだろうし? だから気にすんなって、元気出せよ!」


「行くぞ。行軍を開始する。動けぬ者は置いていけ」


 中尉が冷たく言い放ち、兵士がそれに従った。


 先駆けの役目のある中年兵士はまだも何か言いたそうだったが、槍の兵士の肩を優しく叩いて去って行った。


 プロツェット隊は進軍し、槍の兵士は顔を上げた。


 遠ざかる兵士たちの背中が朧気に滲んで見えた。





 日が傾きかけていた。


 秘密の浜辺にてロブの昔話に耳を傾けていたブランクは何も言わずロブの目をじっと見つめていた。


 ブランクは恥じた。


 最強の兵士は戦いが好きかと思っていた、そんな言葉を自分はよくも軽々しく吐けたものだった。


「ラグ・レを連行した時、俺はあの日の事を思い出してしまった。そしてどうしたらいいか分からなくなった。だから逃がしたというのに、ラグ・レは俺を頼ってきた。赤ん坊を攫おうとしていることを打ち明けてきた時は協力する気はなかった。だが、それがジウの意志だと知って気が変わった」


「なんでだ?」


「ジウの噂は知っていた。大賢老は何でも知っていて、神のような存在だと言うじゃないか。ラグ・レに付き合ってみて、赤ん坊の居場所も、特徴も、寸分違わずにラグ・レが理解していたことで噂は確信に変わった。俺はずっと大賢老に会いたかった」


「会ってどうすんだよ」


「俺は……俺の罪はどうすれば償えるのか……いや、違う。俺自身は地獄の業火に焼かれてもいい、だが、俺が与えた苦しみはどうすれば癒えるのか、どうすれば一番償えるのか、その答えを知りたかった」


 目の前にいるのは最強の兵士ではなく、疲れ果てた一人の壮年男性だった。


 ブランクは大きく深呼吸するとロブの顔をしっかりと見る。


「……わかった、連れて行こう。ロブ・ハースト。ジウにて審判を受けるといい。大賢老の叡智はあんたの罪の行方を指し示してくれるはずだよ」


 ロブは黙って頷いた。

登場人物、オリジナル設定が多い小説です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロブ・ハーストの重い過去から、彼の一連の行動がすんなり納得出来ました。
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