希望の子 7
伝聞によれば皇帝は帝国を乗っ取る時も不思議な力で瞬く間に先帝を殺したという。
他にも皇帝は炎を操ったり、どんな攻撃を受けても瞬く間に傷が治ると言われていた。
あり得ないとしか言いようがない。
だがその不可思議が目の前で起こっている以上は信じざるを得なかった。
しかしそんな事を考えている間にも兵長の顔は鬱血し変色してきている。
エイファは悲鳴にも似た叫び声を上げた。
「陛下!」
エイファを一瞥した皇帝は気だるい所作でゆっくりと手を降ろした。
すると兵長は解放され床に崩れ落ちた。
倒れた兵長が動かない。
まさか殺してしまったのだろうか。
エイファは駆け寄ろうとしたが体が動かなかった。
気づかぬうちにエイファもまた皇帝の手中にあった。
「エイファ・サネス。私が用があるのはお前だけだ。躾けておけ」
「もうしわけ……ありません……!」
まるで金縛りにあったかのように指の先さえ動かない。
それにも関わらず口だけは動いた。
ただし呼吸が上手く出来ないので苦しいことには変わりない。
そんなエイファを放っておいてヘイデン少佐は話を再開するのだった。
「さて、話が飛んでしまったけどおさらいをしよう。少尉、君は失態を犯した。その事実はもう軍部中に広く囁かれてしまっている。まとめるととりあえず君は軍曹の加担者であると噂されているようだ」
エイファは飛び上がった。
なぜそのような酷い憶測がなされているのだろう。
「そんな! 滅相もありません!」
「では聞くが、君は自分の配下が反逆を企んでいる事にも気づけないほど鈍感なのか? 何故、拘束中だったハースト分隊からサネス一等兵を連れ出した? ハースト軍曹と手引きする場所の道案内をさせる為じゃないのか? でなければ嵐の夜に見失った人間を再発見するなど不可能ではないか? そして軍曹が行方不明だなんて誰が信じられる? それは狂言で、君たちが逃がしたんじゃないのか?」
質問に絶句するしかなかった。
あまりにも酷い言われようだ。
しかし確かに結果を残せなかった以上は疑われても仕方のないことかもしれない。
少尉になんの利点があるのか、という大前提にさえ目を瞑ればだが。
「それは……状況からすればそのように思われて当然かもしれません。しかし軍曹を発見できたのは本当に偶然です。これは……証明できませんが。そして確かに……私は無能です。ハースト軍曹がいつの間にか帝都に行っていたことも知りませんでしたし、何を企んでいたかも知りませんでした。そして私は無力です。一等兵を連れ出したのは万が一交戦になった場合に私では軍曹に太刀打ち出来ないと判断したからでした」
「なるほど、なるほど。しかしまぁ君も普通の兵士よりは優秀だと思うよ。でなければ化身装甲を動かすことなんか出来ない。それでも身近にもっと有能な装甲使いがいればそっちに頼りたくなるのも頷ける」
比較されたくないが事実は事実だ。
いくら化身装甲を使ったとはいえ自分の戦闘技術がハースト軍曹に勝るなど到底思えなかった。
実際は一等兵ですら今一歩で叶わなかったのである。
最後に謎の力が発揮されたおかげで何とか追い詰めることが出来ただけだ。
それにしても生死不明とはいうがそれはまだ遺体が見つかっていないだけであの状態で生きていたら奇跡を通り越して呪いだ。
荒れ狂う海で両目を失い無事に浜辺まで流れ着くことなど出来るわけがない。
少佐ももはや軍曹が生きている線は捨て、自分に犯行を供述させようとしているのか。
残念ながらエイファは本当に何も知らずこの時間は無駄でしかなかった。
エイファは憤りを感じていた。
ハースト軍曹に加担したと思うのであればその証拠を提示して貰いたいところだ。
それさえあれば無駄に長い話し合いなど必要ないだろうに。
話が見えないのだ。
陛下は、少佐はいったい自分に何を聞こうとしているのだろう。
するとヘイデン少佐はエイファの心理を読みとったかのように口を開いた。
「まあ、時間を無駄にしていても仕方がないな。本題に入ろうか」
ヘイデン少佐は飄々としている。
「本題……ですか?」
さっきも本題に入った気がするのは気のせいだろうか、とエイファは思った。
「サネス少尉、君が本当に蚊帳の外だったということはよく分かった。正直君の実力を計りかねていたんだよ。ハースト軍曹の小隊、うん、活躍目覚ましいという報告はよく受けていた。だが君という存在は全くの不透明だった」
「活躍していたのは主に軍曹と……サネス一等兵ですからね」
エイファは唇を尖らせた。
「ああ、安心したよ」
「安心?」
ヘイデン少佐はエイファを見つめ、次いで皇帝を見る。
皇帝は目を瞑っておりその心打ちを瞳から読み取ることは出来なかった。
エイファは首をかしげた。
活躍しない自分が何故安心できるのだろう。
意味が分からないが良い予感はしなかった。