ジウにて 8
ウェードミット諸島、東端。
無数の小島からなるその地にはゴドリック帝国東南リンドナル方面軍の前線部隊がいた。
島々には帝国旗がなびき、大小の軍船は沖に停泊し威風堂々と敵方に船首像を向けている。
しかしよく見れば全ての船がかなりの損傷を受けていた。
敵方イムリント要塞は難攻不落だった。
要害の地に築かれたそれはラーヴァリエ信教国が誇る要衝である。
攻めようにも入江を囲み築かれた要塞からは矢玉が雨あられのように降り注ぎ、遮蔽物のない海上では三方からの集中砲火を受ける地形だ。
仮に接岸出来ても満身創痍は必定で、浜では味方の屍を踏まなければ上陸さえままならなかった。
そんな中、寄せ手側は一時的に要塞の北塔を占拠するという抜群の大功をあげた。
だが優勢も束の間に元の小島へ一時撤退を余儀なくされる。
それは前年に後方セイドラント王国が離反したことによって制海権の一部を抑えられ兵站の供給がいよいよ困難になったからだ。
帝国の前線部隊は沈黙し、上からの命令も途絶えて久しかった。
「あー、ちくしょう」
前線部隊の一隊は浜辺に設置された大砲の影で休んでいた。
海を隔てて水平線にはイムリント要塞が見える。
望遠鏡を持った兵士が悪態をつくと寝転がっていた兵士たちがなんだなんだと起き出した。
望遠鏡の兵士は忌々しそうに吐き捨てた。
「北塔の改修が終わったみたいだ。幕が取り払われてる」
兵士たちから口々に嘆息が漏れる。
そして代わる代わる望遠鏡を奪い取り事実を確認した。
「まじだー」
「まじかよー」
「無駄骨じゃねえか」
「俺にも見せろぉ」
「あーあ」
昨日まで工事箇所が布に覆われていた北塔がいつの間にか修復された姿を現していた。
それは前線部隊の士気を削ぐのに充分な効果があった。
あの塔を占拠するのに一体何人の同胞が散ったことだろう。
そしてその同胞は今なお死地にて野晒しとなっているのだ。
「中尉殿に報告は?」
「あとでいいだろ。別に火急の報せってわけじゃないし」
「というか中尉殿はまた船か?」
「見てないな。まだ船だな」
「改修が終わったっつーことは向こうさん攻めてくんじゃねえか?」
「いやぁわざわざ来ねえだろ」
「こっちは既に戦えたもんじゃねぇって気づいてるだろうな」
「指加えて見てただけだもんなぁ」
憶測や不安を口にする兵士たち。
その様子を少し離れた所で槍を持った兵士が眺めていた。
「攻めてこられたら俺たちいよいよおしまいかもねぇ」
槍の壮年兵士の後ろで寝転んでいた中年兵士が呟いた。
「わざわざ攻めてなんか来ませんよ。こっちが自滅するのを待つだけでいいんですから」
「命令ないと動けないのが兵隊のよくないところだよなー」
中年兵士はゆっくりと上体を起こした。
森の奥から草を掻き分ける音と共に数人のにぎやかな声が聞こえてきたからだ。
それは現地の子供達だった。
それぞれ大きな籠を重そうに運んでいる。
この地が前線となってから住民は他の島へ逃げたはずだった。
しかし戦闘が長引くと戻ってきて今まで通りの生活に戻る者も現れていた。
そういった者たちは強かなもので帝国兵相手に商売を始めたりしていた。
輸送が期待できない状況下では、軍の備品や戦場では役に立たない貨幣で食料を交換してくれる彼らの存在は有り難かった。
「獲ってきた、いっぱいよ! あと魚もね」
中年兵士を見つけ嬉しそうに近づいてきた子供たちは籠いっぱいの椰子の実を見せてきた。
少しだが篠竹で括られた魚もある。
「わぁ、すっごぉーい!」
中年兵士が大仰に喜ぶと子供たちは得意満面の顔になった。
「交換ね!」
「いいよ! じゃあね、これなんてどうかな」
そういって中年兵士が取り出したのは金属の筒だった。
「わあ!」
「綺麗! これはなに?」
「これ? これはね、薬莢っていうの」
「やっきょう?」
「やっきょ?」
「薬莢ね。おじさんの宝物」
「宝物? 大切なもの……?」
「そう大切! でもあげちゃうよ。何故ならこんなに獲ってきてくれたんだもの! やったね! わーお! うーれしーい!」
「あ、ありがとう! 次はもっと獲って来るね!」
薬莢を受け取った子供たちは再び賑やかに帰って行った。
「感心しませんね、曹長」
笑顔で子供たちを見送る中年兵士に槍の兵士が眉根を寄せて咎めた。
「なにがよ」
「子供相手に詐欺行為とは情けない」
「人聞きの悪いこと言うなよー! あの子たちだってきらきらが貰えて喜んでたでしょ? きっと首飾りの材料にするよ。お互い損してないじゃない」
「親は気づきますよ」
「平気でしょ。連中、この時代に未だにじゅじゅちゅとかやってるくらいだし」
「呪術ですね」
「そうじゅじゅちゅ。言い難いよねー。おーい、食い物貰ったぞー」
中年兵士が声をかけると望遠鏡を奪い合っていた兵士たちがわらわらと集まってきた。
ちょうどその時、背後の空から鳩が軍船に降り立った。