ジウにて 7
「あんた本当に強いな」
ブランクは目を輝かせながらロブににじり寄った。
昼下がりの秘密の浜辺。
やることもなく時間を持て余したロブとブランクはとりあえずお互いに自己紹介をしていた。
ブランクは兎にも角にもロブの強さに興味があるようだった。
倒された相手に即座に敬意を持つ姿勢はロブも感心した。
ロブはブランクのエインカヴニという姓に反応を示した。
なかなか聞かない姓だがどうやらブランクはもともとアルマーナの出身らしかった。
アルマーナは亜人たちによって建立された国家でありそこにはいわゆる獣人と呼ばれる種族が生活している。
獣人といっても獣の特徴をかなり有した者からほとんど人間と変わらない者までおり、それを総じて世間では亜人と呼んでいた。
ブランクは虎の亜人だった。
力が強く俊敏で意外と泳ぎが得意というブランクの特性は成程、虎の性質と言えた。
ブランクが何故ジウに移住したかと言えば、そこには最強の亜人がいるからだとのことだった。
何度戦いを挑んでも絶対に勝てないらしい。
ロブは恐らくその亜人に審判されるとのことだ。
桁外れに強くてロブでも絶対に勝てないから何を審判されるのかに焦点を当てたほうがいい、とブランクはロブに忠告した。
その亜人はジウの門番のような役目を負っており、今回の赤ん坊奪取の任務には参加しなかった。
むしろ赤ん坊を攫うことには反対の意を示していたそうだ。
ジウも一筋縄ではないのか、とロブは思った。
「早く見てみたいな、あんたとオタルバが戦うところ!」
ブランクは楽しみを待ちきれないと言わんばかりに高揚していた。
「戦ってはいけないんじゃないのか」
ロブは矛盾をついた。
「まあな。いくらロブが強くても絶対に勝てないよ。強さの次元が違うから」
「じゃあ戦わん」
「ええー! 戦えよ! 向かっていけば絶対に相手してくれるから!」
「断る」
ブランクは残念そうな声を出してロブを非難する。
「なんか、最強の兵士だなんていうからもっとこう、戦いが好きなのかと思ってた」
口を尖らせて抗議するブランクにロブは苦笑した。
「戦いが好きな兵士なんかいないさ」
頭の中に戦闘狂の中年と双子の妹の顔が浮かんだがロブは敢えて無視した。
あれは兵士ではなくてただの異常者だ。
「俺は戦士だぜ。でも戦いは好きだ。兵士は違うのか」
「それはお前がまだ死に直面していないからだ。俺は死にもの狂いで生きてきたよ。お前に足りないものは死にかける場数だな」
「まじかよ」
ブランクの動きも確かに悪くはない。
しかしブランクの攻撃にはあくまでも喧嘩の域を出ない甘さがあった。
その思い切りの悪さが技の勢いを殺していた。
喧嘩の強さなど戦闘ではなんの役にも立たないのだ。
「じゃあさ、ロブはもっと強くなりたくて、死にかける場数が欲しくて帝国を裏切ったのか?」
いきなりの質問にロブの心が波立った。
「ん? でも戦いは嫌なんだろ? なんでこんな何の得にもならないことをしてるんだ? ……ああ、ジウは安全だからな。兵士をやめたかったのか。ん? でもロブがジウのことを知ったのはラグ・レに協力を申し出た後だろ? そうじゃなきゃラグ・レだって教えないだろうし。あれ?」
ブランクはロブの心情の矛盾に混乱した。
本当はラグ・レはロブが協力を申し出る前にジウが絡んでいることを漏らしていた。
しかしそれは黙っていることにした。
ラグ・レはロブの心の傷に気が付いたからジウの事を喋ったのだ。
ロブはラグ・レのためにもブランクにも動機を話すことにした。
いずれジウに行けば、何故来たのか話さなければならないことだから話すべきだろう。
心の奥底にしまっていたものを曝け出すのは勇気がいることだが仕方がない。
「ブランク、俺はラグ・レに会って昔の嫌な記憶を思い出してしまったんだ」
「嫌な記憶? それが協力した理由なのか?」
「そうだ。時間もあるし、聞くか? 面白い話じゃないが、俺の昔話だ」
ブランクは神妙に頷いた。
ロブは一瞬だけ本当に話そうか躊躇ったが、静かに口を開いた。
それはロブ・ハーストがまだリンドナル方面軍にいた頃に遡る話だった。
繋世歴364年、東のラーヴァリエ信教国の侵攻を受けた島嶼諸国はゴドリック帝国に救済を要請した。
同年即位したばかりの三代目ゴドリック帝ジョデルは求めに応じ、ラーヴァリエの占有地及び迎合する一部の島嶼国家へ侵攻を開始した。
キース・アロチェット大将率いる東南リンドナル方面軍は破竹の勢いで諸国の領土を奪還するも、信教国の要であるイムリント要塞だけは攻略できずにいた。
要塞の堅牢さもさることながら味方のはずの島嶼諸国の動向もまた方面軍を悩ませていたのである。
ウェードミットは無数の小国によって成る。
昔から小競り合いの絶えない地域であった。
それ故か臣従と離反に対する感覚が極めて薄弱であり、情勢有利なほうにすぐに寝返ったり国力が回復すると見るや離反を盾にして脅迫のような外交を行ってくる困った存在であった。
しかしここがラーヴァリエの手に落ちればゴドリックとラーヴァリエの国境が肉薄することになる。
帝国はそれだけは避けたいところであった。
繋世歴372年。
ゴドリックの色で安定したと思われた島嶼にまたも離反の風が吹く。
その中心は王政セイドラント。
比較的ゴドリック帝国に近い位置にある小国だ。
セイドラントの王アドニエ・ブロキスが突如逝去し、即位したザニエ王子にラーヴァリエの息がかかった。
巷では不仲を利用してラーヴァリエが王子を唆し王を殺めさせたのだとも噂された。
その真意は不明だがリンドナル方面軍は背中を突かれる形となり、イムリント攻略を断念する。
しかしリンドナル方面軍は撤退はせず、イムリント防衛隊、セイドラントと共に三すくみの状態に陥り無駄に時間だけが過ぎた。
そして繋世歴374年、事件は起こった。
世にいうイムリント撤退戦である。