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ジウにて 5

 船に荷物が積み終わったのでブランクはウィリー達を連れて船頭の元へ行った。


 船頭はブランクたちのやり取りを遠目で確認していたようだ。


 ブランクが傍に来ると船頭は何も言わずにっこりと笑って見せた。


「運びの仕事か。じゃあ暫く帰って来れないな」


 そういってブランクの肩をばんと叩いた。


 普通なら両都市は一日で往復出来る距離である。


 しかし今やテルシェデントは厳戒下にあるので入港審査も出航審査もかなりの時間を要する事になるだろう。


 下手をすれば船頭の言うとおり暫く監視され身動き取れなくなる恐れがある。


 通常ならそんな事態に巻き込まれれば非常に困るのだが、今回はカヌークへ戻らない言い訳となるのでブランクにとっては都合が良かった。


 ブランクも船頭に笑い返す。


「帰るってあんたなぁ、俺は元々ここの人間じゃないよ」


「悲しい事いうなよ。おめぇは立派なカヌークの漁師だ!」


「船頭……!」


 単純なブランクは胸に込み上げる喜びを抑えきれず船頭に抱きついた。


 船頭はうんうんと頷きブランクの頭を撫でてやる。


 その光景を見てビビと呼ばれた小柄な護衛が「オホー」と甲高い声をあげる。


 常ににやけ顔のウィリーはその反応で少し笑みを強張らせた。


「やっぱりさっきの金、入用なんじゃないのか? しばらく漁も出来なくなるだろう」


「いや、いらないよ。家で大人しくするくらいの暫くの蓄えはあるからさ。それより一番買いつけの儀式が出来なくなって申し訳ないよ」


「仕方ねぇさ。気にすんな」


「ありがとう。じゃ、皆にも声かけてから行くよ」


「それじゃあブランクさん、私らはそこらへんにいますから。出航の際には立ち会いますので後でお会いしましょう」


「ああ。そんな時間はかからないけどな。見送りがなかったらそのまま行くぜ」


 そういうとブランクは皆へ挨拶をしに行った。


 ウィリーは船頭に自己紹介し、自分が扱う健常な品物の商売をするのだった。




 皆との別れを終えたブランクは再びウィリーと合流し出航の準備に取り掛かった。


 準備とは言っても今朝方漁に出たばかりなので殆どやることはない。


 ノーラ達から遅れる事数日、ようやく帰れる状況が整ったのだ。


 ブランクは接岸縄を外した。


「行ってらっしゃい! お気をつけて!」


「あんたらもな! 変な商売して捕まるなよ!」


「声が大きいですよ!」


 気が付けばウィリーたちのほかカヌークの住人が総出で見送りに来てくれた。


 普段とは違う村の様子に治安維持隊も一応近くまで来て動向を見守っていた。


「ブランクさん! ウィリー・ザッカレアです! この名前をお忘れなく! きっと、きっと必ず入用になるでしょうから!」


 維持隊には詳細など分からないだろうとはいえずいぶんと大胆に叫ぶものだ。


 自分だって声がでかいじゃないか、とブランクは苦笑いした。


 確かにこれで争いは避けられないことになるだろう。


 ウィリーのいうように今後兵站の確保は重要な課題となると思う。


 ブランクは考えるのがあまり得意ではないが、ノーラが反逆者たるロブ・ハーストを招き入れるのは余計な火種になりかねないと反対していたので自分が今やっていることの危険は理解していた。


 しかしブランクは、皇帝の娘を攫った時点で敵対は明らかなのだから今更火種など気にしても意味がないだろうとも思っていた。


 組織の上の人間たちは島嶼のどの国が娘を人質に取っているか分からなければ帝国も迂闊に侵攻できないだろうと目論んでいた。


 政はブロキス帝の一存で決まるので、娘が大事なら島嶼を刺激しないようにと侵攻が一時的に止まる可能性も確かに高い。


 帝国内では厭戦の気配も充満していることからその目論みは一見当たるようにも思える。


 しかしそれはあくまでも一時的なことだ。


 ブランクはずっと疑問だった。


 結局なんの解決にもならないのではないかと。


 むしろブロキス帝に人の心があるのなら、あの手この手で娘を奪還しようと暗躍が増えるだろう。 


 そして島嶼の一部は中立を保っているとはいえラーヴァリエ信教国と内通している国もあるのが問題だった。


 帝国の人質を島嶼諸国が握っているなど信教国が放っておくはずはない。


 重要機密を得た事によって帝国と信仰国からの間者が増え、今度は戦場ではない場所で見えない血が多く流れるのは明白だった。


 結局のところ戦争の質が変わるだけだ。


 本質はなにも変わらないのだ。


 そんなだから優秀な兵士は一人でも多いほうが良かった。


 銃砲の発展により個人の武勇が戦局に影響しなくなってきた昨今ではあるが、少数での戦闘なら話が変わってくる。


 だからロブ・ハーストは必要である。


 それがブランクの考えだった。


 船はカヌークを離れ沿岸を伝う。


 いよいよ村が見えなくなるとブランクは甲板に向き直った。


 そして驚き固まる。


 そこにはウィリー・ザッカレアの護衛のハーシーがまだ乗っていた。


「おい! なんでいるんだよ!」


 ブランクが詰問するとハーシーは防塵面を取った。


「すまない、世話になる」


「世話しねえよ! 引き返さないとじゃないか! 馬鹿みたいじゃないか!」


「いや、引き返す必要はない」


「なにっ?」


「俺を待ってくれていたんだろう? もういないと思っていた。助かった」


 防塵面の下の顔は上半分が目隠しで見えない。


「ハーシー……ハースト。……まさかあんた」


「ロブ・ハーストだ。ブランク」


 箱の中に入っていると思っていた男は商人の護衛に偽装していたのだ。


 会いたいと思っていた男の意外な登場に心の準備が出来ていなかったブランクは口を開けたまま頷く事しか出来なかった。

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