ジウにて 4
「……なんだいあいつら。よく入村出来たな」
「やっぱりそう思います? でも怪しくないんですよ。何故なら彼らはただの傷痍軍人ですから」
「傷痍……ああ、そういうことか」
ブランクは少しだけ理解した。
退役軍人が民間商隊の護衛に就く事はよくあることだ。
そして傷痍軍人は四肢の欠損や皮膚の火傷で正規の職に就けないことが多い。
全身を覆い隠した彼らはつまりは欠損こそしてはいないがまともに人の前に出る事の出来ない外見になってしまっているのだろう。
そういう人間をこぞって雇ったのがこのザッカレアという男というわけか。
傷痍軍人のほとんどは勲功手当として僅かな俸給が出されるが、ブロキス帝政になってからは到底生きてはいけないような僅かばかりの額しか貰えなくなったという。
人生をかけて戦った結果惨めな余生を過ごすしかなくなった彼らは国を、軍を見限っていた。
国や軍もよほどの悪事を働かなければ彼らの生きるための動向には目を瞑っていた。
恐らくは治安維持隊もバツが悪くて彼らを入念に確認したり入村拒否したり出来なかったに違いない。
ザッカレア商隊はそういった法の杜撰さと人心の罪悪感を突いた、ある意味公認の非合法商隊だったのだ。
「ビビ、ハーシー、積荷を降ろしてください!」
荷馬車が近くまで来るとウィリーは部下たちに号令した。
防塵面の集団のうち屋根に登っていた小柄な部下と御者台にいた大柄な部下が動き出す。
荷馬車から降ろされたのは鉄板を張り付けたそこそこ大きな箱だった。
この中にロブ・ハーストが隠れているのか、とブランクは思った。
最強の兵士なんてあだ名されている人間がずいぶんこそこそ動いていて面白くはないが仕方がないだろう。
それにしても自分の心配は取り越し苦労だったようでやはりウィリーはただの密輸業者だったようだ。
「それで貴方の船はどこですか? これをテルシェデントまで運んで貰いたいのです」
「ああ、あっちだよ」
なるほど、とブランクは独りごちた。
自分はテルシェデントの漁師ということになっているから依頼されるのも不自然ではない。
漁民には怪しまれることなく自然に別れを告げられるし、後は秘密の海岸から一気に沖を目指せば良いというわけだ。
ウィリーたちを船まで案内する。
小荷駄を押す傷痍軍人二人が否が応にも村民の目を引いたがあとで船頭に説明すれば皆も納得してくれるだろう。
ブランクの帆船は船着き場の一番端にあり、皆は今買いつけ後の休憩をしているので人目を気にする必要もなくなる。
鉄箱の搬入完了を待つ間にブランクはウィリーに気になっていたことを質問した。
「そうだ、さっきは後程とか言っていたけど、あんたの報酬はどういうことになっているんだ?」
ウィリーはちらりとブランクを見るとにやけ顔を一層にやけさせた。
「私はね、ブランクさん。とある人と出会ったんです。アルテレナの軍道跡地っていうね、日陰者しか通らない道があるんですが、そこでね。その人はなんとこの国の重要機密を盗んで国外に逃げるからカヌークまでの道中の手を貸せっていうじゃありませんか。私は二つ返事で快諾したわけですが、何故だか分かりますか?」
「……なんでだ?」
「敬意ですよ。ああ、この人が件のロブ・ハーストなのか、と胸が躍りましたとも」
「あんたも反帝だったわけね」
ブランクは笑みを見せた。
胡散臭い怪しい男だと思っていたが帝政に軽んじられている傷痍軍人を雇用しているだけあって現皇帝に思う所があるということか。
広義で見ればこの男も同志であるのだろうとブランクは感心した。
しかしその感心は次のウィリーの言葉で簡単に覆る。
ウィリーは嬉々として口を開いた。
「いやぁ反帝と言いますか、この国は小国ですが、列強に静観させるだけの気概があるでしょう。でも重要機密が他の国に渡ったらどうです? この国はきっと弱体化します。そうなればここはいずれ泥沼の戦場になる。武器はいくらあっても足りなくなるってわけです」
前言撤回である。
男は混沌を歓迎していた。
ブランクはウィリーの横顔を冷ややかに見つめる。
自分たちがやった行いはブロキス帝の乱行を止めるためでありこの国を他国に切り取らせるためではないのに、自分たちの理念は理解されず既に目ざとい悪人の餌になっているということか。
「商売の基本は需要が増える前に如何に商品を押さえておけるかです。ブランクさん。あなた、島嶼のどこの国の方なんですか? 私は北のノーマゲントやロデスティニアにもお得意さんがいましてね、武器弾薬兵糧など入用でしたら私が是非とも仲介させて頂きますよ」
「教えない。あんた相当なくそったれだな」
「褒め言葉ですねぇ」
笑うウィリーの後ろで傷痍軍人の二人が鉄箱を甲板に固定する作業を終えた。