ジウにて 3
奇妙な男だった。
中肉中背に短髪、まるで特徴のない顔立ちをしていた。
癖がないことが反って不自然に感じる。
意図的に努めて特徴を消した、そんな印象を受ける男だった。
歳もいまいち不明瞭である。
にやにや笑いの絶えない表情だけがやたらと特徴的であり、もしも他の表情を作られたら別人と認識してしまう気さえした。
ブランクは警戒を強めた。
この男は何故自分やノーラの名前を知っているのだろう。
「密輸業者だって? 穏やかじゃないな。まだ方面軍の兵隊さんもいるし治安維持隊だっているってのに」
ブランクの問いにウィリー・ザッカレアは肩をすくめてみせた。
「もう治安維持隊の皆さんにはお土産を渡していますから大丈夫ですよ。荷物も検めてもらってます。それに治安維持隊の皆さんを差し置いて方面軍の皆さんが出てくることはまずありませんから安心してください」
ずいぶんはっきりと薄汚い取引きをしたことを白状するものだ。
ブランクは黙ってウィリーを観察した。
依然として男の立ち位置が見えない。
流石に人の良いブランクでも急に現れたこの男の言葉を鵜呑みには出来なかった。
男の言葉は明らかに嘘だった。
本当にノーラから荷物を預かっている可能性は皆無である。
何故ならノーラは既にゴドリック帝国を脱している。
更に言えばその前は彼女は長らくこのカヌークの漁村に滞在していた。
もしもブランクに渡したいものがあったのならカヌークの漁師たちにお願いするか、海獣を使って直接テルシェデントに送り届けていただろう。
つまりノーラがわざわざ得体の知れない外部の人間に荷物を託すことは考えられないのだ。
次に考えられるのは密輸業者の裏にロブ・ハーストがいるということだ。
この可能性は大いに考えられた。
ラグ・レはロブ・ハーストを仲間に加え落ち合う場所をカヌークに決めていた。
その時に他にもいる協力者の名前をロブ・ハーストに教えていたはずである。
今まで何処かに潜伏していたロブ・ハーストはこの密輸業者と出会いここまで隠れて来たと考えれば辻褄が合う。
要するに荷物とはロブ・ハースト自身のことであり、送り先を適当にカヌークのブランクかノーラにとでも言ったのだろう。
そうならばすぐにでも男に荷物を持ってきてもらうか荷物の場所へ案内して欲しい。
ノーラのおかげで外海まで追ってこられる大型船がない今がまさに国外脱出の好機であり、機を逃せば事件時に整備中だった船が運航可能になってしまうかもしれないからだ。
今の所そういった情報は入ってきてはいないもののもしも高速船の類の出航用意が整ってしまえばブランクの帆船では到底逃げ切れるものではなかった。
しかしブランクはすぐに男に着いていくことは出来ない。
もしかしたら男は密輸業者を偽装した官憲かもしれないからだ。
先の巡視船沈没事件前後にテルシェデントの港から消えた漁船から容疑者を割り出し確保しにきた可能性だって充分にある。
これほどまで怪しい人間が治安維持隊に咎められずに村内に入ってこられたのも、共謀していたのだったら納得だ。
逆にそうでなかったら治安維持隊の腐敗っぷりに感謝せねばなるまい。
果たしてこの男は身の潔白も証明しようとせずにどういうつもりなのだろうか。
ブランクが怪しんでいることはウィリーも充分に察しているはずだった。
もしかしたらウィリーもまた目の前の褐色肌の青年が本当に依頼主の紹介した人間なのか探っているのかもしれなかった。
そこでブランクは単純に思った疑問を口に出してみた。
「いくら小さい漁村とはいえよく俺がブランクだって分かったな」
「そりゃあね、貴方が集団に馴染んでいたからですよ」
「馴染んでいた? ならやっぱり分からないはずじゃないか」
「元々の住人の皆さんはね、馴染む必要がないんですよ。……うーんまぁ、機微からの推察ってやつです。要するに勘ですよ、勘」
「勘ねぇ」
信用させる気がないのか余計に胡散臭い事を言って笑う密輸業者。
ブランクは少し苛立ちを覚えるのだった。
「……まあいいや。で、荷物は何処なんだ? 治安維持隊に検めてもらったって言ってたけどさ、俺の知ってる荷物だったら検めた時点で大騒ぎになると思うんだけど」
「数品危ないものを見せましたが全部は見ずに入村許可が下りましたよ」
「危ない荷物を曝け出して、賄賂まで渡して、そんな危ない橋を渡れるほど実入りの良い仕事なのか? ノーラがそんな報酬を渡したとは思えないんだけどな」
「まあそれは後程。ほら、荷物はあそこにありますから」
ウィリーが親指で差した先から四頭引きの大型の荷馬車が現れた。
荷馬車の前後や屋根上には数人の軽武装した人間が随伴している。
商隊としては珍しくない構成ではあるもののブランクは顔を引きつらせた。
軽武装した者たちが皆一様に防塵面を被り顔を隠していたからだ。
あれほどにまで怪しい集団を兵士がよく見て見ぬふり出来たものである。
それこそ治安維持隊と共謀でもしていないと道理に合わない怪しさだった。




