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ジウにて 2

 買いつけがいよいよ盛り上がり人々の活気が溢れる中でブランクは人気を避けて空木箱の横に腰を降ろした。


 どっと溢れた汗を拭い、潮風を浴びる。


 だんだん観客の需要が大きくなってはいるがまだもう少しならいけるだろう。


 しかしそろそろ単純な力技ではない魅せ方を考えなければとも思っていた。


 カヌークの漁民にはいくつかのしきたりがあった。


 一番魚が獲れた船から荷卸しが出来るのもしきたりの一つである。


 細かく言えば豊漁の船よりも珍しい魚介を揚げた船が一番買いつけにあやかれるのだが、最近では珍しい魚介は揚がっていない。


 それに駐屯兵の増加によって魚の需要が増し、今や多く水揚げした船が一番の功労者として扱われるようになっていた。


 ブランクの力自慢はもともとはただの悪ふざけであった。


 たまたまブランク自身が摂ってきた魚の箱を小分けして荷卸しせずにそのまま担いだところ周りに受けてしまい、それがいつの間にか豊漁一番の船の最初の荷卸しを行うという役目になってしまったのである。


 そしていつの間にかそれは祭事のようになり、ブランクが落とさずに陸に揚げた木箱の魚は縁起が良いということで通常よりも高値がついて競り落とされるまでになっていた。


 カヌークの民は皇帝こそ神の権化とするゴドリック帝国の中でも験担ぎや自然信仰が根強く残っている地域の一つでもある。


 それは自然の恵みと共に生きる漁師としての歴史と島嶼との交流の歴史が混じりあって出来上がった異種独特の文化であった。


 ブランクが買いつけの人々をぼんやりと眺めていると魚を運んだ船の船頭がやって来た。


 今回一番の漁獲高だった男である。


「ブランク! 今期一番の値がついたぜ、ありがとうよ!」


 そういうと船頭はブランクの斜め横にどっかと腰を降ろし皮袋と水筒を投げてよこした。


 皮袋はかなり重たかった。


「こんなに? 底に石が入ってるんじゃないか?」


「そんなことしねぇよ! 方面軍の旦那連中が大枚はたいて買ってくれたんだ」


「へえ、景気がいいね」


 方面軍は良い常連客ではあるが今まで一番買いつけを狙ってきたりはしなかったという。


 しかしここのところ毎日のように一番買いつけをしていくようだ。


「まぁ、あんな事件があったもんよ。おそらく全員に縁起もんの魚が行き渡るまで買いつけてくれるんだろうさ」


「あー」


 ブランクは何気ない顔をして水筒に口をつけた。


 件の事件によりエキトワ方面軍は失態に次ぐ失態で赤恥をかいていた。


 ロブ・ハーストの直属の上司である少尉は帝都に召還されてから帰ってきていないという。


 しかもしれっと除隊され、その隊は他の隊の預かりとなる形で落ち着いたとのことだ。


 その異様な人事が皇帝に対する恐怖を深めていた。


 おそらくその少尉はもうこの世にはいないのだろう。


 エキトワ方面軍は今、負の連鎖を断ち切るために藁をもすがる姿勢ということだろうか。


 それもまた皇帝に知られたら不忠として咎められそうだなとブランクは思った。


「海神アテルマの加護が内陸の人間にも届くかは分からんが。お得意さんだからな、俺からも祈ってやらないとな」


 船頭はそういうと海獣の骨で作られた首飾りを握りしめ目を瞑った。


 その隙にブランクは皮袋から貨幣を三枚ほど摘まんで残りを船頭に放って返した。


「あぶねっ。おいブランク、人が目を瞑ってる時に……って、なんだよこれ」


「昨日貰った金もまだあるんだぜ? いらないよ」


「馬鹿言え、いらないことはないだろ」


「今日の飯代は今もらった。暫くの生活費は昨日のがある。あとは皆に分けてくれよ」


「お前なぁ、お前が盛り上げてくれる時とそうでない時の客の金払いは結構違うんだぜ? 正当な対価を受け取らねぇとこっちが困るんだよ」


「俺はちょこっと水揚げするだけだろ。こんなに貰ったら皆に悪いよ。それに……余所者だぜ、俺は」


「馬鹿、なんだそんなこと気にしてたのか。漁民は全て海の民だ。家族だ。カヌークもテルシェも関係ねぇよ!」


 再び船頭からブランクへ皮袋が投げられる。


 しかしブランクはすぐに船頭へ投げ返した。


「だったら尚更だな」


「なにぃ?」


「これ、エメリじいさんにやってくれよ。息子さんが兵隊行ってから一人でさ、元々不仲だったからって強がっちゃってるけど水揚げ縄で切った手で仕事してて見てられないよ。追い込み漁は皆の連携が必要だ。だから早く直してくれないと迷惑だって、あんたから言ってやってくれよ」


 船頭は黙ってブランクを見つめ、少しの間を置いて溜息をついた。


「おめぇってやつはよぉ。ほんとに、うちの町に越してこいよ」


「何処の漁師でも家族なんだろ?」


「ちぇっ、わかったよ。これはじいさんの治療費に当てる。残ったら他に怪我してるやつとか、船が痛んでる奴とかにくれてやる、それでいいか?」


「流石は船頭、あんた来期の組頭になれるね」


「おだてんじゃねぇよ!」


 船頭が照れ隠しにブランクの肩を思い切り叩き、今まさに飲もうとしていた皮袋から水が溢れてブランクの顔面に飛び散った。


 水が鼻に入って咳き込むブランクを見て笑う船頭。


 ひとしきり笑ったあとにふと真顔になりブランクに問うた。


「で、お前いつまでいられるんだ?」


「さぁ、いつまでかな」


 顔を拭きながら答えるブランク。


「不審船を追っかけた巡視船がことごとく撃沈された事件のせいで今や()()()()()はてんやわんやだよ。漁民にも協力者がいるんじゃないかって捜査の目が及んでろくに漁も出来やしない。俺はたまたま運よく調査が入る前にこっちに遊びに来たから自由にやれているけど、ノーラなんか調度捜査の真っただ中に向こうに帰っちまったもんだ。きっと暫く戻って来れないよ」


「ノーラちゃんなぁ、可哀そうに」


 調度良かったのでブランクは嘘をついた。


 ノーラはすでにゴドリックにはいない。


 それでもカヌークの人々には正体は隠しておきたい。


 もともとノーラもカヌークではテルシェデント出身ということになっているからそこで足止めされているということにしてしまえば暫く会わなくなっても辻褄が合う。


 漁民は遠洋に出かけることもあるので数か月会わなくでも疑われることはないが。


「ま、お前がいてくれれば暫くは金回りがいいってもんだ。じゃあ明日も期待してるぜ!」


「そろそろ俺の腰がやばいかもな」


「なに言ってんだよ若造が……ん?」


 和気あいあいと会話する二人に近づいてくる者がいた。


 船頭は怪訝な顔でその人物を見つめる。


 その者はこの小さな田舎町では見たことがない者だった。


 顔なじみの買いつけ業者でもない。


「ちょいとごめんなすって」


 見知らぬ男は商人のようで、薄い顔に薄ら笑いを浮かべて挨拶してきた。


「ブランクさんですね? ノーラさんの紹介で荷物を持ってきたんですが……」


「おうブランク、おめぇの客だったか。じゃあ俺はエメリ爺たちのところに行ってくるよ」


 立ち上がり商人に軽く手を上げた船頭は大股で去って行った。


 その後ろ姿をにやにやと見つめる商人をブランクは訝しげに見つめた。


 自分の名前とノーラの名前を知っているということはノーラから依頼を受けた商人なのだろうが、ノーラから何かを送ってくるという連絡を受けた覚えはない。


 そもそもノーラはもうこの国にいないのだから業者を手配できるわけがなかった。


 いったい何者だろうか。


 その視線に気づいたか、商人はにやけ顔を更ににやけさせた。


「申し遅れました、ブランクさん。私はウィリー・ザッカレアと申します。しがない密輸業者でございます」


 ウィリーは恭しくブランクに頭を垂れて見せた。

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