至り着き 10
国営炭鉱で唆されたということは襲撃の協力者は帝政側の人間と考えるのが妥当だ。
しかし炭鉱警備の関係者がバルトスたちのバエシュ入りや馬車の通る時刻を知っているはずもない。
そうなればその人物は情報の提供を受けたということになり、情報を知るのはブロキス帝とヘイデン少佐ら諜報部隊の人間しかない。
だがそれだと同行するエリスの存在が不可解だった。
彼女は知っていたのだろうか。
襲撃は彼女だけ身の安全を保障されていたのだろうか。
エリスも率先して襲撃者を排除しようとしていたのだからそれはないだろう。
となれば彼女もまたヘイデンに騙され生贄にされたのだろうか。
一方で逆に襲撃の協力者は国営炭鉱に紛れ込んだレイトリフ大将側の人間ということも考えられた。
その場合はその密告者がかなり優秀な間者であり、かつレイトリフ大将が帝政からの造反を目論んでいるということが前提となるが、それもない話ではない。
どちらの目論みであったとしてもテルシェデント入りをしたらバエシュの官憲に街道での殺人を報告せねばならない。
そうなれば取り調べのために拘束されるのは火を見るより明らかだった。
万が一この襲撃がレイトリフの計略ならみすみす人質になりに行くようなものだ。
立場としては帝都に引き返してヘイデンに報告したほうが良いだろう。
その場合にはレイトリフがテロートの官憲に装甲義肢を無断で使用させた件はうやむやになるが、それを揉み消そうとしたのだと今回の襲撃を結び付けることも出来る。
バルトスの中で今後の方針が決まった。
バルトスが再び思案を巡らせている中、中年は馬車を襲撃したことを後悔していた。
年若いのに彼らの咄嗟の判断は迅速かつ非情だ。
中年も悪事を多く働いてきたこんな悪は見たことがない。
帝都から来る兵士ということで戦闘経験もない文官的な存在であると高を括っていたのが間違いだった。
学のない中年は年若い青年兵士に推理できる能力があるとは思っていなかった。
痛くて辛いが自分が黙っていれば尋問は続き命ばかりは取られずに時間が稼げる。
時間が稼げれば街道の前後を封鎖していた仲間が助けにくるだろう。
それを狙っていたのに青年兵士は中年の外見や地理、付近の情勢で中年の黙秘した言葉を全て言い当ててしまったのだ。
それでも中年には黙秘を続けるしか手は残されていなかった。
尋問もそこそこにバルトスが思案していると人がやって来る気配を感じた。
茂みの奥から現れたのはセロだった。
「きたよー」
「ひぃっ!?」
中年は引きつった叫び声をあげた。
全身血まみれの男が手に赤黒い塊がこびりついた小刀を握りながら現れれば誰だって驚くだろう。
仲間が何をされたのかは想像も出来ない。
しかし相当狂気じみたことをやられたことは想像に難くなかった。
「おう、なんか聞けた?」
「うん、この人たちは近くの国営炭鉱から脱走してきた人みたい」
仲間の兵士が異様な出で立ちであるにも関わらず自分を尋問していた青年は驚きもせずに普通に話しかけた。
これがこいつらの当たり前なのかと中年は心底震え上がった。
「やっぱりか。でも炭鉱夫って刺青入れられてるんじゃなかったっけ?」
「そういえばないね。……って、やっぱりかって何も聞いてないの?」
「そうなんだよ。このおっさんすげぇ口が堅くてさ」
中年は驚いた。
そこまで黙秘をした覚えはない。
二人の視線が自分に浴びせられ中年は息が止まった。
次に血濡れの兵士から発せられる言葉は中年にも容易に想像が出来るものであった。
「仕方ないな、じゃあ僕やるよ」
「わりぃな」
「まっまてまて待て! 喋らねぇなんて言ってないだろ! なにするつもりだよ!?」
「なにって、唇削いで歯茎を刺したりするだけだよ。でもそうするとよく話してくれるんだ」
にっこりと笑うセロ。
中年はその笑顔を見た瞬間体の力が抜けるのを感じた。
股間から生温かい液体が溢れ衣服に染みを作っていく。
どうして自分はこんな目にあっているのだろう。
これは夢に違いなかった。
「お願い……なんでも話すから……痛い事だけは……しないでください」
中年は擦れた声で精一杯の懇願をするのだった。
程なくしてバルトスとセロは絶望に頬を濡らした中年の亡骸を見降ろしていた。
約束通り痛くはしなかった。
しかし流言飛語や新兵器の露呈の阻止などの観点から賊の殲滅は大前提であり、助命を懇願されても聞きいられるはずもない。
一仕事終えた二人はお互いの聞き出した情報を照合した。
中年と男が供述した内容は一緒だった。
男たちは集団で脱走した国営炭鉱の囚人であり、逃亡に協力した炭鉱の警備兵から今日の馬車の情報を聞いていた。
馬車にはレイトリフの不正を追及しにきた兵士が乗っていると聞いた。
それを殺せば怒り狂ったブロキス帝によりバエシュの責任者たちは処断されるだろうと助言を得た。
それが彼らの動機であった。
しかし結局のところ協力した警備兵の顔はよく覚えていないらしく、壮年の男だった気がするとしか情報は引き出せなかった。
捜査しようにもこれ以上は自力で調べることも調査を協力することも出来ない。
結論としてセロも帝都へ戻ることに賛同の意を示した。
「どちらが仕掛けたのかは現状じゃ分からないね」
「可能性としては禿げデブの小細工だって考えるのが妥当だけどな。条件としてはバエシュ側が苦しすぎる」
「だとしたらエリスは知ってたのかな」
「わかんねぇ。警戒だけはしとこうぜ」
「うん」
「使い勝手のいい捨て駒にされんのだけは御免だぜ」
「そうだね。あ、そういえばまだ仲間がいるってさ。街道の前後を封鎖している役目の人がいるんだって」
「まじかよ」
その時ちょうど銃声が聞こえた。
顔を見合わせる二人。
恐らくは戦闘音が止んだことで見に来た襲撃者たちの仲間とエイファ達が会敵した音だろう。
バルトスは大きくため息をついた。
「どいつもこいつも血の気が多くて嫌だねぇ」
「説得力がない、バルトス」
「おめぇが一番血の気が多いよ」
「外見的にね」
悪趣味な冗談で笑う二人。
そして表情を兵士に変え救援に向かうのだった。
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