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至り着き 9

 バルトスが他方で尋問を行っている時、セロもまたすこし離れた所で尋問を開始していた。


 敵が複数いた場合は複数人捕縛したほうが良い。


 一人だけだと聞き出した情報に整合性があるのか判断がつかないからだった。


 捕える人間は出来るだけその集団の上位地位の人間が良かった。


 当然、一番情報を持っているからだ。


 セロ、バルトス、エリスは戦闘中において集団の地位を見定めていた。


 今回は首領が士気高揚のために真っ先に突っ込んでくるなどという愚行がなかったのはありがたかった。


 まず馬車に接近していた近接武器の持ち主たちは下っ端だ。


 彼らはただの鉄砲玉にすぎなかった。


 そして弓や銃の保有者たちも見たところただの下っ端だ。


 統率者は一番安全なところにいて、かつ集団を広く見渡せる場所にいるのが定石なのだ。


 結局、セロとバルトスは馬車の窓側にいて先頭をきって逃げていった者のうちの二人を捕えた。


 消去法のようだがそもそも職業軍人でもない暴徒など戦略度外視の理解不能な動きをすることがあるし、首領が存在しない若しくは複数人いる場合もままある。


 不利と分かれば蜘蛛の子を散らすようにばらばらに逃走する事もある。


 だから組織立って逃走していく最小限の集団を見極めるのは重要だった。


 どのみち殲滅する事は確定していたので、セロたちは端から集団を倒しつつ相手の出方を見極めていた。


 おそらく首魁はバルトスが相手をしている中年だが、中年の後ろについて逃げていたこの男もそれなりに尋問の価値があるだろう。


 男はセロによって手を後ろに縛られた状態で更に木に吊り下げられていた。


 そのため両肩は脱臼してしまっていた。


 血が行き届かなくなった腕は妙に白く、痛みで真っ赤に変色した顔との対比が鮮やかだった。


 脚は膝関節を横から踏まれたため折れている。


 更に大腿部の動脈も切られている。


 これでは痛みで歩けないどころか失血死もあり得たが、止血を施されたので意識は辛うじて保っていられた。


「なあ……」


 激痛は去り、全身が鈍痛で悲鳴を上げてはいるものの男は現状を把握しようとした。


 目の前の青年は男を拘束した後は特に何もせず、近くに腰を降ろして銃の手入れをしていた。


 情報を聞き出したいなら知っている事ならなんでも答えるのに、いったい何が目的で放置し続けるのか。


 最初は銃を手入れした後に撃ち殺されるのだと恐怖していたが、あまりの殺意のなさに疑問が湧いた男は気力を振り絞ってセロに声をかけた。


「なぁ、なにしてるんだよ……」


「…………」


「おい!」


「ん?」


 無視するセロに男は怒鳴った。


「殺すなら殺せよ! なんだよこの時間は……なんの意味があるんだよ」


「意味?」


 セロは煤を取りつつ銃口を覗きながら答えた。


「意味ね。意味ならあるよ。尋問しやすくなる瞬間を待ってるんだ」


「どういう意味だよ……」


「寒い? そろそろ血が足りないんじゃないかな。でも意識はまだはっきりしてるね。僕はあなたの意識が混濁してくるのを待っているんだよ。その時に尋問したほうが何でも答えてくれるんだ」


 淡々と答えるセロに男は絶句した。


 なんと非人道的なことを言ってのけるのだろう。


「なんなんだよ……なんなんだよ、畜生! てめえらが……てめえらは……地獄に落ちやがれ!」


「わあ元気、時間がかかりそうだな。ちょっと元気、なくそうか」


 うんざりした顔のセロが銃の掃除に使っていた布を手に立ち上がった。


 そして額に布を巻かれ木に頭を固定される男。


 脱臼した肩の骨が邪魔をして頭が動かせなくなる。


 何をする気だと言いかけた時、男はセロが取り出した小刀を見て戦慄した。


「な、なんだ……や、やめ……やめろっ……あっが……!」


 唇を摘ままれたと思いきや熱が脳髄を貫く。


 摘ままれた唇が非道な拷問官によって鼻と一緒に削ぎ取られたのだ。


 痛みに涙が溢れ喘ぐことしか出来ない男。


 しかし本当の地獄はこれからだった。


「知ってる? 歯茎って神経がいっぱい走ってるから痛覚もすごいんだよ。だから今から刺したり削いだり色々するね。大丈夫、死なないように気を付けるから」


 男は力の限り叫び声を上げた。


 それは耳を覆いたくなるほど恐ろしい悲鳴であった。



「……おー、やってるねぃやってるねぃ」


 男の絶叫は少し離れたバルトスたちの元にも届いた。


 狂気に満ちた絶叫が襲撃者の中年の鼓膜を震わせた。


 中年は耳を塞ぐ事も出来ずに込み上げる吐き気を堪えるのに必死だった。


 自分たちも私刑や強姦などで生贄を叫ばせたことはあるが、あんなにも悲痛な叫びを出させたことはなかった。


「な、なんだよあの声……なにされたらあんな声が出るんだよ……!」


 中年は恐怖を振り払うように怒鳴った。


 折られた腕と斬られた足が痛むが関係ない。


 むしろ激昂していたほうが痛みを忘れられる。


 そんな中年の思いを知ってか知らずかバルトスは冷めた顔で中年を見つめるのだった。


「あんた俺で良かったね。で、だ。話の続きだけどなんで俺たちが襲撃に合って殺されることが帝都にばれていいんだ?」


「だ、だから言っただろ、いずれ分かるってよ」


 セロのおかげか中年の言動に明らかな狼狽が見える。


 もう一押しで何でも喋るように違いなかった。


「でもその頃には俺らはもう死んでるってんだろ? 死んでたら分かんねえじゃん」


「…………」


「つーか、帝都にばれればバエシュ領の領主に責任が及ぶ。それがあんたらの望みなわけだろ」


「…………」


 中年はまだ口ごもる気力があるようだが図星であるようだった。


 彼らは何らかの罪を起こしたことで炭鉱送りになった。


 それがバエシュ領営ではなく国営の炭鉱なものだから、感覚的にはバエシュから国に人身売買されたといった感じに思っているのだろう。


 逆恨みも甚だしいが本来バエシュの監獄で服役するはずだったのに劣悪な環境で使役を強要されれば怨みにも思うのも仕方がないのかもしれなかった。


 自分たちでは復讐もままならないから地方と国とを仲違いさせようというのが彼らの襲撃の動機なのか。


 壮大にして稚拙ではあるが、下層の市井にまで皇帝の横暴と地方との軋轢が確信されているという事実を知ることは出来た。


 そしてそれはバエシュ領内では当然のように囁かれているのだろう。 


 単純明快ではある。


 ブロキス帝なら邪魔なレイトリフ大将を処する絶好の好機と捉えそうな気も充分にする。


 襲撃者たちが利用しようとするのも道理としては筋が通る。


 しかし分からないのは誰が彼らにその知恵を授けたかだ。


 それが一番の問題だった。

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