至り着き 8
エイファとエリスが馬車周りの後始末を行っている時、バルトスとセロは少し離れた茂みの中にいた。
それぞれが距離を取り、相対するのは襲撃者の生き残りだ。
これから行うのは尋問である。
襲撃してきた動機、他の仲間の存在などを短期間で出来るだけ聞き出す必要があった。
バルトスの相手は小太りの中年だ。
腕を折られ足の腱を切られているので動けない。
木に顔面を叩きつけられたので呼吸のたびに鼻と口から血の泡を吹き苦しそうにしている。
バルトスが戻ってきた事に気づいた男はなんとかして逃げようとするが、芋虫のように地面をのたうつばかりであった。
バルトスは男を蹴り飛ばすとすかさず大腿部に布を巻いた。
意外と流血が多かったので失血死させないための処置だ。
処置を終えたバルトスは男の前で腰を降ろし男に水筒の水を勧める。
しかし男はバルトスの顔と水筒を交互に見てから小さく頭を振って拒否した。
「よう、お前らだいぶ手慣れてたじゃねぇか」
バルトスは自分で水を飲みながら男に話しかけた。
男は荒い息で肩を上下させるだけで返事はしない。
だがもう一度水を差し出すと、今度は口を付けて口を濯ぎ、二口目で喉を潤す。
対話をする気はあるようだった。
「この街道で賊が出るって話は聞いたことがねぇんだが、なんでそんなに慣れてる?」
「……慣れてなんかいねえ。人を襲うのは初めてだ」
バルトスの問いにようやく男は答えた。
歯の抜けた口から血の涎が垂れた。
「本当かよ。だったらお前ら賊の才能あるぜ。ま、たった四人に全滅させられちまうくらいの才能だけどな」
「…………」
「て、ことはだいぶ準備したんだろ。俺たちを見ても驚きも慌てもしなかったもんな。馬車に乗っているのが兵士だってことは分かってただろう。何故だ」
「テルシェに向かう馬車は帝都からの使者だって聞いた。戦地に送る食料を増やす催促だとな。ただでさえ物価が上がって蓄えがねえのにこれ以上上げられちまったら明日の飯も食えなくなっちまう。だからあんたらには死んでもらう予定だった」
「誰から聞いた?」
「……巷の噂だよ」
バルトスはだいたい理解した。
テルシェに、といっている事からして彼らはテルシェデントの住民ではない。
本当の住人ならそこで区切らないことを何度も訪れていた彼は知っていたのだ。
服は煤で汚れてはいるが同じ生活圏にいる炭焼きでもなく、妙に人を襲うのに慣れている所からして彼らは元犯罪者の炭鉱夫なのだろう。
炭鉱開発は帝政が試験的に取り組んでいる事業だ。
石炭と呼ばれる木の化石は木炭の代用になり、それに着目した政府が近年になって事業を進めていたものである。
しかし木炭ほど生産数が安定しないため信用に足る事業とは言い難い。
しかもその労働環境は劣悪で、なかなか働き手がいなかったのだった。
そのため炭鉱では多くの囚人が強制的に使役されていると聞いた。
そしてそれらの者たちが独自の村社会を形成しているということも噂で耳にしている。
労働の対価として与えられる衣食は最低限の供給を下回っているため、彼らは不足分を補い生きるために僅かな俸給を通貨代わりにして凌いでいる。
現状でさえ苦しい思いをしているだろうが、ここへきて更なる困窮が目に見えていると分かれば決起するのも無理はないことなのかもしれなかった。
恐らくそそのかしたのは炭鉱に勤務している部隊の兵士だろう。
ただし炭鉱は帝都の直轄地なので部隊の管轄はバエシュではなく帝都ゾアだ。
万が一その部隊が反皇帝派でありレイトリフ大将と懇意な関係にあるとなれば話は綺麗にまとまるが、仮にそうだとしたらエイファ班程度の少人数では対処できる内容ではない。
事態はかなり深刻であり予想以上にブロキス帝政が追い詰められていることを示唆していた。
だが、これほどまで推測が捗るのも何か引っかかる。
果たしてこれをそのまま上へ報告して良いものか。
仮にだが、レイトリフ大将が本当に反旗を翻そうと準備をしていたのなら、もはや準備はとうに整っているのではないか。
新兵器の不正転用や不審船の捕獲失敗からの巡視船の損害、そして領内での馬車襲撃は確かに責任者であるレイトリフ大将の糾弾は免れないが、いずれも帝都の不始末のとばっちりや尻拭いであった。
ここで重責を負わせてしまえば世間の同情は大将に寄せられるだろう。
バルトスにはレイトリフ大将がそれを狙って大胆な自傷行為を行っているような気がしてならなかった。
「ていうかよ、俺たち殺してもすぐにばれるだろうし、結局物価は上がるんじゃねえの?」
「ばれていいんだよ」
「おっ、なんだ意味深なこと言いやがって。どういう意味だよ」
「いずれ分かるぜ……ま、分かる頃にはおめぇらはもうこの世にはいねえんだろうがな」
男は不敵に笑った。
自分の予想が嫌に現実味を帯びている。
バルトスは当たっても嬉しくない想像が補完され鼻面をしかめた。