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至り着き 7

 火花のような音が鳴り響き馬車の扉が大きく開かれる。


 風が襲撃者たちの横を吹き抜け、気が付くと背後には一人の女が立っていた。


 軍服を着ている。


 下半身は無骨な鎧のようなものを身に着けており上半身との不釣り合いが甚だしかった。


 状況から考えれば彼女は馬車の中にいた兵士だろう。


 援兵であるはずはない。


 何故なら後続がないように街道の前後はわざと荷駄を倒した仲間が塞いでいるはずだからだ。


 付近には回り込める道などもなかった。


 しかし女が馬車から出てくる瞬間をはっきりと見ていた者はいなかった。


 意識していれば見えたであろうがまさか疾風のように駆ける人間がいるとは誰が予想できるだろう。


 我に返った猟銃持ちが慌てて銃口を向けるがもはやそこに女はいない。


 下からの視線を感じて見やるとそこに女の顔があった。


 恐怖に硬直した男は銃を引っ張られ反射的に胸元に引き寄せてしまう。


 女は男の引き寄せる勢いを利用して銃身に掌底を喰らわせた。


 男の顔に銃の背がめり込み前歯と鼻血が飛び散った。


 銃を奪った女はすかさず弓使いに距離を詰め喉から脳天を撃ち抜いた。


 その光景に呆気に取られる襲撃者たち。


 それが彼らが最期に見た光景だった。


 馬車から飛び出した二人の兵士が次々に標的を始末する。


 飛び道具が封じられた襲撃者など銃剣を持った兵士には赤子も同然であった。


 勝敗は瞬く間に決した。


 悲鳴が途絶え、扉を開けたエイファの眼前には無数の遺体が転がる光景が広がっていた。


 これが先ほどまで自分たちを囲い、走り、叫んでいた者たちだというのか。


 生温かな鉄錆のような臭いは壁などないはずの空間に充満した血の臭いだった。


 気丈を保とうとしていたエイファ。


 しかしエリスに声をかけようとして出てきたのは嘔吐だった。


 地面に膝を付き込み上げるものを吐き出す。


 体が震え、涙が溢れた。


 見れば馬車の裏側にも倒れている者がいた。


 あれは自分が顔も見ずに撃った者だろう。


 可哀そうとは思わなかった。


 襲撃を受けたのだ。


 命のやり取りになる覚悟はお互いにあったはずだった。


 恐ろしいとも思わなかった。


 兵士になった以上はいつか通る道だと理解していた。


 それでも震え、涙が出るのだ。


 それが人を殺すということだった。


「大丈夫ですか?」


 エリスが声をかけてきた。


 ただし声をかけるだけで寄り添い背をさすってくれる気はないらしい。


 どういうわけか自分を嫌っているエリスらしい冷たさとも思えたが、同時に彼女なりの優しさにも思えた。


 ここで肩を抱かれてしまったら余計な罪悪感を覚えてしまう気がしたのだ。


「……平気よ!」


 吐瀉物の味のする唾を吐きエイファはエリスを睨みつけた。


 その振る舞いにエリスは少しだけ微笑んだように見えた。


「まぁ、泣き叫んでいやいや言わなかっただけでも良しとしましょうか」


「そう言うあなたはずいぶん平気そうね……戦闘経験があるの?」


「実際人死にの出た戦闘は初めてですね。ですが聴取の最中なら何度かありますよ」


「聴取、ね……」


 体の良い拷問のことだろう。


 諜報員でヘイデン少佐の側近のような立ち回りをしているエリスだ、そういう経験は豊富に勉強させてもらっているに違いなかった。


「セロたちは?」


「馬車の裏側にいた襲撃者たちを追いかけて行きました。逃げちゃいましたからね」


「皆殺しね。素敵だわ」


「市井が守護者たる帝国軍人を襲うなどあってはならないことですからね」


「国家の礎たる臣民を皆殺しにするのもどうかと思うけどね」


「またそういう甘い事を言う……」


 藪を掻き分ける音が聞こえ、バルトスとセロが現れた。


 二人とも血に濡れているがどうせ返り血だろう。


「終わったの?」


「まだだよ。これから尋問しなきゃだろ」


「ちょっと縄と布ない?」


「縄と布?」


「うん、あっちにもう二人捕まえてあるんだけど今逃げないようにちょこっと手足切ってるから。止血しないと死んじゃうかもしれないからね」


「縄なら馬車の荷物置きにありましたよ。布ならそこらへんから剥ぎ取れば良いでしょう」


「うん。……エイファ、大丈夫?」


「平気」


「泣いてげろ吐いて小便ちびったのかよ? だっせぇ!」


「漏らしてないわよ!」


「まぁまぁ、僕らだって最初はそうだったじゃん」


「俺は泣いてねぇしげろってもいねぇよ!」


「確かに……バルトスはそうだった」


「へんっ」


 馬車からエリスが縄を降ろし、バルトスは周囲の亡骸から衣服をはぎ取った。


 その光景はまるで追剥のようだと思ったがエイファは黙っていた。


「よし、そんじゃエイファ、お前は馬車が動くか点検しとけよ。ウリック特務曹長様々閣下はひとっ走りしてテルシェデントから応援呼んで来てくれや。その間に俺とセロで連中の動機を聞き出すからさ」


「慇懃無礼な呼び方ありがとうございます。ですが上官に対して命令しないように。あと私の装甲義肢はテルシェデントの関係者には内密にしておきたいのでその案は却下します。とっとと尋問してきてください。私は遺体を路傍に片付けておきますので」


「ちぇっ。りょーかい。じゃあセロ、お前おっさんのほうな」


 不満げに再び藪へ消えるバルトス。


 セロは少し間を置き、バルトスに聞こえないようにエイファに耳打ちした。


「確かにね、バルトスは泣かなかった。でもずっと不機嫌だったよ。……人を殺して何とも思わない人間なんかいない。だからエイファは正しいから、その感覚は大切にしてね」


 セロは誰を慰めているのだろうか。


 その顔はどこか寂しげで苦しそうだった。

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