至り着き 6
「死ぬ気なんかありませんよ。私の着装完了まで時間を稼いでください」
エリスが差したのは荷物置きの空間にある大きな箱だった。
帝都でエリスが手配し乗り込んだ時からずっと荷物置きにあった箱である。
「着装……?」
三人はその単語に聞き覚えがあった。
それは化身装甲や装甲義肢を身に付ける時の用語だった。
箱がなんなのかは気にも留めていなかったが、となると中身は装甲義肢か。
そしてエリスは義肢使いだったらしい。
「嘘だろ? お前そうだったのかよ」
「黙っていたわけじゃないですよ。わざわざ言う必要がなかっただけです」
「でも着装するったって……気持ちは嬉しいけど役に立つかな」
バルトスとセロには自分たちが操る型の装甲義肢の想像しか湧かない。
あれは圧倒的な腕力を誇るが現状を打破できるかと言えば難しかった。
「どの道出たら飛び道具の的だぜ」
「腕型ならそうかもしれませんがね、私のは脚型ですから」
「脚型?」
「なんだよそれ初めて聞いたぞ」
「関係者皆、別に教える必要もないと判断していたんでしょうね」
「脚型ってことは……機動力重視って考えていいの?」
「そういうことです」
「なるほど……だからてめぇ、マノラからの帰還があんなに早かったのか!」
「いえ、あれは別にそういうことじゃないですけど」
マノラとテロート区間の移動も確かに早かったがあれは単純にマノラでの仕事がすぐに終わったからだ。
ただし民間女性を強姦魔たちから救った時は装甲義肢を使用し、その時は誰もその速度を目で追うことは出来なかった。
「これなら攻撃を受けずに森まで走れます。多少の格闘術も嗜んでますので攪乱は出来ますよ」
「うん、よし。じゃあエリスが攪乱、僕らで殲滅だね」
「私はなにすればいいの?」
「お前は邪魔……いや、窓側のほうの敵を警戒しててくれや」
「了解!」
「馬鹿、窓開けんな!」
一同の作戦が決まった。
敵が再び近づいてくるとバルトスとセロは交互に扉を開け、撃ち、扉を閉め、装填するを繰り返す。
ただでさえ装填速度の上がった後装式の銃に加え二人の連携は流れるように円滑だった。
しかし襲撃者たちも仲間の負傷にとうとう業を煮やしたのか撃ち返してくるようになった。
なるべく綺麗なままに馬車を含む物品を手に入れたかったのだろうが諦めたようだ。
馬車の薄い扉に銃弾が通りセロの頭の上をかすめる。
それでも二人は特に気にした素振りも見せず黙々と攻撃を行った。
その顔つき、目つき、雰囲気にエイファは身震いした。
これが前線経験者の顔なのか。
普段のおちゃらけた年相応の若者の顔とは全くの別人である。
まるで当たり前のように人を撃つ。
そこにいるのは完全に兵器と化した殺人者だった。
だが二人は後ろも気になるようで時々馬車内に目を配るような仕草をする。
確かにエイファは二人の働きに興味がいってしまってはいるが別に警戒を怠っているわけではないので心外だった。
扉のない窓側の敵たちも攻撃を開始し窓を破ろうとはしていたがそもそも外開きの雨戸がなかなか堅牢で突き破れずにいる。
無理やりこじ開けようとされた時に短銃で狙い撃てばエイファでも対処できるのだった。
心配されるほど戦闘の素人ではない。
これでも熟練の兵士から血反吐が出るほどの訓練の手ほどきは受けている。
いや、二人はエイファの戦力を心配しているわけではなかった。
答えはエリスが立ち上がってはっきりと分かった。
箱を展開させ装甲義肢の各種部位を取り出し、自らの懐から装甲義肢の原動力ともいえるセエレ鉱石を取り出したエリスは動力に鉱石を組み込んで駆動させ着装の準備を整えていた。
そして立ち上がったわけだがエイファはその時初めて装甲義肢や化身装甲の大きな欠点を思い出したのだった。
エリスはおもむろに下着と一緒に下半身の着衣を脱ぎ落とす。
化身装甲は着衣状態で着装すると衣服と人体が癒着して混ざり合い手術でも剥離不能になるという欠点があり、それは装甲義肢も同様であるようだった。
つまりバルトスとセロは着装時には上半身裸にならねばならず、エリスは下半身、エイファにいたっては全裸にならねばならないのだ。
バルトスもセロもそれを充分に理解していた。
そしてその瞬間を年若い男たちが見逃す筈がなかった。
例えそれが殺し合いの最中であったとしてもだ。
「ばか! エリス待って! ばかども、あっち向いてなさい!」
慌ててエイファがエリスの陰部を隠すとエリスははっとして男どもを見た。
流石のエリスもこのような状況であるし、自分を眼鏡ブスだのばばあだの言ってくる連中が好色の目を向けてくるとは思っておらず油断していたようだ。
「な、何を考えているんですかこんな時に!」
座り込み珍しく声を荒らげるエリスは耳まで真っ赤になっている。
対してバルトスもセロも再び兵士の顔へ戻ってはいるはその顔はどこか達観していた。
「あのな、ばばあ。男にはどうしても譲れない瞬間があるんだ」
「うん」
「例えそれが皺皺のばばあでも、えげつないブスでも、それどころか男だったとしてもな」
「うん」
「襟元のちら見えと下半身の露出にはどうしても目が行ってしまう」
「そう」
「それが男の悲しき性ってやつさ」
「うん」
「ばっ、ばっかじゃないですか!?」
エリスが叫んだと同時に御者台側の小窓から槍が突き入れられバルトスの脇をかすめた。
裏側の敵が御者台に登ってきたようだ。
すかさず装填を終えたセロが小窓を撃ち、外からは苦悶の声と地面に倒れ落ちる音が聞こえた。
馬鹿げた時間の浪費で敵の接近を許してしまったようだ。
「死角が多すぎる。もう持たねぇぞ」
「ああ、もう!」
「助平、変態!」
「エイファはちゃんとあっち側の警戒してて」
「お前らもちゃんと敵を向きなさい!」
意を決したエリスが装甲義肢に手を伸ばし着装を開始する。
変則的なやり方だが動力は既に動き出しているので着装完了と同時に行動できるのだろう。
腕型の装甲義肢はこのやり方は出来ない。
徐々に着装後に回転数を上げ火花を調整していかないと着た瞬間に腕が千切れ飛ぶ可能性もあるからだ。
脚型は戦闘重視でないぶん動力が抑えられているのだろうか。
足の筋肉と腕の筋肉の筋力の差も関係するのかもしれなかった。
それにしてもエリスの大腿部は白くふくよかで、規律の象徴のような形式ばった軍服の上着と相反して実に我が儘であり、実にけしからぬ背徳感があった。
ばれて開き直ったのか盗み見を隠そうともしなくなったけだもの二人と、何故か人の陰部をじっと見つめて紅潮している馬鹿娘の視線を感じつつエリスは後でこいつらは殺そうと決意するのだった。