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至り着き 5

 仄暗い森の中で立ち往生する馬車。


 障害を(いと)い前後に足踏みをする二頭の馬。


 その揺れで地面にずり落ちる御者の亡骸。


 沈黙を続ける乗客の反応を待たずして襲撃者たちは行動を開始していた。


 泥と(すす)にまみれた汚らしい服を纏った集団だった。


 各々が目配せをしながら少しずつ馬車へと接近していく。


 得物を握る手が汗ばみ震える。


 集団は馬車の中にいる人間が帝国兵士であることを知っていた。


 兵士ともなれば銃を携行している可能性が高い。


 馬車の大きさからいって人数は最大四人程度であり多勢に無勢の優位ではあるが銃は脅威だ。


 集団にも銃はあることはあるのだが前装式の旧型猟銃が二丁である。


 いつでも撃てるように馬車の扉に狙いを定めてはいるが、それは撃てば装填に時間がかかる代物だった。


 更に言えば前装式は一発しか弾込め出来ないうえに命中精度が低い。


 普段使用する時も大型の獣を待ち伏せして不意打ちするくらいにしか使えないものだ。


 対して兵士の銃はおそらく鎖閂式と呼ばれる新型である。


 装填速度の改良が施されているので撃ち合いになった場合は集団側に被害が多く出ることは必須だった。


 襲撃者たちの装備は主に薪割り斧や鉈だ。


 誰もが自分が犠牲になりたくなくて慎重になっていた。


 それでも集団は目的の為に戦略を用いる。


 車窓の死角から近接武器を持った者が接近しつつ、銃と弓の保持者は中距離に待機し扉に狙いを澄まし続けた。


 一方馬車内では。


 隙間から外を伺うバルトスが舌打ちした。


「連中、浮浪者みてえな外見してなかなか手慣れてるぜ」


「便衣兵?」


「いや、兵士ほど洗練されてねぇ」


「馬を殺しませんし車輪も破壊しませんね。機動を封じるのが定石だと思いますがもったいながっている心情が伺えます」


「やっぱり何の事はねぇただの追い剥ぎだな」


「でもそれにしてはだいぶ警戒している節があるよね」


「そりゃあ兵士が四人も乗ってるんですもの、警戒するわ」


「阿呆、それは連中が知るはずもねぇことだろ。喧伝(けんでん)して来てるわけじゃねぇんだ……来たぜ」


「もしかしたら誰かにそそのかされたって可能性もあるよね」


 四人は喋りながら装備を整えていた。


 まず最初に準備を終えたのはエイファだ。


 エイファの装備は尉官刀と短銃でありそれは標準的な尉官の装備だ。


 次に臨戦態勢になったのはバルトスとセロだ。二人の装備は軍刀と小銃である。


 これも一般的な兵士の支給品であるが小銃は最新の鎖閂式だった。


 そしてエリスは準備するまでもなく最初から支度は整っていた。エリスの装備する拳銃は利便性の高い隠し銃である。


 しかしその威力は低く一発撃てば使用出来なくなる護身用であり御世辞にも戦力には数えられなかった。


「とりあえず装填はしたけど状況はまずいな」


「短銃ならまだしも僕らのだと車内じゃ使いづらいね」


「だな」


「じゃあ外に出るの?」


「敵もあまり物は傷つけたくないみたいだし望むところかもしれないね」


「よし、とりあえず出よう。短銃で威嚇射撃をした瞬間に俺らが飛び出て水平射撃を行う。敵に当たれば儲けもんだ。そのまま森に紛れて戦う。お前が短銃で援護しつつ俺らで敵を翻弄すれば勝ち目はある」


 馬車の中から聞こえてくる声に死角から近づいていた手斧の襲撃者がほくそ笑む。


 なんとありがたい戦法だろうか。


 最初の一発が威嚇だと分かれば恐れることはない。


 威嚇射撃の後に飛び出してくる標的を先に叩き斬れば良いだけだ。


 襲撃者は周りの仲間に車内にいるのは三人だと合図した。


 しかし男たちは見誤っていた。


 死角からの接近を許す前からエリスが黙りっぱなしだったので人数を見誤ってしまったのだ。


「いくぞ!」


 咆哮が聞こえると勢いよく扉が開け放たれ短銃の音が鳴り響いた。


 馬車から踊り出てくる兵士に備え手斧の男も大きく斧を振りかぶった。


 しかし間をおいても何も飛び出してくる気配がない。


 男が訝しみ後ろの仲間に振り向いた瞬間、馬車から青年たちが半身を覗かせた。


 二人一組となった青年たちは一人が周囲を実弾で警戒しつつもう一人は銃の先端に剣を取り付けていた。


 銃剣を握ったバルトスが躊躇なく手斧の男のうなじを突き、セロはより自分に近い所にいた銃保持者の胴を狙い撃つ。


 そのまま二人は外に躍り出ることなく再び扉を閉ざした。


 やられた。


 包囲しておきながら先手を取られたのは襲撃者たちだった。


「厳しいなぁ」


 ただセロたちも状況の厳しさに眉根を寄せていた。


 素人とはいえ思ったより人数が多かったのである。


「右六人」


「左七人。被りを考慮しても十三人前後はいるな」


「裏側にも何人か配置されていると考えるべきだよね」


「引く気配はないの?」


「ねぇな。御者を殺したことで覚悟が決まっちまったと思う。飛び出したら袋叩きだぜ」


「あいつらも一旦距離を取ったみたい」


「混乱して向かってきたらもう何人か楽に倒せたんだけどなぁ」


「どうすんのよ」


「しゃああんめぇ、俺が飛び出して森の中まで走る。そんで挟み撃ちだ」


「大丈夫なのその戦略!?」


「なんとかするしかないだろ」


「仕方ないですね……」


 言い合うエイファとバルトスを眺めてエリスが覚悟を決めた。


 どうしたのかと顔を合わせエリスの顔を見る三人にエリスは言い放った。


「私が出ます」


 一瞬の沈黙があり、バルトスが馬鹿か、と一蹴した。


 機動力と戦力でいえばバルトスに一家言ある。


 エリスなど本当の殺し合いの経験のない人間などただの捨て駒にしかならなかった。


 まさか自己犠牲などという殊勝なものがエリスにあるとは思えない。


 それに殉職するほどこの戦闘に価値などなかった。

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